“慢心”とは、おごり高ぶること、自慢する気持ちをいう。“慢心を戒める”、“成功して慢心する”などと使う。この慢心、自分を含めて慢心する人が多いように感じる。特に、立場が上に上がっていくほどに多くなるように感じる。
企業では社長、学校では校長先生、組織では部長や課長などが持つ心である。競争社会を生き抜いていくためには、慢心も必要だろう。ただ、人間は他人と比較することによって生ずる慢心は、持って生まれた人間の“性(さが)”といって良いだろう。
“先生”と呼ばれる政治家などは上に立つ人物だと思うが、上に行くほどに慢心を持つ人が増えてくるように思う。もっと自分に対して謙虚になれば良いと思うのだが、どうしても他人と比較して周りを見てしまう。人間というものは謙虚に生きている人や陰徳な人ほど美しく見えてくるので不思議である。
人間を性善説に見るか、性悪説に見るかは人それぞれであるが、性善説も性悪説も本来のありようや誠に向かって、「努力すべき」ということではないだろうか。性善説は努力をしなければ善を失うし、性悪説は努力をしなければ善を得ることはない。スタートは違うが、ふたつとも得るべきものは同じであるということだろう。
先日、東京工業大学教授 上田紀行氏の講演を聞いてきたが、この謙虚や比較について次のように言っていた。
『人間は他人とすぐ比較するが、そのようにしてはいけない。もっと謙虚に生きる意味を考えるべきだ。他人と比較しても幸せにはならない』と。
彼は、“生きる意味”という本を書いており、この本を友人に薦めたところ、とても良い本だったので他人にも薦めたそうである。また、105歳で亡くなった聖路加国際病院 の日野原重明医師は“キープ オン ゴーイング ”(いつも前を向いて歩きなさい)と言っていたが、人生は、いつも前向きに生きることが大切であると常に思っている。
「十勝の活性化を考える会」会長
注) 上田紀行
上田 紀行は、日本の文化人類学者、東京工業大学教授。専門は文化人類学。特に宗教、癒し、社会変革に関する比較価値研究。
東京都出身。筑波大学附属駒場高等学校、東京大学教養学部文化人類学科卒業。
1996年4月より東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻准教授、2012年2月に東京工業大学リベラルアーツセンター教授となる。同大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻教授を兼任。
2005年に渡米し、スタンフォード大学仏教学研究所フェローとして「今の仏教は現代的問いに答え得るか」と題した全20回の講義を行う。
日本仏教の再活性化運動にも携わり、若手僧侶の会合「ボーズ・ビー・アンビシャス!!」のアドバイザーでもある。
著作
- 『20代の悩めるあなたに―自分を見つけるワークブック―』(宝島社、1992年)
- 『40代・男・転機の書―自分を再創造するワークブック―』(宝島社、1992年)
- 『癒しの時代をひらく』(法蔵館、1997年)
- 『日本型システムの終焉―自分自身を生きるために』(法蔵館、1998年)
- 『がんばれ仏教!』(NHK出版、2004年)
- 『生きる意味』(岩波書店、2005年)
- 『「生きる力」としての仏教』(PHP新書、2006年)
- 『かけがえのない人間』(講談社現代新書、2008年)
- 『「肩の荷」をおろして生きる』(PHP新書、2010年)
- 『慈悲の怒り―震災後を生きる心のマネジメント―』(朝日新聞出版、2011年)
- 『人生の<逃げ場> 会社だけの生活に行き詰まっている人へ』(朝日新書、2015年)
(出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋)