名鉄"たかやま"号の時代
昭和40年8月、名鉄は8000型気動車を新造して、準急"たかやま"号として高山線への直通運転を開始した。
名鉄神宮前・高山間の運行で名鉄犬山線の鵜沼から国鉄に乗入れ、国鉄の制度改定で翌3月には急行に格上げされた。
8000型は、キハ58系に準じた機器を使用して、名鉄パノラマカーの固定式連続窓、ミュージックホーンを継承。
側面のエンジン冷却の大きな通風口が特徴で車体幅が狭く華奢な印象であった。国鉄の気動車急行色に塗装されていた。
二等先頭車8001、02、中間車8051、52、一等先頭車8101、中間車8150の計6両が製造されている。
準急にして国鉄の特急車並みの設備を誇り、全車指定席で運行される等人気の高い列車であった。
45年から、立山までの急行"北アルプス"に改称された後、51年に格上げされて最後は特急として走った。
名鉄線内を走行する準急時代の上り"たかやま"号
1965.8 名鉄金山橋・神宮前
名鉄神宮前に到着した上り急行"たかやま"号
1967.6 名鉄神宮前駅
43年3月、美濃太田に向かう途中、名鉄犬山線からスイッチバックして高山線に入る"たかやま"号を撮影した。
新鵜沼駅の手前の犬山寄りにあった名鉄と国鉄の短絡線が完成して47年に使用開始されたが、それ以前の写真である。
写真は時系列に並べているが、記録していなかったので説明記事に記憶違いがあるかもしれない。
名鉄新鵜沼で客扱い後、一旦バック
前進して引込線に向かう 後尾から
引込線から再びバックして高山線に入り、鵜沼に停車して高山方面に向かう
1968.3 高山線 鵜沼駅付近
当時、名古屋発着の循環列車、気動車急行"しろがね"、"こがね"が運行されていた。
"しろがね"は東海道・高山線経由で、富山から北陸線に入り米原を回って帰ってくる。"こがね"は逆回りで運行された。
"たかやま"号に30分程先行して高山方面に向かう、キハ58系、55系混成の急行"しろがね"と腕木式信号機
後尾から
1968.3 高山線 鵜沼・坂祝
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