月下樹のおと

樹月けい、オタク母のブログ。アニメ・漫画。お絵かき展示等。義母の介護終わり、義父のご飯お手伝い中。

7/12(金) SARPvol.16『平家物語 REMASTER』三女と観劇

2019-07-18 19:26:57 | 感想★アート演劇 映画ドラマ アニメ等


7/12(金)
SARPvol.16『平家物語 REMASTER』
ノトススタジオにて三女と観劇

この物語が現代までずっと残ってきた
理由が分かるような気がした。
いつの世も無くならない争いで
失うものがあり、胸が痛む。
普遍的なものを感じる。
…………………

三女は殆ど知らない物語だったけど、
また観たいと。
他の人、他のジャンルでは
どんな風に表現されるのだろうか、
ということらしい。
細かい内容は分からずとも、
大きな流れに感じるものがあったのか。
印象に残ったのは全部…と言っていたのは
そういう意味もあったのかもしれない。

動き、踊り、激しいものだけでなく、
腰を落とした静かな摺り足が、
印象に残った。
シンプルな動きこそ難しい。
たぶん見るよりずっとキツい動きに違いない。
少し個人差はあったかな…
という気はしたが、
これがバシッときまれば鳥肌もの。
好きな動きだった。

扇も印象に残った。
屋島の戦い、扇の的
射落とす場面は有名である。
平家物語から思い起こされる扇。

もともと古典芸能では
扇は色々なものに見立てられるもの。
それぞれが持つ扇は、
時に刀だったり、馬の手綱だったり。
面白い。
ふと、子どもだったら
何に見立てるだろうと思った。
普段持たない扇だけど身近に感じた。
………………………

とても長い物語だからか
たくさんの戦い場面などが、
ぎゅっと短く、分かりやすい動きだった。
速さや力強さもあったので
それに付いていくというか…
外から見るような感覚ではあった。
知っている場面を追っていくような。

その中でふと立ち止まった場面があった。
名馬、井上黒を置いて沖へ逃げねばならず
敵の手に渡るくらいなら射て殺すか…
悩んだ末の決断。馬との別れ。

私などは、馬に馴染みがなく
それこそ動物園の動物か
家畜の感覚しかない。
しかし、その人たちにとっての馬は
全く違う存在だったのだろう。

言葉を介さないはずの馬の気持ちが
そこでは表現されて、
その人間ではない存在から
なぜか人間らしさを感じた。
身近なことに感じたのだと思う。

人間であれば自然な感情があるとして、
それに逆らうようなことをしている。
そうしなければならないような
状況に追い込まれている。
そんな昔も、そして今も
同じようなことを繰り返している。
そう思うと胸が痛かった。

……………………

“祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり”
で 有名な冒頭。学生の頃に
覚えたり音読したりした。

“奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし”
潮目が変わる。物事の流れが変わる。
いつ立場が逆転してもおかしくないのだ。
当たり前の今日が
明日もあるとは限らない。
そんなことも思った。

だからこそ、
どちらも、どんな人も大切な存在。
儚く散った命を無かったことにせず
心に留めて弔う気持ちから
物語は受け継がれてきたのだろう。
…………………

この平家物語
個人的に縁を感じる物語でもある。
義経をかばって亡くなった
佐藤継信 ( 物語では嗣信 )は、
実はご先祖様であるらしい(笑)。
ちゃんとした史料を確認した訳ではないが
父方曾祖母の里が、その筋に当たると
祖母からよく聞かされていた。

そりゃ…何代も遡れば
関わりがありそうなものだから
継信といわず、誰がご先祖であっても
おかしくはないのだろうけど(笑)。
でもそう思うと、
自分と無縁ではない気がしてくる。

その他に、
物語ゆかりの地である
神戸の須磨は、大学時代の下宿近く。
屋島の壇ノ浦は、昔の職場近く。
継信の墓も近かった。しかし
その職場も今は閉じられ…まさに無常。

勝手な感傷ではあるけれど
思いを馳せることは
意味があるような気がする。

遠く離れたものと
どこかで繋がっている。
そう思うと、ちっぽけな自分でも
様々な縁に繋がれてきた
大切な存在だと思えるのだ。

物語は、私にそんな思いを与えてくれる。
たぶん多くの人にとっても、
財産になるのではないだろうか。
まだまだよく知らない物語を
身近に感じる機会を持ちたいと思った。
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6/29 『その森の奥』善通寺公演 三女と観劇

2019-07-07 18:57:58 | 感想★アート演劇 映画ドラマ アニメ等


三女も観た感想もあわせて😊
6/29
青年団+韓国芸術総合学校+
リモージュ国立演劇センター付属演劇学校
『その森の奥』

自然の摂理と分かっても、
人間の尺度や感情で
受け入れられないこともある。
対立する2つが
自分の中でせめぎ合い、涙。
どちらが正しいなんて言えない。
暮らしの中にも、
折り合いが難しいことはある。
最後、みんなで見た虹に
光が見えたような気がした。
………………………

小4娘、青年団作品は
子ども向け以外は初観劇。
一般向け作品は難しいかも…と
躊躇してたが
子どもの反応も良かったとの話を聞き
一緒に観劇することに。

都合で『その森の奥』のみ。
私は先に『カガクするココロ』観劇済み。
設定的には、その森…の方が
三か国語の会話が飛び交い
字幕を含めてやり取りの内容を
把握するのは難易度が高そうだった。

上演時間90分。三女は後半、若干
集中が切れてきたかと思われたが、
後で感想を聞くと以外な答えが返ってきた。

字幕はあまり見てなかったと。
それで内容は分かったのだろうか
という疑問。
けれど、彼女が言うには
表情や動きを見ているだけで
何となく伝わるものもあるのだと。
確かに細かいことは分からないけど、
〈分からないのが楽しい〉のだと。
自分で考えたり想像できるから。
更に言うと
決められたことしか出来ないのは嫌だ、
自分で思うようにやりたい、のだと。
なるほど、最近注意されることが多く(笑)
反抗したくなる気持ちの表れかもしれない。
大人には厄介なことだけど、
これくらいの歳の子どもとしては
自然な反応だろう。

妙に納得。
大人とは違う感覚かもしれない。
やはり多くの大人は、日常生活の中で
限られた時間で効率よく多くのことを
しなければならない。
なので〈分かる〉ことが重要になる。
あれこれ想像したり試行錯誤したり
することを敬遠してしまいがち。

更に娘が話に出してきたのは
以前ノトスで観た
南アフリカの人の舞台のこと。

最初に日本語で説明は入るが、
本編はすべて外国語。確かに…
言葉に頼らないタイプの作品ではあった。
見ているだけで伝わるような。

けれど、言葉が分からない以上
表情、動き、あらゆるものから
感じとろうと感覚を働かせることになる。

言葉が分からないのに伝わる感じが
いいなと思ったらしい。
その舞台は私も一緒に観ていたので、
分かるような気がした。

言葉は便利で大事にしたいものだけど、
きっと、それだけじゃない。
娘との話で、改めて気付かされた。

……………………

『その森の奥』も『カガクするココロ』と
舞台は同じセットで、
猿の研究者などが集まる場所。

語られる話は違うけれど。

互いに翻訳機を持っている。
首から提げた機械から
相手の言葉を聞き取り、
耳にかけた機械で翻訳した言葉を
聞いているようだ。

三か国語なので、
字幕を見ていると割と忙しい(笑)。
それに加えて、
若干、かぶって言葉が発せられるので
それにあわせた字幕のタイミングでもある。

途中からは、じっと読むというより
俳優の表情や動きも含めて
ざっくり見る感じになっていた。
なので個人的には、集中というより
飛び交う話を眺めている感じに。

それが、あるところから
ぐっと集中度が増していった。

新しく来た女性の研究者が
自閉症の我が子のためにも
やりたいという研究の話に
なったところ。

その研究は、果たして許されるのか。
難しい。

そして別の
猿の観察の話で、猿の子殺し。

自然の摂理だと理屈では分かっていても
人間の感情として受け入れ難いこともある。
研究者としての立場はあっても、
我が子を亡くした後であれば
心が揺れてもおかしくない。

二人の対立するやり取りを
聞きながら思った。

どちらか、なのか?
どちらかが正しいのか?
そうではないはず。

これは人間同士でも
いえることではないだろうか。
人種、国、地域、
ひょっとしたら家族であっても。

それぞれに言い分はあるだろう。
一理あると理解できても
自分に関わることになると
手放しで受け入れられない場合もある。

否定するのは簡単だ。
見てないふりをすることも。
受け入れ難いことと
どう折り合いをつけるのか。
現実の身近な問題でもある。

向き合う限り、
永遠に課題は無くならない。ただ、
傷つき、葛藤する者に
雨上がりの虹のような
思いがけないご褒美があればいいな、
と思った。
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6/25『カガクするココロ』善通寺公演 観劇

2019-07-07 18:14:38 | 感想★アート演劇 映画ドラマ アニメ等


6/25
青年団国際演劇交流プロジェクト2019 
リモージュ国立演劇センター付属演劇学校
『カガクするココロ』
場所:ノトススタジオ

全員フランス人&フランス語だけど、
モニターの字幕あり、大丈夫だった。
研究の事や 込み入った話は
目を凝らさねば💦だった。
だけど、笑いのツボは客席と一体感(笑)。


研究室、左右奥に並ぶ個人のロッカー。
大きなテーブル2つに、複数の椅子。
入れ替わり立ち替わり
研究者がやって来ては
語られる、あれこれ。

猿の研究。知能を発達させる。

それと共に語られる人間関係。
何だか複雑、男女関係も絡んで。
男性側と女性側とで感じる温度差など
ところどころ引っ掛かることもあり。

まさに現在の社会問題も考えさせられる。
皆それぞれ、どう考える?
頭がもつれる。

けれど時々笑える場面もあったりして。
これには観客の声もあがり
一体感あり。

この世は まならないことばかり。
付き合う、別れる、
そんな話題の中で語られていた
思うような相手は
なかなか存在しないのもしれない。

人間関係だけでもそうだが、
恋愛感情が絡むと更に厄介(笑)。
個人的には、そういうのを
自分に置き換えての思考は苦手なので
少し遠い世界の話に見ていた。

最後の方、
遺伝子操作で理想をつくる、
冗談みたいなノリで
挙げていくやり取りは笑えるけど
ちょっとダーク。
求めれば果てしない問題。

妥協と言うとちょっとネガティブ?
だけど、今あるもので何とか工夫するか
あえて努力しないのもありなのか…。
考えはまとまらないけど、
とりあえず楽しい気分は
けっこう大事かもしれないと思った。

…………………

公演初日、この回は
オリザさんのアフタートーク。
作品に関わった経緯などのお話や
質問にも答えて。
俳優は全員フランス人の演出はどのように?
という質問。
今回の出演者について。
フランスのリモージュ国立演劇センター
付属演劇学校の学生さん。
3年に1回の募集で、そのメンバーで
3年間学び、卒業の年に公演する、
今回の作品がそれであるとのこと。


興味深いお話、色々きけて良かった。

印象に残った言葉は
共有できる部分を見つけていく
民族として譲れない部分をみきわめていく、
というところ。

自分も常々思うこと。
国や人種の違い以前に、
同じ日本人でも 同じ家族でも、
やはり違いはあると感じる。
けれど共に生活していく上で
共有できる部分、譲れない部分は
あると思うのだ。
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