CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ)

神戸・岩国の最新情報を中心に紹介していきます。歴史や時事について調べた結果を紹介。

百耕資料館 企画展 「江戸時代の絵図 京派の粉本Ⅳ 吉祥画」 on 2017-5-28

2017年05月29日 05時25分48秒 | 神戸情報
2017年5月28日に武井報效会 百耕資料館で開催の上記企画展 「江戸時代の絵図」を観てきました
ので写真紹介します。

百耕資料館の基本情報
住所:神戸市須磨区板宿町2丁目2-1 (育英幼稚園内) TEL:078-733-2381
公式サイト:http://www.ikuei.ac.jp/~hyakko/index.html


百耕資料館は、板宿の旧家名門である武井家に伝わる約1万2千点にも及ぶ
歴史資料を一般に公開されています。昭和63年(1988)10月に開館。
2010年の7月10日に平成16年春以来、約6年ぶりのリニューアルオープンされ
板宿の歴史をテーマに古代から近現代まで解説とともに公開されています。


展示の内容は写真撮影禁止なので内部写真はありません

今回の企画展は4月29日から開催されており5月28日は最終日でした。
企画展のポスターへのリンク:http://www.ikuei.ac.jp/~hyakko/eplist/2016au.html





上の写真はポスターより撮ったものです。
絵図は文化2年(1803) 岡本村絵図 井上家蔵(神戸市文書館寄託)

今回見せていただいた絵図の多くはは大国正美氏の著書「古地図で見る神戸」2013年11月30日初版に
掲載されています。





上の2枚の写真は武井伊右衛門(百耕)(1845-1917)の銅像と銅像の説明書き

説明書きに部分加筆して記述します。

武井伊右衛門は弘化2年(1845)2月14日に板宿村生まれ、幼名は久太郎明治に
なってから伊右衛門と名を改めました。さらに百耕と号す。日頃より書画を愛好し、
漢詩を嗜み多くの郷友諸士と交友を結ぶ。
明治5年(1872)兵庫県第三区長の父を補佐し 明治14年(1881)兵庫県の県会議員に当選。
明治16年(1883)公職を退いてあ邸地に秋錦園(菊園)、魁春園(梅園)の二園を開き一般に開放す。
八部郡郡長、同年有馬郡郡長となる。大正6年(1917)3月8日73歳で没。
墓は武井家歴代の墓とともに禅昌寺にあります。明治21年4月には有馬郡長を病気
のため辞任してからは漢学の素養から多くの詩を作り明治43年(1910)漢詩結社
隋鴎吟社の正社員となった。また、かって画を学んだ岡田広章からは画稿を譲り受けた。
特に円山、四条派の粉本に関しては2,000点の一大コレクションを誇っている。





上の2枚の写真は武井伊右衛門(百耕)の娘婿の後継者「武井悌四郎」の胸像と説明書き

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兵庫県立美術館のシンボル「美かえる」が新調

2017年05月29日 04時41分47秒 | 神戸情報
兵庫県立美術館の「美かえる」新調 神戸

上記のように神戸新聞(2017-5-25付け)で報道されました。

今回の新調は劣化によるもので総菜大手「ロック・フィールド」(岩田社長)の寄付で実現しました。

そこで2017年5月26日(金)に撮った「美かえる」を写真紹介します。(下の3枚の写真)






美(み)カエルの名称は713点の公募から選ばれた神戸市西区在住の主婦、山下美恵子さん
が命名者で2012年1月7日に命名式がありました。

シンボル製作のいきさつですが、蓑館長がフロイレンティン ホフマン氏アヒルの作品
(ラバーダック)を見て感動し、兵庫県立美術館のシンボルに
文化の復興の願いも込めて「カエル」のデザインで製作を依頼したのがミカエル誕生の
秘話だそうです。


「美かえる」は美術館で得た美的センスを家庭や職場に「持ち帰る」ことや、上記の
阪神淡路大震災から文化復興や美術館への再訪などの意味が込められているようです。

又、ミカエルのカタカナで下記のような意味があります。
ミカエル(ミハエル)は旧約聖書などに名が現われる天使という意味。
いずれにせよ、「美かえる」はシンボルとしてふさわしい格調高い名前だと思います。

ミカエルは聖ミカエルの称号で呼ばれることもあります。



上の写真は2014年3月29日に完成した「Peace Cracker]作者:椿昇 氏を入れて
「美かえる」を撮ったものです。
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