アビーがいなくなり、過去を思い出す時間が増えた。
15年程前、パリのソルボンヌ大学と米国コロンビア大学を卒業した、当時国連職員のE子さんと知り合った。きっかけはカジュアルなパーティいわゆる飲み会で、知り合いの知り合いだった。私にとってE子さんは忘れられない人である。なぜなら彼女との出会いで自分が変われたと思うから。
学生時代に勉強しなかった私にとって、華々しい経歴を持つE子さんはまず出会うはずのない世界の人。個性も教養も特技も社交性も持たない私は、E子さんと会話することに気が引けた。その様子を察知したのか、E子さんは色んな話題を振ってくれ、それなりに楽しく話せた。後日このことを尋ねると、「国連にいると各国の大臣からホームレスまで色々な人に会うから対応力がある。あなたも色々な人の中のひとりです」と言われ、激しく納得した。
E:「日本の総理にも会ったことがあります」
私:「どの総理?」
E:「橋本(龍太郎)総理」
私:「どんな人だった?」
E:「素晴らしい紳士。正直で頭が良い。会った人は皆彼を好きになります」
私:「へぇ~、そうなんだ」
記憶力もすごい。出向時に京都の二条城を見学したそうだ。よし、二条城についてなら私も説明できるわ。しかし、E子さんは記憶を探りながら本丸と二の丸の御殿のこと、ウグイス張り廊下のこと、壁や天井の絵画、優美な庭園、観光客の様子などを語り出した。「なんでそんなに詳しいの?」と聞くと、「だって行ったことあるから」。全訪問先の詳細を記憶しているのだろうか。
いつでも何にでも全力集中のE子さんはどんなに細かいことも忘れない。道ですれ違った人について
E:「あの人は○○さんです。覚えていますか」
私:「いいえ、初めて見る人です」
E:「そんなはずはありません。別のパーティでも見かけました」
私:「ふーん」
院卒後1年間、大学で講義を担当したE子さん。外見が若いE子さんは授業直前まで聴講席で学生と談笑、チャイムと同時に教壇へ行くと学生は驚いたらしい。講義後に3冊の本を紹介し、1冊選んでレポートを書く宿題を出した。その時の言葉が、「この本の良かった点は書かないで、悪い点や疑問点を3つ書くように」。良い本だから紹介しているのに良い点を書いてくるのは意味がなく、無駄なんだそう。
会話時には必ず問題を出題してくるE子さん、そんな彼女に疲れる時もあった。例えば、街角で古代の石製構築物の写真を見つけると、
E:「これは何の原型かわかりますか」
私:「・・・」
何の原型って、日本の一里塚みたいな形をした単なる石のモニュメントじゃん。
E:「ここに刻まれた複数の印は層を表し、それが発展してビルとなり、都市ができました」
E子さんの本職はシティ・プランナーなんですって、へぇ~。
博学のE子さんは私の授業料のいらない先生でした。日本の温室育ちが異国で頼りなく暮らす、そんな私がとっても不憫に思えたのでしょう。親切でユーモアがあり、そして何よりコミュニケーション能力が抜群に高い人だった。面倒がらずに色んな集まりに出て行く彼女はとても付き合いのいい人で、交際範囲も広かったのです。
人を変えるのは人<後編>に続く