前回の寝台特急 富士のなかでEF65は下関までの運用で、下関から門司までは関門トンネルを通過して九州入りをする訳ですが、その区間のみの関門のスペシャリストとしてステンレスボディーの機関車が活躍していました。
当時は2種類の機関車 EF30とEF81 300番台 両方供 海底トンネルと言う特殊な環境のトンネル為、海水による錆びを防ぐために美しい銀色のステンレスの外装でした。
しかも下関~門司間には交直切り替えのデッドセクションもあると言うこれまた特殊な環境・・・
全部で4両(301~304号機)新製されました。
貨物列車もブルートレインもこの区間は両機関車が牽引していました。
下関にブルートレインが到着する度に係員の方が手際よく機関車の切り離し、機回し、連結の一連の作業を手際よくこなしていたのを思い出します。

EF81-303 寝台特急 はやぶさ s.54(1979年).3月頃 下関駅
寝台特急 はやぶさ への機回し風景 ブルートレイン全盛時代はこんな光景が毎日繰り返されていたんですね~。
今から思えば何と贅沢な時代だったんでしょうね。

EF81-303 まもなく下関駅を出発~!
後姿のブルートレインの車掌さんの真っ白な制服が当時の栄華を思い起こさせます。

このEF81-303号機を まさか30年後にもう一度撮影出来るとは思いもよりませんでした。
303号機は当時と変わらず美しいステンレスボディーでした。

EF81-301 s.53(1978年)頃 門司機関区
今ではローピン色の301号機も当時はピカピカステンレスボディーで夜の撮影でも輝いていました。
あれから30年経った今も震災の復旧応援で貸し出されるほどの活躍を続けるEF81 300番台 関門トンネルでの活躍は無くなったとは言え、まだまだ長く走り続けてほしいですね。
次回は、もう一種類の関門スペシャリスト EF30 をご紹介しようかと思ってます。
当時は2種類の機関車 EF30とEF81 300番台 両方供 海底トンネルと言う特殊な環境のトンネル為、海水による錆びを防ぐために美しい銀色のステンレスの外装でした。
しかも下関~門司間には交直切り替えのデッドセクションもあると言うこれまた特殊な環境・・・
全部で4両(301~304号機)新製されました。
貨物列車もブルートレインもこの区間は両機関車が牽引していました。
下関にブルートレインが到着する度に係員の方が手際よく機関車の切り離し、機回し、連結の一連の作業を手際よくこなしていたのを思い出します。

EF81-303 寝台特急 はやぶさ s.54(1979年).3月頃 下関駅
寝台特急 はやぶさ への機回し風景 ブルートレイン全盛時代はこんな光景が毎日繰り返されていたんですね~。
今から思えば何と贅沢な時代だったんでしょうね。

EF81-303 まもなく下関駅を出発~!
後姿のブルートレインの車掌さんの真っ白な制服が当時の栄華を思い起こさせます。

このEF81-303号機を まさか30年後にもう一度撮影出来るとは思いもよりませんでした。
303号機は当時と変わらず美しいステンレスボディーでした。

EF81-301 s.53(1978年)頃 門司機関区
今ではローピン色の301号機も当時はピカピカステンレスボディーで夜の撮影でも輝いていました。
あれから30年経った今も震災の復旧応援で貸し出されるほどの活躍を続けるEF81 300番台 関門トンネルでの活躍は無くなったとは言え、まだまだ長く走り続けてほしいですね。
次回は、もう一種類の関門スペシャリスト EF30 をご紹介しようかと思ってます。