
空は広いのに、世界は明るいのに、雪の目には何も入って来ない。
目に映るのは、汚れた地面と無機質なコンクリートの壁だけだった。
時の隙間に落ち込んでしまったかのように、疲労の蓄積した身体も心も、埋もれて行く。
そんな中、雪はふと思いついた。
‥休学しようか

そうだ、どうせ家の経済状況も良くないし、
全額奨学金もあの人がいるせいで受けられるかどうか分からない。
それにどうせあと一年で青田淳は卒業だ。また一年間苦しめられたいの?

これ以上はもう‥無理だ

繰り返すさざ波に打ちのめされ、雪の心と身体は限界を迎えていた。
ふと思いついた”休学する”という考えは、今の雪には現状から脱却出来る、唯一の選択のように思える。
そうだよ、皆で集まる度にわざと姿を避けることも

無理に笑うことも、

挨拶しようかしまいか悩むことも、もうウンザリじゃないか

全ての元凶はあの男だった。
雪の想像の中で彼は、頭に”首席”のプレートを貼り付けて笑っている。
奨学金も問題といえば問題だけど、
どうせ来年は休学しようがしまいがバイト三昧なことに変わりはない

雪はやけくそな気分で、はっと息を吐き捨てた。
ていうかどうして私より勉強も出来るのか?
そんなにまで完璧な必要ある?あームカつく


どれだけ心の中で毒づいても、自身を取り巻く環境を呪ってみても、状況は何も変わらなかった。
ただ最初からそういった現実が、そこに横たわっているだけだから。
同じように努力しても、最初から比較にもならないほど、違う世界の人なのに

しゃがみこんだ雪が見上げた校舎は、いつもより高く聳え立っているように見えた。
ふと瞼の裏に、こちらを見て笑っている蓮の姿が浮かぶ。
昔からずっと彼に対して抱えて来た、劣等感が雪の心を蝕んで行く。
大学でまでこんな気持ちにならなきゃいけないのか

直面させられる劣等感、自身の弱さ、味合わされる屈辱感‥。
全てはあの時から始まった。

耳元で囁かれた彼の言葉は、今も雪を縛り付ける。
「これからは気をつけろよ」

警告と共に肩に置かれた彼の手は、今も冷たい跡を残す。
ううん、嫌だ

どこを向いても、どこかしらに彼が居た。もうそんな現実に、耐え切れる自信は無い。
このまままた一年間ぶつかり続けたら、
青田淳のせいでも私自身の弱さのせいでも、私の存在そのものが、取って食われてしまう

本気で取って食われてしまう

自身を奪われ行くという恐怖が、じわじわと雪の心を蝕んで行く。
沈み込んだ時の狭間に、深く深く埋ずもれて‥。
絶対に‥


彼は立ち尽くしていた。
車道を挟んだ対岸の歩道で、うずくまっている彼女のことを見つめながら。

気が付けば、彼女の後を追って来ていた。
淳はその場に立ち止まりながら、小さく埋もれている彼女のことを凝視し続ける。

世界の隙間に落っこちてしまったかのような、彼女の背中。

間にある広い道幅の車道は、今の彼らの距離そのものだった。

一歩踏み出そうとするも、

出来なかった。

まるで見えない壁があるかのように、淳は向こう側には渡れない。

彼女は、暗い世界に現れた、もう一人の自分。

同じ世界の狭間に落っこちた、自身の同類‥。

鼓膜の奥でカチャリと音がする。
いつしか、心の扉が開いていた‥。

どのくらいこうしていただろうか。
しゃがみ込んだ雪の背後から、聞き覚えのある声が掛かる。
「雪さーん!」

見上げてみると、太一の姿が見えた。こちらに向かって走ってくる。
「ここでなにしてるんスか?」「太一」
「どうかしたッスか?」

太一は心配そうな表情で、乱れた雪の髪の毛を直し始めた。
「大丈夫デスか?!」「え?大丈夫だよ」
「なんで髪ぐちゃぐちゃなんスか」

彼の登場で、止まっていた時間が流れ出す。
「行きましょ。ほら鞄貸して。って重っ!なにこれ殺人兵器ッスか?めちゃ重いんスけど」
「専攻書籍だもん。当然重いって!」「なんで全部持って歩いてんスかー」

気心の知れた太一の隣で、ようやく雪は笑うことが出来た。
二人はそのまま教室へと歩いて行く。

「あ、そうだ。俺今日青田先輩と服似てるでしょ?すげー挨拶してもらっちゃいましたヨww」「そ‥そう‥」


淳はその場に立ち尽くしたまま、彼女が去って行くのをじっと見ていた。
心の扉は僅かに開いている。
彼女が気になって、仕方が無かった。
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<雪と淳>彼らの距離 でした。
ここで遂に雪が休学を決意するのですね。
だんだんと時系列が揃って来ましたね~!わくわくします!
次回は<雪と淳>倒れる です。
そういえばLINE漫画、三部までで完結になっちゃいましたね

突然だったのでビックリです。
また時間空けて再開するんでしょうか‥。
そして完結分はもう読めないのか??
どうなるんだろう‥。
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