2017年11月2日(木)、下院共和党は税制改革法案を公表した。
法人税減税や所得税率の見直しについては日本のメディアでも報道されているが、実際はそれは法案の一部に過ぎない。
全体像を把握しないと、この法案の問題点がどこにあるかわからないし、したがってまた法案を成立させることがなぜ難しいか理解できない。
長くなるが、ここに法案の全体像を整理しておく。
<企業>
1 法人税を恒久的に今の35%から20%に引き下げる。
2 高利益を出している海外子会社の利益に対し10%のグローバル最低税(global minimum tax)を課す。(これまでは海外利益を国内に持ち込むときだけ、35%の税金が発生していた)
3 米企業が海外に保有する資産(2.5兆ドル=280兆円:1ドル=110円)に1回限りの課税をおこなう。
税率は、現貯金が12%、固定資産が5%。支払い完了まで8年間の期間をもうける。
4 企業がアメリカから海外に利益を移す場合、20%の課税をおこなう。
5 設備投資を初年度に全額減価償却できるようにする。
6 これまでは純利益から借入金の利子分をすべて差し引いて法人税の計算をすることができたが、純利益から差し引ける割合を最高で30%に引き下げる。
例外として、不動産業と売上が25万ドル以下の中小企業は従来どおり、純利益から利子分をすべて差し引くことができる。そのかわりこれらの企業には、設備投資を初年度に全額減価償却することは認められない。
7 大企業との公平を期すため個人あるいは複数人が所有する非株式会社の税率を25%に引き下げる(パススルー)。
ニューヨーク・タイムズ(NYT)は、富裕者は節税のため個人商会を立ち上げ、収入を所得税(最高39.6%)より税率の低い事業収入(25%)として申告する可能性があると警告している。
これに対し下院共和党は、25%の税率適用に際して、従業員を雇っていることなど一定の基準を設けるとしている。
<個人>
1 現在7種類ある所得税率(10%~39.6%)を、12、25、35%、39.6%の4種類に簡素化する。
当初は所得税の最高税率を39.6%から35%に引き下げるとしていたが、富裕者優遇という批判をうけ所得税の最高税率を39.6%に据え置く。
ただし39.6%の税率が適用される所得を、夫婦の場合で現在の48万ドル(5300万円:1ドル=110円)から100万ドル(1.1億円)に引き上げる。
2 不動産相続税を6年後に廃止する。
現在、アメリカでは夫婦の場合1.1千万ドル(約12億円:1ドル=110円)を超える不動産の相続にのみ相続税がかかっている。税金を払うのは年5千人ほどとされている。
当面、この基準を2倍に引き上げ、6年後に相続税を全廃する。
ちなみにNYTは、3千億円相当の不動産を所有するトランプ氏の場合、40%の相続税がなくなることで12億ドル(1300億円)の節税になると試算している。
こうしたことなどから現在、二人の共和党上院議員が相続税の廃止に異議を唱えている。(民主党が全員反対にまわった場合、3人の共和党上院議員が反対すると法案は成立しない)
3 課税最低額(alternative minimum tax)の設定を廃止する。
アメリカでは、どんなに控除を使っても収入に応じて納めなければならない最低限の課税額(課税最低額と呼ばれる)が決められている。これを廃止する。
ちなみに2005年のトランプ氏の納税書をみると、トランプ氏は3130万ドル(約35億円)の課税最低額を支払っており、その年の納税額の80%をしめている。法案がとおると、これが支払い不要となる。
4 夫婦の基本控除額(=所得税を計算するときに除外できる額)を現在の2倍の2万4千ドル(260万円)に、独身者のそれを1万2千ドル(130万円)に引き上げる。
この結果、夫婦の収入が260万円以下の場合、所得税がなくなる(今は夫婦で1.27万ドル=140万円まで所得税がかからない)。
5 確定した税金から差し引ける金額(税額控除)を引き上げる。(たとえば税金が10万円、税額控除が4万円なら、実際には6万円だけ支払えばいい仕組み)
子供一人あたりいまの千ドル(11万円)から1.6千ドル(18万円)に引き上げ。
子供の親(本人含む)、子供以外の扶養者(自分の親など)については一人当たり300ドル(3.3万円)の税額控除を新設する。
ただしこれは5年後に廃止される。
なお税額控除を受けるため、あらたに社会保障ナンバーが必要となる。
アメリカ領土で生まれた子供はすべてアメリカ国籍を得られるが(出生地主義)、社会保障ナンバーを持たない移民を親に持つ300万人の子供(その80%はアメリカ国籍をもつ)が税額控除の対象からはずれる。
6 アメリカでは所得税の計算から住宅ローンの利子分を除外(控除)できる。
この控除を受けられる住宅ローンの上限をいまの100万ドル(1.1億円)から50万ドル(5.5千万円)に引き下げる。
この変更について建設業界などから猛反発がおこっている。
7 これまでアメリカでは地方税を収入から除外(控除)して連邦所得税の計算がおこなわれてきたが、固定資産税を除くその他の地方税の控除を廃止する。
また固定資産税の控除に1万ドル(110万円)という上限を新たに設ける。
なじみがないので日本のメディアでは重要視されていないが、実はこの部分が法案成立のカギを握っている。
アメリカは州によって税制が大きく異なる。
一般に、ニューヨーク州やニュージャージー州など民主党が強い州は高い所得税(住民税)を課し、高い住民サービスを提供している。
一方、共和党が強い州は固定資産税はあっても、所得税(住民税)がなかったり、あっても低率なことが多い(最低限の住民サービスを提供)。
地方税の控除をやめれば10年で110兆円近い税収増があるうえに、共和党の地盤州への影響は少ないとみられている。
ただこれに対して、ニューヨーク州やニュージャージー州の共和党下院議員から強い反発がでてきている。
8 すべてをここに記せないが、これまであった控除(医療費、転居費、高齢者控除など)は基本的に廃止される。
9 これまで年20万台を上限に、電気自動車あるいはプラグイン・ハイブリッドの購入者に7.5千ドルの補助があったが、これを廃止する。
大統領諮問委員会をやめたマスク氏への仕返しかどうかはわからないが、これで電気自動車の普及に少しブレーキがかかるかもしれない。
以上がだいたいの内容だが、日本でこれとおなじ法案が提出されたらはたしてどうなるだろうか?
消費税がはじめて導入されたとき以上の騒ぎになるのではないか。
年内に法案を成立させるのは簡単ではないと思われる。
法案審議の行方を今後も追っていきたい。