「国葬」という言葉を調べてみた
「国葬」は国に功労があった人が亡くなった際に、国家儀式として行われる葬儀のことをいいます。国費を使って行う葬儀です。
戦前には勅令として行われていたものの、大正15年に国葬令が公布され、主に皇族や国家に功績をのこした臣下について、天皇の特旨として行われていました。
元首相、左右大臣、太政大臣、旧薩長藩主、王皇族などがその対象となっていました。
戦後は、国葬令が失効したため、規定された国葬は行われなくなり、1967年の吉田茂の国葬以来、行なわれていません。
私の認識では直近で国葬が行われた吉田元総理の場合、喪に服し半旗を掲げ、学校も休校になったと記憶している
「喪に服す必要はない」「弔旗を掲げる必要もない」
こんな国葬があるのだろうか?
本ブログで私は岸田総理が国葬実施を表明されてすぐ、「国葬反対」と書き込んだ
凶弾に倒れた安倍元首相を悼む気持ちは強いが、これまでの「嘘にまみれた政権運営」を考えると「人間として尊敬できない」と思いました
「人間として尊敬できない人」を「国民が皆、喪に服すべき国葬」で行うべきでないと思ったのでした
本ブログで「自分の思い」を書き込んだところ、わずかに一人でしたが「非国民、恥を知れ!」とコメントが寄せられました
無記名でのコメントでしたので返信しようもなく削除させていただきましたが、あれから約1ケ月半が過ぎ、世論調査で「国葬反対」の声は半数を超え、本当に実施してよいのか大きな疑問を感じています。
時を同じくして「元統一教会問題」が大きなうねりとなり、「東京オリンピック汚職」も加わり、何を信じてよいのかわからない時代になりました。
「今、まともな政権運営が行われているんですか?」
「今のままで本当にいいんですか?」
どんな反省の弁を聞いても心に伝わらないのはわたしだけでしょうか?
このまま「国葬」を強行すれば将来に大きな「禍根」となるのは明らかだと思っています。
「国葬」は国に功労があった人が亡くなった際に、国家儀式として行われる葬儀のことをいいます。国費を使って行う葬儀です。
戦前には勅令として行われていたものの、大正15年に国葬令が公布され、主に皇族や国家に功績をのこした臣下について、天皇の特旨として行われていました。
元首相、左右大臣、太政大臣、旧薩長藩主、王皇族などがその対象となっていました。
戦後は、国葬令が失効したため、規定された国葬は行われなくなり、1967年の吉田茂の国葬以来、行なわれていません。
私の認識では直近で国葬が行われた吉田元総理の場合、喪に服し半旗を掲げ、学校も休校になったと記憶している
「喪に服す必要はない」「弔旗を掲げる必要もない」
こんな国葬があるのだろうか?
本ブログで私は岸田総理が国葬実施を表明されてすぐ、「国葬反対」と書き込んだ
凶弾に倒れた安倍元首相を悼む気持ちは強いが、これまでの「嘘にまみれた政権運営」を考えると「人間として尊敬できない」と思いました
「人間として尊敬できない人」を「国民が皆、喪に服すべき国葬」で行うべきでないと思ったのでした
本ブログで「自分の思い」を書き込んだところ、わずかに一人でしたが「非国民、恥を知れ!」とコメントが寄せられました
無記名でのコメントでしたので返信しようもなく削除させていただきましたが、あれから約1ケ月半が過ぎ、世論調査で「国葬反対」の声は半数を超え、本当に実施してよいのか大きな疑問を感じています。
時を同じくして「元統一教会問題」が大きなうねりとなり、「東京オリンピック汚職」も加わり、何を信じてよいのかわからない時代になりました。
「今、まともな政権運営が行われているんですか?」
「今のままで本当にいいんですか?」
どんな反省の弁を聞いても心に伝わらないのはわたしだけでしょうか?
このまま「国葬」を強行すれば将来に大きな「禍根」となるのは明らかだと思っています。