平成元年(1989年)の春も深き候、豊中市の大阪国際空港検疫出口に人目を引く一団が陣取った。総勢30人ほど、皆うら若き少女、上を黄色のジャージで揃えなにやら月の字が背中に見える。その人数ともなれば広くはない検疫の出口回りをぐるり取り囲み、時折リーダーの指揮にあわせて発する「ミユキ!」のかけ声が周囲を圧倒する威勢だ。その通り、彼女たちは宝塚歌劇月組のファンクラブ有志、今日は剣幸(ミユキ)団長のニューヨーク月組公演団の凱旋帰国を派手派手しく出迎えているのだ。待ちくたびれ今や遅しと構えて、黄色いかけ声は団長の剣嬢への出迎え応援なのだ。
一団から数歩さがった壁際、風采上がらない場違いな女性が一人ぽつんと立ち構えていた。年は20代の半ばだろう。風采の悪さはまん丸の黒縁メガネ、「サザエサン」みたいな丸い髪型、そしてくすんだ色合いの縦縞絣の筒袖単衣など、人品服装の全体からの印象なのだ。昭和期それも戦前の風体で「着飾ったつもり」、三田篠山辺りのデカンショ娘が、大阪のこの表玄関にポツリと出てきた、この雰囲気では収まり所が無く応援の一団から外れて壁際に立っていた、そんな情景だった。
ただこの女性、すらり背が高く、まん丸めがねなどを外せば色白細面のぱっちり目でかなり素材だ。見よう作りようによっては相当の美女に変身するかも知れない。
ここはしかし大阪、外見で人を判断するナニワ文化の本拠地である。応援団員は異質の田舎娘が気障るのか、時折ちらり振り返り、
「何やねん、あんなカッコでケショク悪いわ」
「ほんまや、あん服50年前のモノやんけ、相当シマツしてるんや、ケチくさー」(シマツ=大阪弁で倹約)などと言いたい放題、それだけ気になっていた現れだ。
そこに剣ミユキ嬢ら団員が現れた「ひゅーきゃー」「ミユキ!ミユキ!!月組」と大騒ぎで出迎えるファンクラブ員。
剣嬢は両手を振りながら凱旋将軍よろしく皆の前を闊歩した。
だが突然立ち止まってしまった。一体何事かと剣嬢の視線の先をファンも追った。そこには例の田舎娘が立っていたのだ。そして剣嬢はにっこり満面で笑い、なんと一言
「カナメー」
トップなればこそ、見破ったのだ。そしてこの一声で周囲が凍り付いた。黄色い声援も手の振り上げも一瞬にして止まった。不可解な沈黙が検疫出口を支配した。
剣嬢のその後の行動は早かった、群衆の沈黙がなにを意味するのか、そしてすぐに来るその反動。だから遅れたら大変な事態になるととっさに判断したのだ、出口と応援団を分ける柵を乗り越え、ファンクラブ員を蹴散らすがごとくに田舎娘に近寄り2人手を取り合って、あららと階段を駆け下りた。応援団から逃げたのである。
思わず剣嬢からでてしまった「カナメ」が全てだった、その意味するところに一瞬遅れて気づいたファン、「イテしもうた、こりゃアカンわ、遅れたらソンするでぇー」と2人の後を追ったが遅かった。2人は阪急電鉄のさし迎え黒塗りリムジンに収まり、空港を後にしたところだった。
カナメとは涼風真世の愛称なのだ、50年前服姿の田舎娘こそカナメ真世の変装だったのだ。(続く)
=>HP版の部族民通信にもブラウザしてください、真世の真相がでているかな=
一団から数歩さがった壁際、風采上がらない場違いな女性が一人ぽつんと立ち構えていた。年は20代の半ばだろう。風采の悪さはまん丸の黒縁メガネ、「サザエサン」みたいな丸い髪型、そしてくすんだ色合いの縦縞絣の筒袖単衣など、人品服装の全体からの印象なのだ。昭和期それも戦前の風体で「着飾ったつもり」、三田篠山辺りのデカンショ娘が、大阪のこの表玄関にポツリと出てきた、この雰囲気では収まり所が無く応援の一団から外れて壁際に立っていた、そんな情景だった。
ただこの女性、すらり背が高く、まん丸めがねなどを外せば色白細面のぱっちり目でかなり素材だ。見よう作りようによっては相当の美女に変身するかも知れない。
ここはしかし大阪、外見で人を判断するナニワ文化の本拠地である。応援団員は異質の田舎娘が気障るのか、時折ちらり振り返り、
「何やねん、あんなカッコでケショク悪いわ」
「ほんまや、あん服50年前のモノやんけ、相当シマツしてるんや、ケチくさー」(シマツ=大阪弁で倹約)などと言いたい放題、それだけ気になっていた現れだ。
そこに剣ミユキ嬢ら団員が現れた「ひゅーきゃー」「ミユキ!ミユキ!!月組」と大騒ぎで出迎えるファンクラブ員。
剣嬢は両手を振りながら凱旋将軍よろしく皆の前を闊歩した。
だが突然立ち止まってしまった。一体何事かと剣嬢の視線の先をファンも追った。そこには例の田舎娘が立っていたのだ。そして剣嬢はにっこり満面で笑い、なんと一言
「カナメー」
トップなればこそ、見破ったのだ。そしてこの一声で周囲が凍り付いた。黄色い声援も手の振り上げも一瞬にして止まった。不可解な沈黙が検疫出口を支配した。
剣嬢のその後の行動は早かった、群衆の沈黙がなにを意味するのか、そしてすぐに来るその反動。だから遅れたら大変な事態になるととっさに判断したのだ、出口と応援団を分ける柵を乗り越え、ファンクラブ員を蹴散らすがごとくに田舎娘に近寄り2人手を取り合って、あららと階段を駆け下りた。応援団から逃げたのである。
思わず剣嬢からでてしまった「カナメ」が全てだった、その意味するところに一瞬遅れて気づいたファン、「イテしもうた、こりゃアカンわ、遅れたらソンするでぇー」と2人の後を追ったが遅かった。2人は阪急電鉄のさし迎え黒塗りリムジンに収まり、空港を後にしたところだった。
カナメとは涼風真世の愛称なのだ、50年前服姿の田舎娘こそカナメ真世の変装だったのだ。(続く)
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