蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

野生の思考 ホームサイト案内

2020年08月03日 | 小説
7月31~8月1日に投稿したパワーポイント図の解説頁を部族民通信ホームサイトに投稿した、その案内です。ホームサイトは(tribesman.net人類学哲学、レヴィストロース紹介、フランス語修辞)でGoogle検索出来ます。
サイトの内容はブログと変わるところがありません。3葉を一頁にて読み比べできる。PDFリンクを入れているので鮮明は画像を目に出来る、この2点が長所です。

そして以下の一文を書き加えました。

野生の思考を読む鍵語は「paradoxe neolithique」新石器の真逆です。この語を(勝手、部族民流に)解釈してGooBlog投稿が始まった。

その文節;

>L’histoire de cette derniere est assez courte pour que nous soyons bien informes a son sujet ; mais que l’origine de la science moderne remonte a quelques cielces pose un probleme auquel ethnologues n’ont pas suffisamnet reflechi ; le nom de paradoxe neolithique lui conviendrait parfaitement<(本書26頁)

訳;後者(前文にあるconnaissance moderne近代的知識)の歴史はあまりにも短いから我々はその主題とするところを良く理解出来ていない。さらには近代科学の起源にしても僅か幾世紀かを遡るだけで、このことは幾つかの(文化比較での)問題を提起するのだが、多くの民族学者はその絡繰りに気付いていない。「新石器パラドックス」こそそれに(前文のla science moderneを指す)ふさわしい名称はない。


新石器革命で産業、技術、思考が産み出され、文明が定着した。人の精神活動、社会の生産努力を安堵したのは「具体科学」です。具体科学はモノに拘泥する科学です。1万2千年の間、人にこびりつき思考、世界観、哲学をモノへの憧憬に封じ込めていた。

近代科学は具体科学の真逆。
具体科学を打ち破り、モノその物ではなく、モノの属性に目を向けたのが近代科学で、コペルニクス「天球の回転」はその嚆矢となります。



>これは意図的、儀礼的なもののようで、同時期におこなわれた遺体の頭骨はずしと関係するもののように思います。遺体から頭骨をはずし、漆喰や顔料で化粧をほどこすこともあります<文、写真ともにマーク・フェルフーフェン Marc Verhoeven氏サイトからコピー。webにて公開しているので同氏には無断でコピーしました。

部族民通信から「時期は1万年前、ませに新石器革命進行中、そしてモノ(頭蓋骨をモノとしてみる)具体科学的コメント。当ブログで展開していた説を裏付けてくれると勇気づけられ、ここに掲載いたしました。マークさん貴重な報告ありがとう」
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野生の思考まとめ3  図の解説 了

2020年08月01日 | 小説
野生の思考と近代思考3の写真をご参照ください。


起源について図では野生は新石器革命時期、近代をコペルニクス以降とした。
C’est au neolithique que se confirme la meitrise des grands arts de la civilisation : poetrie , tissage, agriculture...文明のすばらしい技術が開花したのは新石器時期である。土器、織り、農耕など... (27頁)とあるから小筆が類推したのである。


モノ指向の具体思考はそれらのモノが発明された時期に始まった。実に1万2千年の歴史があったわけです。
この文の直前にparadoxe neolithique 置かれる新石器の逆説なる語に目が止まった。これについてなにやらかの説が定着しているかとWikiなどで調べたが出てこない。レヴィストロースの造語のようだ。

>le nom de paradoxe neolithique lui(science moderneのこと) conviendrait parfaitement. 新石器の逆説なる名称こそ近代科学にふさわしい(26頁)とある。解釈を試みると「1万2千年前に思考、科学、技術を生み出したがその後発展しなかった。近代科学の発生は幾百年前でしかないが、新石器(具体科学の)逆説である」。

逆説の意味合い, 全てが反対を受けとめてこの図をまとめた。

思想の欄;
具体思想はモノに執着する。モノとは外貌である。形態、色...(前回説明)。その形体が本質であるとする考え方です。というか本質と属性を分離させない思考です。本質ならば属性を引きずらず、自由に行動できる。本質の転移(transformation)、交流(correpondance)などの芸当が可能になります。

近代思考の基礎は属性の追求です。その源はデカルトにあり、カントは人の本質とその最大の属性「思考」を分離した。人本性とは別個の属性なる「思考」が宇宙の属性を考える自由を得た。小筆部族民は、本書を読みつつ、このように考えるに至りました。
地動説、万有引力、DNA、それと進化論ですが、これらは究極の属性を知ったという結果であります。

世界観;
枠内に書かれる字義の通りです。ここではトーテム的分類の鍵であるcorrespondance(異種交信)について説明する。近代科学的には同一ではあり得ないモノ同士に転移、交信があるとする考え方がこの意義です。前々回に説明したので一例を;木肌と鮭の肉身の色を見比べ、同じなので交流があるとするイヌイットの分類法。

モノへの執着と、属性を本質とする野生の思考が現れている。

哲学;
モノそのものを本質として、異形に移りのる。これが魔術の基本です、その理論は具体科学に端を発するとはこれまで説明してきた。一例、道真は死して恨みというモノに変わった。恨みが気象現象に乗りうつって、落雷を落とした。
近代哲学においては道真なるヒトは身体、頭脳、行動などの属性で規定される。それらが停止したら道真の本質も無に帰すと考える。

科学技術;
ここで寄せ集めブリコラージュが出てきます。
寄せ集める材料、工具はモノなので替えようがない。寸法、素材を削ったり叩いたりして規格を統一する考えをもてない。本質を寄せ集め別の本質に異形転移する、これがブリコラージュの原点です。

野生の思考の了

追記;神話4部作を読み、野生の思考、それと親族の基本構造を(かじり)読みすると、神話4部で先住民の心情、生活を語り、野生の思考では理性、基本構造で人間社会(humanite)を説いていたと知った。これらをまとめ、レヴィストロースの思想を全容として理解したい
思っている。時間がかかりそうだ。9月頃には第一報を出したいと願う。
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