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郷土史、登山、スキーなどを写真と共に書き綴っております

Kennyの城址あるき:江龍奥の城(米原市)

2010-12-20 09:18:33 | 城址

 長谷川博美先生と城址を歩く
=今回の現地見学会は先生と協力者の
    皆様が最近発見された城址です=

  以下は、見学会当日配布の資料と先生がご説明なったお話のKenny
  の感想文であり、私なりの言葉で聞き間違いなどを恐れず(?)記載
  いたしております。 間違い等はどうかお許しください。

江龍奥の城、4城: 何処にある、誰の城?
米原市
下丹生の近く、JR醒ヶ井駅前から入る醒ヶ井養鱒場の途中です。
ただし、標高380mほどを片道1時間半の中級クラスの登山です。
Kennyにとっては登山付き、城址見学で最高の一日でした!!

先生は誰の城? との参加者の興味に対して三説上げられましたが、
先生が最も有力と見ておられる鎌倉室町幕府の地頭職、土肥氏と
その「家臣」江龍氏が割拠した城郭群と私は覚えておくことにします。
  

 
   この石垣と出合った長谷川先生は非常に感激されたとのことです
 


 
        長谷川博美先生           近江中央公民館(背後は伊吹山)                


この城址の特徴
第一は三重の堀切りです。坂田郡に分布の城は外堀と内堀の二重
堀切りが典型的だが、ここは小規模ながら第一堀切があり三重だと。

 
     この城郭の最大の特徴は三重の堀切(ほりきり)

三重の堀切り(敵が先に進めないように深く掘った溝)、そのひとつ
でこれだけはっきりと残っています。 本当に感動ものです。

また複雑な横矢(城壁から弓矢を放つ)を配した縄張り(城の配置
構造)や既に立派な石垣も存在した城であったことが伺える。

当日の現地見学会
集合場所は、背後に伊吹山を見る、近江中央公民館(米原市)です。
先ずは当日見学の城址の背景について解説をして下さいました。

 
 ご講演になる長谷川博美先生と主催者「近江中世城郭調査会城歩会」の旗

 
  テレビ取材を受けられる長谷川先生      城山登山前の打ち合わせ

 
集落の裏が先ずは城のひとつがあった山です    急坂を城址めざして登山開始

 
  段々畑のように多数の郭(くるわ)跡       縄張り図で城郭址周辺を説明

                
城の面影が今もしかっかりと
今では私にもそれと分かる堀切、土塁、虎口(こぐち:敵が簡単に通過でき
ないように工夫された門)の他に櫓台跡(やぐらだい:見張り台)や 本丸跡

 
 一段高くなっているところが偉い方の館跡       しっかりと残る土塁
でいいのかな?、城主の館に当る場所などが説明を受けてではあるがくっきり
と残っていました。 これは今までに見学した城址では一番見事な城址でした。
      
       
           城址の背後には霊仙山(1083m)が
 

参考書、城に関する書物、文献に載っていない城址 
長谷川博美先生の城址見学会はそのほとんどが(私が参加の見学会は
今まですべてそうです)
そのようなその時点で発見された城です。
今回も勿論そうです。このお城もまた大発見と学会では評価されています。

 
            長谷川先生作成の縄張り図

自ら書かれる縄張り図でいつも熱心に、初心者にも分かりやすく
「これ、ここですよ!、これが今日の最大の見学ポイントです」と大きな
声でみんなが見落とさないように配慮されます。そして
同行の主催者
の皆様も見学者に気を配ってくださいます。 

長谷川博美先生のプロフィール
お生まれは滋賀県伊香郡(現長浜市)余呉町で、Kennyと同じ伊香郡
です。説明される言葉に伊香弁が含まれており、私にとってはお話が
すーっと入ってきて懐かしく、嬉しいです。

中世城郭研究家として滋賀県民族学会理事、近江中世城郭調査会長、
米原市文化クラブ「城歩会」会長、NPO法人「自然と歴史ロマンの会」
副理事長、他、幅広く活躍されておられます。

 

     (当日記の掲載期間:12月24日ー12月31日)    

この日記をもって2010年の最終とさせていただきます。毎日本当に
多くの皆様にご覧いただきありがとうございます。皆様のご訪問を
励みとして今後も楽しんで続けさせていただくことが出来ます。
来年も何卒よろしくお願い致します。

皆様どうかいいお年をお迎えください。 ありがとうございました。

      今日もご覧くださいましてありがとうございました


コメント (5)
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