文明化重視から文化再生へ、日本の文化の根源を支える、生業(なりわい)。その再構築にIT技術の導入を

ふゆみずたんぼで生態系保全農業。商工業はIT生産技術。出版はXMLフオーマット、フルバッチ制作で再構築を.

高尾山での超過密登山が生じたわけ。

2007-11-24 15:44:34 | 東京の街角からモニタリングでわかること
2007-11-24
 昨日、ブログに書きましたが、高尾山で、とんでもない目にあってしまいました。経験したことがないくらいの混雑で、まさに芋の子を洗う状況。
 原因として、ミシュランの日本紹介で、なぜか? 高尾山を三つ星として指定されたそうです。
 どうりで若者がとっても多く、外国人が異常な比率で合った理由のひとつがわかった気になりました。
 でも、これだけではない筈です。 

第5回里山シンポジューム開催に向って

2007-11-23 22:38:22 | 里山シンポジウム実行委員会のこれから
2007-11-20
 例年通り、2週間に1回のペースで委員会が開催されだしています。
今月は、これで2回目となります
 毎回参加する主体メンバーは、今回もほぼ出席されました。
会計報告があり、さらに私より、第4回里山シンポジューム報告書のベータ版の実物と、経過の報告をさせていただきました。
 何とか本月中には報告書作成を終了させるつもりで頑張っていると報告をいたしました。

 本年度テーマに関しては、改めて全員で議論を重ねました
 「里山と命(いのち)のにぎわい」とすることがきまりました。でもまだ一部では
別の意見もあります。

 大体、20テーマ程度の分科会が開催される予定として、全体会の前に
別途分科会のための1日を設けることも案として浮かび上がってきました。


 

新社長を同行してのあいさつ回り(1)

2007-11-23 22:01:13 | 東京の街角からモニタリングでわかること
2007-11-22
 社長となった息子と2人で、都内の複数の顧客先に挨拶にまわった。
A社では、歓迎されながらも、息子がこれからどのような生き方を考えているのかを質され、「自然情報収集システム」のさらなる構築を主にと言いましたら、
 考え方としたNPOや行政を支援するとしては最高に立派。しかしビジネスとしてはお金の匂いがしない。どうするのかとの質問。いつもこの社長にはこの角度からお叱りをいただいてきただけに、やっぱりそうか。でも新社長がいろいろある中で、「自然情報収集システム」開発重視をまっ先に言ってくれたことは大変ありがたい。
 でも、この会社の社長らしく、早速自社の最新の製品を(Windows環境のミドルウエア)。改めてデモしてくれて、さらに取り扱えとの要望。承りました。また、共通の顧客先との今後のビジネスの在り方、最近の市場動向など意見交換

 今後の自由な立場から考えて、自分の仕事に使えそうと判断。許諾を頂いて借り出し、自分が使ってみる方針を決めた。その上で将来当社顧客先に提案も考えてみることに
 
 浜松町の駅に近い30年以上前から時々使っている「出雲そば」の老舗に入って昼食とする。東京でも最も早い時期に進出したこの老舗の店を、新社長(息子)に教えたことに。そう言われれば一緒の行動は殆どなかったということに気がついた

 午後からB社へ、社長と活発な話し合いが始まり、近々要望に沿った仕様のプロトタイプを作成して、ご覧いただくことで合意。かってWordがらみで開発済み要素技術があり、その機能が使えそうだと、新社長が具体的な提案。それで。
 改めていままで、老齢化した当方では、話合いにならなかった案件が、社長交代で一気に話が進みだす気配。 やはり考えた通りかなと納得

 近隣のC社へ、当社としては大きなプロジエクトを、先週納品したところ。
四方山話がとてもはずんで、すんなりと検収OKを頂けた。ほっとする。今後の開発案件に関しても、話が出そう。

 最後にD社へ。
 社長とは40年以上の付き合いがある、ここの同年配の社長とは先月来話しあってきた。そこでいま年が40前で取締役である若いご子息と、担当部長を交じえて、今後のビジネス構築に関して話し合いを行った。早速若い2人がとても一生懸命お互いに考え方をぶつけ合いが始まって、当方は聞き役に徹した。
 おたがいに良いパートナーとして育ってもらえれば幸いだと実感した。

 とても大変だったが、実り多い1日であったと認識しています。
はやく、会社の再構築をさらに進めて、アルバイトでもよいから新人を育てられる環境を、新社長のために準備することが、当方の堅い務めと、改めて実感した。
 来週以降も重要先から順次訪問して、挨拶と紹介と業務引き継ぎをかわしていく予定となっている。
 夜になって
1 会社で、自然保護関連任意団体の情報部会部長としてのレポートをまとめて、メールで送付。確認を頂けた。今後、100名ほどのメンバーと情報交換の方法を2年がかりで組み立てる。まさに予算ゼロの企画なので慎重にと

2 自然情報収集システムを検討いただいているX県あてに、見積もり原案をメールで送信する。大学とのパートナー開発会社として5年以上、新たなビジネスモデルを立ち上げるべき企画が成立するか、一つの絶好の機会になりそう。
 開発開始が7年前、今になってようやっと具体的な案件が軌道に乗り出したところ。どうなるか分からないが、新社長と2人で楽しみながら、いろんな事にチャレンジできれば幸いだなと、強く感じるこのごろです。
 


東京都下高尾山に”もみじがり”。その顛末と危惧すべきこと

2007-11-23 21:07:07 | 東京の街角からモニタリングでわかること
2007-11-23
本日は休日ということで、妻と長男と3人で、東京都下高尾山に行ってきました。天候は抜けるような秋晴れ。でも風はとても冷たく、コートを羽織って行きました。
 京王で終点の高尾山口で下車して驚きました。ものすごい人出です。デパート内の特売所と間違えるような人の群れ。トイレに入るだけで女性は20分程度を要するくらい。あまりにも野放図な人の数でした。当然山頂へもケーブルカーもエコリフトも1時間以上の待ちということで、話し合いのうえ、妻と歩調を合わせてゆっくりゆっくりと歩いて、ケーブル駅前を経由して高尾山頂へ向かいました。
(1) 今回は外国の方々が異常なほど多くて、ほぼ1/3程度でしょうか。中国系の方々(ほとんど団体の客)、そしてインド系の方が目立ちました。あちらでもこちらでも、日本語でない会話が大氾濫。大声で離されるので目立ちました。
(2) 乳母車での登山客がとても目立ちました。当然ですが若い親たちは大変な目に逢っていました。どうしてこんなに乳母車での幼児連れが急に増えたのでしょうか? 高尾山といってもとても急な山道の部分も多く、私ども老人たちの常識では乳母車で来る様な場所とは考えにくいのですが。
(3) 尾根沿いに山頂を目指しましたが、途中高尾山薬王院を抜けるところの階段では、とても狭く、きつい階段で押し合いへしあいとなってしまって、とても怖く
危険を感じました。誰も監視者も不在な状況となっていましたので、不測の事態が起こらなければ良いが危惧しました。
(4) さらにこの人込みではトイレの不足が致命的でした。山頂周辺では長い列です。
 高尾山頂でも休めるところもなく、早々と帰宅の途につき、山を迂回してケーブル駅に至れる4号路を選びましたので、混乱を回避でき、比較的静かな山道でした。エコリフト駅では1時間以上のまちということで、結果、やはり歩いて下山をしました。麓まで30分で降りられてビックリです。往路では1時間以上かかりましたが、帰路は若者も年寄りもなく同一歩調でどんどんおりられましたのでとても楽でした。道路はとても急でしたが、階段がなく膝にふたんがかからなかったのはとても幸いでした。妻はひざを痛めていて、何とか頂上まで頑張りました。帰路が
心配でしたが、頂上からの下りはとてもスムースに言って、本人もほっとしていました。
 ところで帰路、山を下りながら往路の階段の危険さを妻と息子と話していましたら
 途中、下から救急隊員がオートバイで2人、隊員を満載した軽自動車タイプで6台、登山口には救急車や消防車が何台も置かれ、さらに次々と駆けつけていましたので、先ほどの薬王院上の急な階段等で"しょうぎたおし”でもおきて、怪我人でも発生したのでは危惧しています。

 肝心の景観は、おすなおすなのなかで、まだ色づき出したところで、これからという感じでした。ひどいほこりで、さわにはほとんど水がなく山全体がからからの感じでした。
 2度と、このような時期に高尾山などに「紅葉を見に行く」などと考えてはいけない。と理解した次第です。