台風ボラヴェンは、進路を東に変え、那覇直撃コースに乗りながらますますゆっくり進んでおります。
おかげで、今夏の湧水巡りは中止。
それでもここでは続きます。
3つ目の湧水は、前の湧水の北、西原集落の西にある
ヒダ川 これもガー ヒダガー です。
この湧水は海辺の脇にありますが、池間島と伊良部島の佐良浜から西原集落を分村したときの貴重な生活水源だったところです。
これは1955年に、満潮時でも海水と混じらないように取水口を工事したものですが、必要のない水は溢れさせて海に戻し、貴重な汽水域を守っています。
正面の奥の林の中が水源です。
島の土地は狭く農地も限られているため、人口が増えると島の内外に強制的に移住させられ、開墾から始めるということが普通に行われていました。
特に、宮古島の北にある池間島は、人口が千人をこえると統治が困難になるとされていました。
1873(明治 6)年には、人口が1800人を超えたため、新村を組み立てることになりました。村建や分村に際しては、役人から突然に命令され、親子兄弟等がひき離された悲劇話が伝えられています。
この時、池間から75戸、佐良浜からは15戸が移住したということです。
この水域は大きな入り江になっていて、マングローブが生育し、汽水域の生物が多様な生態を見せている貴重な場所です。
宮古島ではあまりお目にかからない景色ですが、これもこの島の顔のひとつです。
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