Tシャツの首元に手を添わせながら、青田淳は鏡を見ていた。
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いつもは目尻の下がった眼差しをしている彼だが、独りの時はこういう顔をしていることが多い。
その鋭い目つきと、他人を陥れる面を見せる時の彼はまるで狐のようだ。
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引き出しから、幾つもの腕時計が覗く。不意に、机の上に置いてある携帯電話が震えた。
届いたメールは静香からのものだった。
この薄情者。いつまでも涼しい顔してられると思ったら大間違いなんだから
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淳はそれを一瞥した後、何事も無かったかのようにポケットに仕舞った。
ふと机の上にある、一つの人形に目が留まる。
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つい携帯電話に付けるのを忘れていた。
赤山雪と揃いで買った、ライオンのストラップだった。
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淳はそれを手に取りながら、フゥと息を吐く。
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そのモジャモジャのたてがみを見ながら、思い出す過去があった。
思い出したのは、去年のことだ。
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そのふさふさした髪を揺らして、彼女は転びかけた。
去年の春学期、佐藤広隆が開いた自主ゼミでの帰りだった。
自身を嘲笑った彼女に気が障って、一つ目の警告を発したあの日。
淳は退屈と、疲弊と、慢性的な虚無感を毎日感じている頃だった。
高校時代の同級生と集まってみても、皆そんなモヤモヤとした何かを抱えているようだった。
あー俺大学辞めよっかなぁ。マジダルいし超つまんないし、
こんなんだったら留学した方がまだマシだよ。 単位放棄すりゃいいじゃん。 お前と一緒にすんなよなー
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淳の行っている大学はどうだと振られた時、彼は淡々と言った。
まぁ‥どこも皆一緒だろう
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どこへ行ったって何をしてたって、
つまらなくって仕方が無かった。
退屈が蔓延して、毎日が同じことの繰り返しだったあの頃。
赤山雪への二度目の警告の後、淳の表情は険しかった。
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いつもは感情を表に表さない彼の異変を、横山も柳も感じ取って退いた。
気に障ることがあったと言う淳に、柳は「お前にもそういう時があるのか」と意外そうな顔をしていた。
淳はこう答えたはずだ。
「人間なんだから無いはずないだろう」と。
平凡な日常、凡庸な人々に囲まれていつの間にか忘れていた人間らしさというものを、
赤山雪に関わる度、次々と引き出された気がする。
当時はそれが気に障って、うざったくて、彼女のことが嫌いだった‥。
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淳はどこか彼女に似たライオンのストラップを眺めながら、そんなことを思い出していた。
あの時は今こんなことになるなんて、思いもしなかった。
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人生とは予測できないものだ。
そして俺もやはり、予測できないことがある‥。
淳はライオンのストラップを、手のひらで包むようにしてそっと置いた。
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その柔らかな髪の毛の感触を、ふっと思い出しながら。
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週末が終わる夜、雪は母親と通話していた。
母の機嫌は悪く、昼間何度も雪に電話を掛けたのに出なかったとグチグチ言った。
友人と会っていた為マナーにしていたせいで気付かなかったと雪は言ったが、それには構わず母親は言葉を続ける。
はぁ‥最近はヘトヘトよ。お父さんは店に無関心だし‥
物件も一緒に見に行ってみたけど、インテリアだって私が全部決めたのよ
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雪は洗濯物をたたみながら、母親からの文句に付き合っていた。
雪なりの助言も口にする。
「そっか‥でも一度ちゃんと言ってみたらどうかな。
この前帰った時はお父さんなりに少しは店のこと考えてるみたいだったよ」
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しかし母親は、とんでもないと言わんとばかりに荒い口調で言い返した。
そう見えるだけよ!あんただってお父さんの性格よく分かってるでしょ?!
いつも口だけで店を出すこと自体嫌がってたんだから!
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その勢いに携帯電話が跳ね上がりそうだ。
母親の小言は怒りから、やがて哀しみを含んだものに変わってくる。
自ら立ち上げた事業を大きく育て、いつか大企業の社長になるんだと言って奔走していた父。
しかし結局倒産し、気持ちの整理もつかないまま妻の経営する小さな飲食店で働くことになった父。
そんな彼の姿を見て、雪の母はもどかしい気持ちでいっぱいだった。小さく丸めた背中を、可哀想だとも思うと言った。
「‥‥‥‥」
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母もまた、雪と同じように頑固な父に頭を悩ませ、気を揉んでいる。
様々な思いを抱えながらも、その言葉が届かない母の苦労を分かつように、雪は黙って聞いていた。
すると母は「お父さんもお父さんだけど、」と前置きをしてから、小言の矛先を今度は子供達に向けた。
まずは自由奔放な長男、雪の弟の蓮についてのことだった。
蓮ったら本当薄情なんだから!家の話をしたらまた連絡が無いのよ!
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雪は弟の薄情にため息を漏らしたが、続けて母は雪を非難した。
あんただけでも家のことをもっと気遣ってくれと。
あんたもあんたよ、まったく!
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雪は不機嫌な母を思って、ただひたすらに謝った。
時間を見つけて来週一度帰ると伝え、家のことを忘れているわけじゃないと説明した。
母親はそれに了承し、電話を切った。
フゥと溜息を吐くと、心が重く沈んでいくようだった。
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平日は9時-17時の事務所でのアルバイト、そして英語の塾。
週末は溜まった家事をしたり友人と会ったりと気を休めていた雪だが、先ほどの母親の調子では実家に顔を出さなければならないだろう。
行ってあげなくちゃ‥。いつ時間あるだろう?
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そう考えながら、洗った下着を整理している時だった。
ふと違和感を感じて、数を数える。
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思い違いかもしれない。
しかし違和感が膨れ上がる。
下着、これしか洗ってなかったっけ‥?
不穏な影がジワジワと、心に広がっていくような気がした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<狐とライオン>でした。
この話で青田淳の部屋が初公開されたと記憶してます。
腕時計ケースに収まった数々の腕時計、高級そうですね~。
次回は<運の悪い日>です。
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いつもは目尻の下がった眼差しをしている彼だが、独りの時はこういう顔をしていることが多い。
その鋭い目つきと、他人を陥れる面を見せる時の彼はまるで狐のようだ。
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引き出しから、幾つもの腕時計が覗く。不意に、机の上に置いてある携帯電話が震えた。
届いたメールは静香からのものだった。
この薄情者。いつまでも涼しい顔してられると思ったら大間違いなんだから
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淳はそれを一瞥した後、何事も無かったかのようにポケットに仕舞った。
ふと机の上にある、一つの人形に目が留まる。
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つい携帯電話に付けるのを忘れていた。
赤山雪と揃いで買った、ライオンのストラップだった。
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淳はそれを手に取りながら、フゥと息を吐く。
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そのモジャモジャのたてがみを見ながら、思い出す過去があった。
思い出したのは、去年のことだ。
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そのふさふさした髪を揺らして、彼女は転びかけた。
去年の春学期、佐藤広隆が開いた自主ゼミでの帰りだった。
自身を嘲笑った彼女に気が障って、一つ目の警告を発したあの日。
淳は退屈と、疲弊と、慢性的な虚無感を毎日感じている頃だった。
高校時代の同級生と集まってみても、皆そんなモヤモヤとした何かを抱えているようだった。
あー俺大学辞めよっかなぁ。マジダルいし超つまんないし、
こんなんだったら留学した方がまだマシだよ。 単位放棄すりゃいいじゃん。 お前と一緒にすんなよなー
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淳の行っている大学はどうだと振られた時、彼は淡々と言った。
まぁ‥どこも皆一緒だろう
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どこへ行ったって何をしてたって、
つまらなくって仕方が無かった。
退屈が蔓延して、毎日が同じことの繰り返しだったあの頃。
赤山雪への二度目の警告の後、淳の表情は険しかった。
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いつもは感情を表に表さない彼の異変を、横山も柳も感じ取って退いた。
気に障ることがあったと言う淳に、柳は「お前にもそういう時があるのか」と意外そうな顔をしていた。
淳はこう答えたはずだ。
「人間なんだから無いはずないだろう」と。
平凡な日常、凡庸な人々に囲まれていつの間にか忘れていた人間らしさというものを、
赤山雪に関わる度、次々と引き出された気がする。
当時はそれが気に障って、うざったくて、彼女のことが嫌いだった‥。
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淳はどこか彼女に似たライオンのストラップを眺めながら、そんなことを思い出していた。
あの時は今こんなことになるなんて、思いもしなかった。
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人生とは予測できないものだ。
そして俺もやはり、予測できないことがある‥。
淳はライオンのストラップを、手のひらで包むようにしてそっと置いた。
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その柔らかな髪の毛の感触を、ふっと思い出しながら。
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週末が終わる夜、雪は母親と通話していた。
母の機嫌は悪く、昼間何度も雪に電話を掛けたのに出なかったとグチグチ言った。
友人と会っていた為マナーにしていたせいで気付かなかったと雪は言ったが、それには構わず母親は言葉を続ける。
はぁ‥最近はヘトヘトよ。お父さんは店に無関心だし‥
物件も一緒に見に行ってみたけど、インテリアだって私が全部決めたのよ
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雪は洗濯物をたたみながら、母親からの文句に付き合っていた。
雪なりの助言も口にする。
「そっか‥でも一度ちゃんと言ってみたらどうかな。
この前帰った時はお父さんなりに少しは店のこと考えてるみたいだったよ」
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しかし母親は、とんでもないと言わんとばかりに荒い口調で言い返した。
そう見えるだけよ!あんただってお父さんの性格よく分かってるでしょ?!
いつも口だけで店を出すこと自体嫌がってたんだから!
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その勢いに携帯電話が跳ね上がりそうだ。
母親の小言は怒りから、やがて哀しみを含んだものに変わってくる。
自ら立ち上げた事業を大きく育て、いつか大企業の社長になるんだと言って奔走していた父。
しかし結局倒産し、気持ちの整理もつかないまま妻の経営する小さな飲食店で働くことになった父。
そんな彼の姿を見て、雪の母はもどかしい気持ちでいっぱいだった。小さく丸めた背中を、可哀想だとも思うと言った。
「‥‥‥‥」
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母もまた、雪と同じように頑固な父に頭を悩ませ、気を揉んでいる。
様々な思いを抱えながらも、その言葉が届かない母の苦労を分かつように、雪は黙って聞いていた。
すると母は「お父さんもお父さんだけど、」と前置きをしてから、小言の矛先を今度は子供達に向けた。
まずは自由奔放な長男、雪の弟の蓮についてのことだった。
蓮ったら本当薄情なんだから!家の話をしたらまた連絡が無いのよ!
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雪は弟の薄情にため息を漏らしたが、続けて母は雪を非難した。
あんただけでも家のことをもっと気遣ってくれと。
あんたもあんたよ、まったく!
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雪は不機嫌な母を思って、ただひたすらに謝った。
時間を見つけて来週一度帰ると伝え、家のことを忘れているわけじゃないと説明した。
母親はそれに了承し、電話を切った。
フゥと溜息を吐くと、心が重く沈んでいくようだった。
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平日は9時-17時の事務所でのアルバイト、そして英語の塾。
週末は溜まった家事をしたり友人と会ったりと気を休めていた雪だが、先ほどの母親の調子では実家に顔を出さなければならないだろう。
行ってあげなくちゃ‥。いつ時間あるだろう?
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ふと違和感を感じて、数を数える。
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思い違いかもしれない。
しかし違和感が膨れ上がる。
下着、これしか洗ってなかったっけ‥?
不穏な影がジワジワと、心に広がっていくような気がした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<狐とライオン>でした。
この話で青田淳の部屋が初公開されたと記憶してます。
腕時計ケースに収まった数々の腕時計、高級そうですね~。
次回は<運の悪い日>です。
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でもって、ユジョンの考えてることと、ソルちゃんを悩ませてること。内容とレベルが違いすぎて、お互いにお互いの考えていることを理解するのは今後も難しいだろうなー、と思わせる場面ですね。
ところで、この場面の先輩の表情やしぐさを、どう受け取ってよいのかずーっと迷ってました。好意の方に受け止めてよいですかねー。ストラップを戻す時、なんのため息なのか、なぜ持ち歩かないで戻すのか、気になって。
でも、今頃なんだけど、オソロで買ってたんだ!と気づいて笑えた。悪意あったら買わないよね(笑)
ちょびこさん同様、わたしも何のため息かなと思っていました。
ちょっと悪い顔してますよね。
しかしまた、Yukkanenさんマジック。
Yukkanenさんの味付けうまし~!
そして、時計はケースに入っていたんですね。引き出しが少し開いていたのか。
私、筒状のものに腕時計が巻いてあるように見えておりました。
薄っぺらい腕時計…なぜそこだけ絵がへたっぴなんだろうと…。ぷははっ
日本で下着泥棒って言ったらベランダに干してあるのをかすめ取っていくイメージですが、韓国のベランダ事情が分かると下着ドロ=空き巣っていうのにシックリきます!いつも貴重な情報のご提供、ありがとうございます~(^^)
姉様、なんで先輩はストラップ付けないんでしょうね~^^イメージが、とか?雪ちゃんはお家に置いておきたい、とか?
アレ見つけたうあはんもビックリでしょうね。
坊ちゃんどうしたの?!って感じで‥。
そしてアレをオソロで買う時、店員さんに「そのクリップとライオン一つはプレゼント用で、あと一つは自宅用です」とか言ってるだろう先輩を想像して萌え!!
りんごさん
あ!腕時計は引き出しに入っているのか‥!
ケースだとばかり思っていましたが、確かによく見るとこれは引き出しですね‥!薄っぺらい引き出しだ!
早速修正させていただきますーー!
さすが細かい倶楽部会長!感謝です!
ふーとため息ついた先輩の後ろあたりに見える芽みたいの、なに?
りんごちゃんの想像(予想かw)聞いてみたい。笑
しおからを鼻血ティッシュと思ったさかなちゃんにも(笑)
うあはん、そのうちわだかまり劇場で暴露しますよ、きっと。高級時計のそばにあるヘンなストラップについて。
後ろの芽について:観葉植物
先輩がストラップを付けない理由:iPhoneてストラップつけるところないですよね~
どうですか~。
下にPCらしきものがあるから、卓上ライトかなと思っていました。
そして確かにi-phoneはライオン付けるとこないですよね。でも3部で雪ちゃんスマホにしてましたが、付けてましたね。ストラップ付けれるスマホもあるんでしょうか。。
やっぱりハズサナイりんごさん…あれを観葉植物と言いきった!ww
>私、筒状のものに腕時計が巻いてあるように見えておりました。
薄っぺらい腕時計…なぜそこだけ絵がへたっぴなんだろうと…。ぷははっ
↑実はコレにもウケまくっていた…。何を隠そう、一番最初(出た)に見たとき私もおんなじこと思ったのです。
すぐ過ちに気づきましたけどね。
てか、りんごさんの表現のしかたがいちいちゼツミョー(笑)
自信満々の答えだったもんで、普通に答えてしまってつまらないかなと思ってたのに…!
PC?ははぁーん。そういう見方もあるかもしれませんね…。椅子の背もたれかと思ってたりして。にしては、なんかへたっぴだなと。
おさかなさん、先言ってくださいよ~