ちょっと今ある母の絵を把握することに。
実家にあった絵で見つかったものを少し
ウチに持ってきてもらいました。
額縁に入ってる絵を撮ろうと思うと
色々と写り込まないようにするのが難しい。
私の腕では、これが限界でした。
母が若い頃に描いた油絵です。
色調はそんなに明るくないのに
何故か明るい気持ちになります。
活き活きと楽しく思う存分に
絵を描いていた頃の絵だなと思うからかも
しれません。
ここら辺は、母が白血病後に描いた
水彩色鉛筆で描いたものだと思います。
短時間で描ききれるものを
好むようになった気がします。
花と絵が好きだったので、
入院中も絵を描いていた記憶があります。
花の写真図鑑をプレゼントすると
喜んでくれたなぁ。
これは、白血病の治療で骨粗鬆症になり
右手首を骨折してボルトが入った後の絵です。
今日載せた絵の中では1番新しいと思う。
包丁も握れないぐらいでも
水彩色鉛筆は握って描いてました。
こうやって順を追ってみると
線が細くなってるのを感じますが、
それでも描くのが好きだったのだなと
凄いなぁと思います。
これも骨折後だと思います。
額に入れずに仕舞い込んでいたのが、
母にとっては不完全燃焼な気持ちが
少なからずあったんじゃないかなぁと
思わずにはいられません。
絵の他にも陶芸、粘土細工、
リース、網かごなどや
洋裁、編み物などなど
多才な人でした。
残るモノを作るのが良いのだと言ってたな。
確かに残ってると こうして見て
思い出すことができますもんね。
残念なことに、
私には絵の才能が針の穴程度さえも
遺伝してくれませんでした。
ほんと残念すぎる。
それは母にとって、
もどかしく悔しく苛立たしいことも
多々あっただろうなと思います。
私は消え物(パンとか)しか作れないので
それは つまらなくないのかと
よく言われました。
それはそれで、
私は遣り甲斐をもってたんですけどね。
まぁ私には無理でしたが
妹が小学校の美術講師になってくれたので、
それでご勘弁です。
せっかく見つかったんだしお盆だしと
ずらっと並べてみました。
病気しても怪我しても絵を描き続けた母は
本当に絵が好きで凄い人だったんだなぁと
しみじみと涙が溢れそうになりました。
こちらは実家以外にあった絵。
母が若い頃の絵ですね。
人形が描かれてるのに怖くないのは、
母の絵だと知ってるからなのかな。