こんな本読んだ 2013
1 眠らぬ夜のために(第一部) ヒルティ著 岩波文庫
2 1ミリでも変えられるものなら 上原隆 NHK出版
3 のりたまと煙突 星野博美 文藝春秋
4 K 三木卓
こんな本読んだ 2013
1 眠らぬ夜のために(第一部) ヒルティ著 岩波文庫
2 1ミリでも変えられるものなら 上原隆 NHK出版
3 のりたまと煙突 星野博美 文藝春秋
4 K 三木卓
ラブレス 桜木柴乃
父親の酒と暴力に支配される愛のない家――。北海道の開拓村から奉公に出された百合江(ゆりえ)は、旅の一座に飛び込む。「歌」が人生を変えてくれると信じて。押し寄せる波に翻弄されながら一切の打算なく子を守り生き抜いた女の、他人の価値観を寄せつけない「見事」な生が、息もつかせぬ圧倒的な筆力で描かれる。新感覚のストーリーテラー北に現る。
こんにゃくや漂流記 星野博美
人には必ず祖先がいる。それを辿(たど)ることは誰にでもできるはずだが、これがなかなか難しい。この本は先祖探しがおそろしくうまくいった例で、星野博美にとって過去は宝の山だった。
彼女は東京は五反田の町工場生まれだが、もともとの家系は外房の漁師町。今もたくさん親戚がいて、みんな陽気で派手で賑(にぎ)やかな人たちである。年寄りたちに話を聞けばとんでもないエピソードがいくらでも出てくる。
近代の日本では人はずいぶん移動した。紀州から房総へと大きな移住を敢行したこの一族で、五代前まで名前が判明したというのは例外的なほど運のいいことではなかったか。
その背景には、自分たちの事績を子孫に伝えようとした代々の人たちの意図があった。語り伝えたり、文書にしたり、墓石に刻んだり、さまざまに記録は残され、後世はそれを辿ることができた。
祖父から残された記録を入口にして遠い過去を探る。星野博美は与えられた機会をせいいっぱい活用した。その意欲と手法と熱意は賛嘆に値する。軽快で親しげな文体がそれを支えている。
今、我々は土地に由来する個性を失い、いわば蒲鉾(かまぼこ)のように均一化されている。しかしつい一、二世代前、人々はかくも無茶苦茶かつ自分勝手で、よく言えば個性的だった。それぞれに土地と生業の刻印を帯びて豪放(ごうほう)磊落(らいらく)にふるまっていた。この明るさ、元気、笑いと賑わいがこの本の真価である。歴史学者が忘れていた普通の人たちの姿に拍手を送りたい。(池澤夏樹)
助左衛門四代記 有吉佐和子
巡礼の呪いなのか、代々の長男を不慮の事故で失いながらも、なお営々とその家名を守り、隆盛を極める紀州・木ノ本の旧家、垣内家。封建の世から近代に至る二百五十年にわたる家系をたどり、代々の当主の個性と、その蔭で“家のしがらみ”となって生きぬく女たちとを、六代目にあたる垣内二郎の手記の形で描く。名作「紀ノ川」をさらに一歩進めた、雄大で風格のある歴史小説である。
坂東眞砂子「わたし」角川書店を読了しました。
著者が表現者としての原点に立ち返って、自らの傷、性、修羅を見つめ直し、屍のように生きていた祖母の人生への回顧を交えながら、自分の生の意味を見いだし覚醒してゆく、傑作自伝小説。
人(生)に対して(負)感症な主人公の心情が痛いくらいにわかる。何度か本を閉じる。
倉橋由美子、秋山駿、ヘンリー・ミラーはクールだとおもう。
なぜ、図書館の本は読めるのだろうか。
返却日があるからだ。だから借りてきたその時から読み始める。
買った本は積み放しである。一日一日と動機が低下していく。
やがて、正真正銘の古典となる。
目的もなくだらだら生活している者は何も成しえない。何も成しえないことに安心する。
そうすけはパッキンがゆるんだ蛇口から落ちる滴だ。バケツが満杯になるには時間がかかる。
そうすけはだらだらいきる。バケツに穴が開いていないことを祈るばかりだ。
最近は、図書館で借りてくる本ばかり読んでいる。
だから我が本棚は未読本ばかりだ。しかも大半は図書館の蔵書にある。
なぜ、百円とはいえ、せっせと買い集めたのだろうか。
それは、そうすけが文学全集のある家に憧れがあり、本棚に本が詰まっていると心がやすまるのだ。また、買うときは当然読みたいから買うのであり、ラインをひきながら読んでいこうと考えたからである。
筒井先生の著書はもう一回読みたいな。なんたって夢中になって読んだ時期が30年前だもんんね。
わが未読了の著書「ツァラストゥストラ」(左)。何年たっても読了しない。心が窮屈になるときにひも解くぐらいだ。だって意味がわからないんだよなぁ~。只今P456まで読んだぞ。
★読書という情熱があるか!
〇そうすけの師匠である松原泰道「いまここ自分が・・・」善本社(平成三年刊)。
それ以外は¥100均一で購入。すべて未読。緑の背表紙の本は、河出書房新社世界文学全集「アメリカの夜 メイラー」と「伊藤整編 世界近代詩 十人集」です。
〇そうすけ座右の銘「まず動く」はこの本からいただきました。
秋山駿の本は怖くて開けない。人生の検証をなんて・・・ラララ、ララ、ララ。
「三太郎の日記」は積読歴25年は超えたか?なぜ、読まぬ。なぜ、捨てぬ。
串田孫一が評価されないのが不思議だ。そのほかは衝動買い¥100均本。
左端は、ミラー全集3「セクサス」¥100。
青い本は、世界の文学「シリトー」集英社¥100。
矢沢永吉の「成り上がり」の影響で「人を動かす」¥100を読んだ。
されど、人を動かす前に、そうすけが動かず。
「悲しきく口笛」は図書館の廃棄本。
「方丈記 徒然草」書店にて古典を勉強しようと思い立つ。衝動買い。積読歴13年。
●団伊玖磨「なお パイプのけむり」「なおなお ~ 」「重ねて ~ 」朝日新聞社。教科書に載っていたっけな、と衝動買い。積読歴半年。
○瀧野隆浩「宮崎勤精神鑑定書」講談社1997刊(¥1545)。
そうすけのショックが大きかった犯罪は、小松川事件ではなく、金属バット殺人事件でもなく、またはサカキバラではない。それは宮崎勤による事件であった。
それは、幼女を誘拐殺人ということのみならずに、「オタク」文化、いまどきの若者論まで、社会的衝撃を与えたことを覚えている。
昭和が終わり、そうすけが禁煙をしてから、しばらく過ぎたころ、この事件は起きた。ワイドショーが映し出す宮崎勤の部屋は、無数のビデオテープとマンガなどで埋まっていた。これを観たときに、こいつ俺と同類かも?と思い込んでしまった。そうすけの夢は自分の部屋をコックピットのように映像と本で埋めることであった。
本当に同類なのか、あの部屋を手に入れてたら、そうすけも犯罪者となったのか?
やはり、罪を犯す人は、生育環境に左右される。精神を病んだものは罪を問われない。つまり、社会が罪を償なわなければならないのだ。
宮崎勤が多重人格者なのか?無罪か?死罪か?混迷する裁判。
平成19年の現在も、痴漢、ストーカー、買春、ひき逃げ、DV等、宮崎の鬼っ子は、跋扈している。
平成元年になって、そうすけは禁煙をした。宮崎勤は「今田勇子」と名乗った声明文を書いた。
○小沢昭一「私の・考」三一書房(1969刊)
ストリップ、大道芸、門付け、艶歌流し、因果もの、サディズム・ショーからレズ、ホモ、売春婦にいたる“芸”と“性”との境界線を行く独創的探検記。
今村昌平 本の腰巻より
●レイン「狂気と家族」。エルロイ「わが母なる暗黒」。斎藤学「家族という名の孤独」。
諸悪の根源は家族である。いつかは読もう。
●堀秀彦「友情と恋愛について」大和書房。
たぶんに、まともな大人は、このような本は読まないだろう。
気が段違い平行棒の大人も読まないだろう。
誰が読むんだろう~?
●吉田直哉「砂の曼陀羅」文芸春秋。
日本の随筆は、こうでなくっちゃ、と言わしめる一冊。
古本屋で¥800.昔は景気が良かったね。積読歴8年。
●五味太郎「とりあえず、絵本について」Libro。
尊敬する五味太郎先生。すみません。積読歴が、はや三年が過ぎました。
○谷川俊太郎「うつむく青年」サンリオ出版。
詩「うつむく青年」を読んだときの衝撃は鮮やかだ。そのころ、そうすけは、知らず知らずのうちに、いつも、うつむいて歩いていた。薄汚れたジャンパーを着て街をうつむいて徘徊していたのです。
うつむいて
うつむくことで
君は生へと一歩踏み出す
初夏の陽はけやきの老樹に射していて
初夏の陽は君の頬にも射していて
君はそれには否とはいわない
●尾関宗園「生きているうちに大往生」実業之日本社。
中学の修学旅行に、住職の説法を聴きました。その日の夜「どんとやってみよう!」の身振りが面白くて同級生M君とまねをしてました。修学旅行で一生の財産をいただきました。あれから30年が過ぎた。修学旅行万歳!義務教育万歳!給食おいしかった!
△ 「西式健康法入門」「断食小食健康法」は図書館借り出し本です。
● 山口瞳「血族」は、日本版ルーツ小説の白眉です。
● 野村敏雄「新宿裏町三代記」を池袋の古書店で立ち読みして震えました。そうすけの親戚の話が載っていたからです。もう、祖父が他界したところで、お付き合いは絶えてしまったのです。¥300。
●安西水丸「リヴィングストンの指」。この著者の小説が好きです。男と女。場所と状況の描写が絵になって浮かぶ。
●大庭みな子「むかし女がいた」新潮社。怖い作家です。未だに読めず、積読歴6年。
●ブライアン・G・ギルマーティン「ジャイマン・シンドローム」(あわやのぶこ訳 新潮社)¥1700。
目次を読んだだけで、恥ずかしくなってしまう。積読歴12年。今も恥ずかしい。
●日本詩人全集「北原白秋」新潮社。白秋はス・ゴ・イですねぇ~。
●中島らも「寝ずの番」講談社。食わず(読まず)嫌いでした。映画化になって、落語家の話とわかり、百均棚に在ったので、とりあえず、買って、とりあえず、読み始めたら止まらなくなっていしまいました。傑作です。
●「活力ことわざ辞典」「新恋愛小説読本」は「寝ずの番」一冊だけ買うことが恥ずかしいので、付録です。積読歴1ヵ月。
●世界の名著24「パスカル」中央公論社。暇なとき、パラリと開く。おお、百円パンセはス・ゴ・カですねぇ~。
● 「邪宗門」26年前。バイトの先輩が読んでいた。面白いんですか、と訊くと「アア、オモシロイヨ」と面倒くさそうに言われた。そうすけには、わからないよ、のニュアンスを感じたの読みませんでした。いまでも、開いておりません。積読暦2年。
● 「透明人間の告白」「東京アンダーワールド」「裏モノJAPANN]「怪獣魂VSメカ怪獣魂」計4冊。百均棚をながめていると、意味もなく衝動買いをしてしまいます。「私の本棚」にある本は買った時点でほぼ満足してしまう。
● 紀野一義「遍歴放浪の世界」NHKブックス(1967刊)。紀野一義は、わが心の師であります。
窓を開ける。青い空に流れゆく雲をながめていると、ふと、旅に出発したいという衝動に駆られてしまうときがある。眼下の道路をバイクが走り抜けていく。われに返れば、寓居に固まっている。
半径5km圏で活きている。この現実に淋しさを覚えるのだ。そういうときに、先人の偉業にふれると、安心するのです。
この本から刺激された。
山本周五郎「虚空遍歴」、高村光太郎の詩を読む。空也、西行、一遍を知る。芭蕉、尾崎放哉、種田山頭火の句に親しむ。全く知らなかった円空、木喰を教えていただき、展覧会に行った。
いつか、巡礼に出発したい。
● 東君平著「心のボタン」「はちみつレモン」。生家が毎日新聞を購読していたので、著者はお馴染みであった。でも、君平さんの偉大さを知るのは、ずっと、あとのことだ。若くしてなくなった君平さん。合掌。
●倉橋由美子と吉行淳之介はすごい、と思う。思うだけで、そうすけには、この偉大さが解らない。だから、集めているだけで積読をしている。
●辺見庸「もの食う人びと」は、食に関心のある人や食を商っている人は必読の書だ。「食」の単純かつ複雑の様相を描き出す。
それ以外のテーマがあると主張する読書人には「おめでとう」の言葉を贈ろう。おめでたい人は、食べ放題のランチメニューのあるホテルへ行けばよい。腹一杯に食らえばよい。そして、消化不良の糞をすればいい。もし、罪悪感があれば、この糞を下水に流してはいけない。豚に食わせて、肥らせ、自ら〆てみよ!それを食らえ。笑う豚のすべてを食らえ。我利我利亡者が発明した高速器械によって挽かれた哀れなる肉塊を奉げよ。
こころ貧しき人に、牛ひき肉と称して、X合いひき肉の混じったコロッケを売れ。わかりゃしないのだ。高慢な貧しき人は腹が満たされれば良いのだ。「騙された」と怒る前に、この書を紐解け。あの社長を嘆く前に、この書を開けよ。
人間は食べなければ生きていけない。それを忘れがちなそうすけは、半径5kmの中で生きている。この人間の世界観を変えた一冊である。また、飽食の国の影を憂う。わが身心を憂う。断罪するのは、おのれ自身だ。