(2024年4月10日)北上説の論拠の第2点、新聞連載小説。
南北新大陸の神話は似通うーこの一点のみでは北上説の証明には足りない。そもそも同じ民族が南下した訳だから、民族も神話も同じルーツと反論される。レヴィストロースはこの類似性を必要条件として、十分条件に「連載小説」を持ち出した。南米神話の内容は簡素、短い。北米神話は同じ構成ながら筋立てが重層する。この差異を説明するには神話が北上したからとしか考えられないとした。
神話を受け取った側は、そのままの反復を避ける。元の神話になにか要素を必ず継ぎ足す。これが幾度か繰り返されると筋道がより複雑に陥る。これをして « roman- feuilleton » 現象(105頁)と規定する(直訳すると連載小説、同じ中身が「手を変え品を変え」繰り返される。原稿料と尺稼ぎの大衆小説)。
北上、複雑化を説明する一節は第3巻「食事作法の起源 « Origine des manières de Table » 第二部 « Du mythe au roman » 「神話から物語に」章 ;
« Des mythes paraissaient hétérogènes par le contenu et par des origines géographiques distinctes se montrent tous réductibles à un message unique qu’ils se bornent à transformer sur deux axes, l’un stylistique et l’autre lexicologique » (68頁) 神話は様々に内容、伝承される地域などで分かれ、それぞれが異型に受け止められる。しかしその伝えかけ(message)はある一点に統合される。形体が分化するは2の軸で変遷する仕組みがあって、過程を経るにつれ原初の神話からは別の流れに向かう。その2軸とは形体stylistiqueと言葉遣いlexicologiqueとなる。
レヴィストロースが第一巻で主張したCode(符丁)を形体として、Codage (符丁の進行)を言葉遣いと言い換えれば理解しやすい。

散歩カメラ、日野市平山から見る夕の富士山(24年2月)
上文は、頁が飛ぶものの、次の文につながる ;
« Comme le linge tordu et retordu par lavandière pour exprimer l'eau qu'il contient, la matière mythique laisse progressivement fuir ses principes internes d'organisation. Son contenu structural se dissipe. Au lieu des transformations vigoureuses du début, on n’observe, plus à la fin que des transformations exténuées. Ce phénomène nous était déjà paru dans le passage du réel au symbolique puis à l'imaginaire. La structure se dégrade en sérialité » (同書page105)
(神話の伝播過程とは)洗濯女がリネンをひねってねじって、内に残る水分を絞り出すかの如く、神話の素材は(伝播のたびに)内の組織体が抱える理念が消えていく。構造体としてのまとまりも弱くなる。そもそもの発端神話には幾時かの伝播を経ても力強さは認められるものの、終点ともなると陳腐化した中身を晒すのみとなる。実体から象徴化、そして空想の変遷が神話伝播にまとわり付く。(本来の)神話構造が(挿話)の単純繰り返し(sérialité)に埋もれる。
« Cette dégradation commence quand des structures d’opposition font place à des structures de réduplication » (同) 神話劣化は対立が繰り返しに替わる時点で明瞭になる。
神話伝播の過程とはを以下にまとめた ;
1 筋道の複雑化(付け加え)
2 対立は消え、同じ内容の繰り返しに嵌まる
3 陳腐化する(原初は力強い実体réel神話、次に原初の対立が象徴symboliqueに替わる、最後に(何でも追加するから)空想imaginaireと伝播の様を指摘する。
その分、物語化していくから聞いて楽しいとも言える。例は ; « Nous sommes parvenus à isoler l’ensemble (M60.M317,M402) au terme d’une long série de» (104頁)
これら3の神話が実体、象徴、空想の発展を示しているとレヴィストロースが曰う。早速当たってみると。(レヴィストロースは上記神話のいずれが初限にあたり、他のいずれが象徴などかを語らないから、部族民が勝手に解釈する)
伝播の起点はM317コロロマンナの冒険、Warrau族伝承(第2巻蜜から灰へ、332頁)
コロロマンナは狩りに出て吠え猿(guariba)を仕留めた。すでに夕刻、村落には戻れないから樹上で夜を明かす。悪霊共が猿を盗むと忍び込んできた。

コロロマンナが仕留めたホエザル(レヴィストロース著作挿絵から)
« Il était bien ennuyé, d'autant que le cadavre du singe commençait à gonfler sur l'effet des gaz qui s'accumulaient à l'intérieur. De peur que les démons ne le volent son gibier. Kororomannna arme d'un bâton, devait le garder près de lui malgré l'odeur. Il s'endormit enfin, mais fut réveillé par le bruit des démons cognant contre les arbres. Il eut envie de se moquer d'eux et répondit à chaque coup en frappant le ventre du singe avec son bâton » 彼は焦った、獲物の猿は腸内のガスが腐敗し始め、腹が膨れてきた。さらには悪霊が猿を盗もうと忍び寄る。手持ちの棒を振るって追い返すが、敵も諦めず立ち戻る、臭うけど猿を手元に寄せた。うっかり寝てしまったが、悪霊らの忍び寄り音を耳にして目覚めた。悪霊らは彼を叩き始めた。よし、逆に彼奴等を馬鹿にしてやろう。猿の腹を棍棒で叩いて大きな音を立てた上にプープー臭いおならを出させ、そのたびに大きく笑う。こんな計略のはてに悪霊の隙をついて串刺しにして退治したとさ。
この神話が実体réelである理由は 1悪霊と人の対立 2知恵比べで人が悪霊を退ける。以上は明確でそれのみを採り上げている。
伝播の第二段階、対立を「象徴」する神話は : M402Tembe族伝承、とある男の冒険。男が悪霊に捕まり、殺されて白蟻塚に封じ込められた。なんとか逃げたが、またも悪霊に捕まり木の洞に押し込められた。逃避行では鰐に川を渡るを許された。つかの間の寝場所をめぐりウズラと諍い、その後も鹿、獏、猿、鼻熊に出会いそれぞれが「お前に射られた」と恨みを垂れる。いくつか冒険譚が広げられる。最終的に弟に見つけられ「正しい道のり」に足を踏み入れるに至った(99頁)。
自然との対立を象徴化し、対立している悪霊、白蟻、渉禽類(小鳥)、動物などから侵襲を指弾される。この男の生き様は自然から掣肘される不届き狩人(夜の狩りに専念する、狩りすぎてもなお狩りを続ける狩人。いずれも第一巻生と調理収録の神話)と対比すると「象徴化」の意味が理解できる。弟が指南する正しい道とは「象徴化した対立」から外れる調和の生き様かと理解する(神話そのものは紹介されていない。推察が交じる)
新大陸神話の北上説 下 了 (4月10日)北上説の追記として継続する