気になる写真!

このブログはその時々の好奇心で、気になった被写体を切り取り、・・・チョットだけ考えてみようと

厳島神社

2018-02-17 | 日記

久し振りの広島、市内をドライブするのは初めてだった。

JR広島駅近くでショッピング、広島城を横目に走り

原爆ドームにはやはり足が向いてしまう

何故か、原爆を受け・・・焼け野原になってしまった街中、・・・このような廃虚の中を必死に走っている市電、復興時の映像が時々放映され、・・・無念さが強く記憶に残っている。

そして、目の前でこのようなモダンな市電に出会うと、・・・元気な街にホッとする。

・・・昼頃、広島岩国道路から一般道に降り、まもなく岸壁近くの宮島口駐車場に車を入れる。

厳島に渡るには、・・・多くはフェリーに乗船することになります。

宮島松大汽船フェリー乗り場と・・・その先にJR西日本宮島フェリー乗り場、・・・二つの乗り場があります。

どちらも10分~20分間隔くらいで運行しています。

JR宮島フェリーに乗船します。ちょっと良いことがありそうで・・・

フェリー乗り場は、改札を抜けて、歩いて数十mくらいです。

厳島は遠方に見えますが、乗船時間は約10分。(フェリー航路は1.8km)

天候は晴れ、青空も見えるのですが・・・

寒い・・・出港・・・。デッキの上で寒風に当たりながら・・・朱色の鳥居を追い続けた。

想像以上に厳島は大きい島だった、周囲は約30km、裏山は・・・弥山(ミセン)(標高:535m)

鳥居の近くまで観光客が押し寄せています。

今は干潮時、今日の引き潮はあまり大きくないのだが・・・

JR宮島フェリーは、出港後大きく西側に迂回して厳島神社の前を通るように航行してくれます。

観光客向けの嬉しいサービスです・・・日中の時間帯に限られますが、・・・満潮時には大鳥居の近くを進んでくれるとのこと。

宮島フェリーの「宮島」とは?・・・、この島は平安の時代から厳島でしたが、お宮のある島で「宮島」、江戸時代中頃から・・・安芸の宮島と親しく呼ばれるようになったようです。

桟橋に到着、隣の桟橋にもフェリーが着いています。ここは観光地・・・年間300万人の観光客が訪れます。

広島港からの高速船(約30分)が運行されていたり、それ以外にも世界遺産航路や遊覧航路などがあるようです。

フェリー乗り場を抜けて、・・・ここは広島県廿日市市宮島町、に到着しました。(戦後、町名も宮島町となりました)

この先右側に進み、その先で左の商店街を通り厳島神社・参拝口に進むか、海岸沿いに進むか分かれます・・・海岸沿いに行きましょう。

道路に平行して、海岸沿いに遊歩道があります。

近年整備されたのでしょうか、砂浜から立派な石垣を積み上げて、堤防状に遊歩道が続いています。

波は穏やかで・・・綺麗な海岸線です。

右前方の大鳥居まで、数百メートルくらいでしょうか。

途中、階段があり砂浜に降りて・・・歩いて鳥居の近くまで進んでみましょう。

締まった目の細かい砂です、磯の香りはあまりなかった・・・前方に低い防砂提?でしょうか

その上に乗り、・・・先端まで進むと

大鳥居の横まで進んで、柱を見ると頑丈な構造です。

柱は波に洗われ、基礎も侵食され傾く危険もあります・・・大鳥居は、柱を2本の袖柱で支えていました。

ここで振り返ると、遠浅の入り江です、その最深部中央に本殿が建立されています。

そして左側の岸壁に眼をやると、結構上まで岩肌が茶色に変色しています。

この周囲は若干水深があるのか・・・潮が満ちてきました。左側の岸壁に引き返しましょう。

・・・砂浜を少し戻って・・・階段から歩道に上がると、ここにも鳥居がありました。

近くに、宮島の案内図もあります。

ここは参道です。・・・灰色の灯籠が並び、緑の松並木が続いている。

横に目をやれば、砂浜と青い海、穏やかな風景の中に、朱色の鳥居が存在を主張しています。

参道を進み、この先の角を左に曲がると

右前方に、横に長い厳島神社が・・・再度見えてきました。

さらに参道を中程まで進み、そして大鳥居の方を振り返ると、こんな光景です。

ここから階段を下りて、また大鳥居の方に進んでみましょう。

中央部が小川のように大鳥居に向かって流れています。

資料によると大鳥居の高さは約16.6m、柱の間隔は約11m、

鳥居の左側に行ってみましょう。

浅瀬を回り込み、大鳥居の正面から・・・額には、「厳島神社」と書かれています。

では、反対側を・・・本殿側からは、

何やら、文字数が多いようです。「伊都岐島神社」(イツキシマ)とあります。

平安時代、平清盛がこの神社を大改築するまで、この島は伊都岐島(イツキシマ)と呼ばれていたようです。

1168年の改築にあたり、本殿側に従来の神社名「伊都岐島神社」を掲示し、反対側に「厳島神社」と掲げ、以降厳島と呼ぶようになったと言われています。

この鳥居、屋根があるのに気づかれました?檜皮葺きで箱状の中に5~7トンの石を敷き詰め、鳥居の総重量を増やして自立するように工夫がされていました。

中央を流れる小川に飛び石が置かれています。その中程から厳島神社の全景です。

 参拝は、左側からとなります、東回廊経由し・・・本殿・正面手前に舞台があり、西回廊・・・右側が出口となります。

 先程の階段から、参道に戻りました。

正面が入り口ですが、

 左の丘の上に古い建物があります、階段を上ると、大きな建造物ですが・・・寂しげな雰囲気です。

千畳閣(センジョウカク):秀吉が建立を命じたが、秀吉の死により未完成で現在に・・・、明治時代に秀吉公と加藤清正公が祀られ、豊国神社となっています。

五重塔は、1407年建立、高さ27.6mとあります。

参道に降りて、左側に「厳島神社御由緒」が掲げられています。

御祭神:市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)、田心姫命(タゴリヒメノミコト)、湍津姫命(タギツヒメノモコト)とあります。

女性が3人、・・・『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群・・・世界文化遺産に登場します。

昨年7月、文化遺産に沖ノ島以外も認められてニュースになりました。女人禁制の沖の島の映像もTV特番で流れました。

古事記に登場する神話の世界です。・・・宗像3女神を祀っているということは、とにかく古い・・・沿革に593年とあります。

天照皇大神とスサノオノミコトに関係して出現したといわれる3女神です。(・・・略)

昔々からの伝承で・・・航海の安全祈願、守護神として3女神が祀られていました。

・・・弥山(ミヤマ)山頂に登る予定だったが、予期せぬ事情でストップし、周辺を散策していたのだが。

弥山を断念し、・・・参拝することにしましょう。

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