バーで目覚めた淳は自分の鞄の中に入っていた折りたたみ傘を、
そっとその場に置いて来た。まだ雨はザアザアと降りしきっていたが。

寝ている彼女にブランケットを掛け、そのまま淳はその場を去った。
それが昨日のこと。


今日になってしきりに、後方に気配を感じていた。
皆と別れ、一人になると尚の事気配は強くなる。
ゴホッゴホッ!

というか、全く隠し切れていないのだ。
彼女は常に咳き込んでいたし、柱の陰には常にその姿が見え隠れした。

傘を握り締めながら、咳込み、鼻を啜る彼女。
気づかれてないとでも思っているのだろうか。


淳はチラと後方を窺いながら、そのまま一人歩き続けた。
無意識にその歩調を、僅かに緩めながら。


彼女はずっとついてくる。一体いつ傘を渡してくるのだろうか。
彼女と自分を繋ぐ接点は、一体どうやって繋がるんだろうかー‥。
ふっ


今自分が微かに笑ったことに、淳は驚き口元に手を当てた。
いつの間にか、無意識下で許容していた彼女の存在。彼女に対して、こんな感情を持つなんて‥。


突如、思い浮かぶ光景があった。
淳は目を見開きながら、その暗い記憶を一人辿る。
聞こえてくるのは、まだ高校生だった自身の笑い声‥。
「ははは!はは‥」

「は‥」

それは亮と静香と共に、公園で花火をした時のあの記憶だった。
自分はどうしていつも肩肘張って一人で足掻いているのだろうと、自由奔放な亮と静香を見ていて可笑しくなった‥。


ひとしきり笑った淳が夜空を見上げていると、そんな淳を見ていた亮と静香はニコッと笑った。
楽しそうに。心から嬉しそうに。
「淳ちゃんってばー」「こいつめー」

「んな風に笑ってんの初めて見たぞオイ!はははっ」

そして亮は、こう言ったのだった。
楽しそうに、心からその言葉を。
「変なヤツー」


雪はじっと彼のことを凝視していた。
気難しそうに口を噤み、じっと何かを考える彼の横顔を。


青田淳は腕組みをしながら、皆の中で静かに佇んでいた。
表情無く俯く彼を見て、キノコ頭こと、金城美沙が声を掛ける。
「あれ?!先輩、まだ調子悪いんですか?!」

その騒がしい声を契機に、周りの視線は淳に集まり始めた。
「ホントだ!顔色も悪いですよー」「昨日残って一人で作業されたんでしょう?」
「ええー大丈夫?」

糸井直美が皆に向かって、昨日の作業についてかいつまんで説明し始める。
「そういえば雪ちゃんとうちらがポスター貼りの仕事残して帰ったから、
淳君一人で全部やったんだよね。風邪引いてるなんて知らなくて‥知ってたらうちら残ったのに!」

「ごめんね~?」
「先輩、まだ調子悪かったら今日はもう帰って下さい。
昨日は一人で大変だったんですから」

すると淳の隣に居た柳が、皆の気持ちを代弁するかのようにこう語り始めた。
「うんうん、淳はスゲーよ」

「ぶっちゃけインフルのせいでグダグダ感半端ねーし。
淳がいなかったらまともに準備も出来なかったって」

ざわざわ、ざわざわと、喧騒が淳の感覚をぼかして行く。
自身のことを言われているのに、その騒がしさの間に沈み込んで行くような、そんな感覚だった。
「一人で皆をまとめて後片付けまでやってよぉ」「ですよね!」
「うん‥」

曖昧に、ぼんやりと頷く淳。
するとそんな彼の意識を引き戻すかのような音が、その場に響いた。
タン!


いつの間にか隣に来ていた雪が、傘を机の上に置いた。
彼女は若干強張ったような表情で、彼の方を見ぬまま固まっている。


淳はまだどこかぼんやりとした表情で、そんな彼女の横顔をじっと見つめていた。
そして先ほどまで皆が話していた内容を思い出し、あっと気がつく。

淳はいつもの笑みを浮かべると、皆の方を向いて口を開いた。
「いや、雪ちゃんも‥」

しかし雪は、何も言わぬままただペコリとお辞儀をして去って行った。
自分も残って作業したとも、その大半を自分がやったとも、一言も漏らすこと無く。

「何だ?」「傘?」

淳はあんぐりと口を開けながら、小さくなる彼女の背中をただ見つめるしかなかった。
彼女と自分を繋ぐその接点が、プツリと切れた現状を目の当たりにしながら‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<雪と淳>無意識の許容 でした。
嫌悪するべき存在に対して、淳が無意識下で漏らした笑み。
それは雪に対しても、昔の河村姉弟に対しても同じだったんでしょうね。
淳が花火の記憶の後また固く口を噤んだのは、心の扉が緩んでも、どうせまた裏切られると思い直したのかな。
ここから淳の感情がどう転んで行くのか、楽しみですね~
2016.4.1
スンキさんのブログにて、ストレス性腸炎の為、本家は三週間休載とのことです(T T)
ということで、このブログがまたまた最新話に追いつく日も近そうです。。うう‥
しかしストレス性腸炎て‥まんま雪ちゃんですねスンキさん‥お大事に‥
次回は<雪と淳>彼との相違 です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は化けてしまうor文章が途中で切れてしまうので、
極力使われないようお願いします!
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そっとその場に置いて来た。まだ雨はザアザアと降りしきっていたが。

寝ている彼女にブランケットを掛け、そのまま淳はその場を去った。
それが昨日のこと。


今日になってしきりに、後方に気配を感じていた。
皆と別れ、一人になると尚の事気配は強くなる。
ゴホッゴホッ!

というか、全く隠し切れていないのだ。
彼女は常に咳き込んでいたし、柱の陰には常にその姿が見え隠れした。

傘を握り締めながら、咳込み、鼻を啜る彼女。
気づかれてないとでも思っているのだろうか。


淳はチラと後方を窺いながら、そのまま一人歩き続けた。
無意識にその歩調を、僅かに緩めながら。


彼女はずっとついてくる。一体いつ傘を渡してくるのだろうか。
彼女と自分を繋ぐ接点は、一体どうやって繋がるんだろうかー‥。
ふっ


今自分が微かに笑ったことに、淳は驚き口元に手を当てた。
いつの間にか、無意識下で許容していた彼女の存在。彼女に対して、こんな感情を持つなんて‥。


突如、思い浮かぶ光景があった。
淳は目を見開きながら、その暗い記憶を一人辿る。
聞こえてくるのは、まだ高校生だった自身の笑い声‥。
「ははは!はは‥」

「は‥」

それは亮と静香と共に、公園で花火をした時のあの記憶だった。
自分はどうしていつも肩肘張って一人で足掻いているのだろうと、自由奔放な亮と静香を見ていて可笑しくなった‥。


ひとしきり笑った淳が夜空を見上げていると、そんな淳を見ていた亮と静香はニコッと笑った。
楽しそうに。心から嬉しそうに。
「淳ちゃんってばー」「こいつめー」

「んな風に笑ってんの初めて見たぞオイ!はははっ」

そして亮は、こう言ったのだった。
楽しそうに、心からその言葉を。
「変なヤツー」


雪はじっと彼のことを凝視していた。
気難しそうに口を噤み、じっと何かを考える彼の横顔を。


青田淳は腕組みをしながら、皆の中で静かに佇んでいた。
表情無く俯く彼を見て、キノコ頭こと、金城美沙が声を掛ける。
「あれ?!先輩、まだ調子悪いんですか?!」

その騒がしい声を契機に、周りの視線は淳に集まり始めた。
「ホントだ!顔色も悪いですよー」「昨日残って一人で作業されたんでしょう?」
「ええー大丈夫?」

糸井直美が皆に向かって、昨日の作業についてかいつまんで説明し始める。
「そういえば雪ちゃんとうちらがポスター貼りの仕事残して帰ったから、
淳君一人で全部やったんだよね。風邪引いてるなんて知らなくて‥知ってたらうちら残ったのに!」

「ごめんね~?」
「先輩、まだ調子悪かったら今日はもう帰って下さい。
昨日は一人で大変だったんですから」

すると淳の隣に居た柳が、皆の気持ちを代弁するかのようにこう語り始めた。
「うんうん、淳はスゲーよ」

「ぶっちゃけインフルのせいでグダグダ感半端ねーし。
淳がいなかったらまともに準備も出来なかったって」

ざわざわ、ざわざわと、喧騒が淳の感覚をぼかして行く。
自身のことを言われているのに、その騒がしさの間に沈み込んで行くような、そんな感覚だった。
「一人で皆をまとめて後片付けまでやってよぉ」「ですよね!」
「うん‥」

曖昧に、ぼんやりと頷く淳。
するとそんな彼の意識を引き戻すかのような音が、その場に響いた。
タン!


いつの間にか隣に来ていた雪が、傘を机の上に置いた。
彼女は若干強張ったような表情で、彼の方を見ぬまま固まっている。


淳はまだどこかぼんやりとした表情で、そんな彼女の横顔をじっと見つめていた。
そして先ほどまで皆が話していた内容を思い出し、あっと気がつく。

淳はいつもの笑みを浮かべると、皆の方を向いて口を開いた。
「いや、雪ちゃんも‥」

しかし雪は、何も言わぬままただペコリとお辞儀をして去って行った。
自分も残って作業したとも、その大半を自分がやったとも、一言も漏らすこと無く。

「何だ?」「傘?」

淳はあんぐりと口を開けながら、小さくなる彼女の背中をただ見つめるしかなかった。
彼女と自分を繋ぐその接点が、プツリと切れた現状を目の当たりにしながら‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<雪と淳>無意識の許容 でした。
嫌悪するべき存在に対して、淳が無意識下で漏らした笑み。
それは雪に対しても、昔の河村姉弟に対しても同じだったんでしょうね。
淳が花火の記憶の後また固く口を噤んだのは、心の扉が緩んでも、どうせまた裏切られると思い直したのかな。
ここから淳の感情がどう転んで行くのか、楽しみですね~
2016.4.1
スンキさんのブログにて、ストレス性腸炎の為、本家は三週間休載とのことです(T T)
ということで、このブログがまたまた最新話に追いつく日も近そうです。。うう‥

しかしストレス性腸炎て‥まんま雪ちゃんですねスンキさん‥お大事に‥

次回は<雪と淳>彼との相違 です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は化けてしまうor文章が途中で切れてしまうので、
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