ふぶきの部屋

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日本一運のいい女ー新皇后の肖像 20

2019-02-04 07:00:00 | 日本一運のいい女 雅子皇后の肖像

  週刊読売臨時増刊号 1994年6月15日号

皇太子さま、雅子様ご結婚1周年夢中で過ごされた公務の日々、緊張、初々しさそして堂々と記者の目に写った新婚のお二人」

 

 

 微笑 1994年6月25日号

「雅子様が変えた宮廷慣習「朝寝」「マウンテンバイク」10項目の大胆な試み

 

 1994年6月15日奥多摩高水三山登山

 

 噂の真相1995年10月号

昨年の6月、皇太子夫妻は結婚後、初めて二人揃って奥多摩に登山に出掛け、一部のマスコミが 「雅子さまの愛情が篭もった手作りのオニギリで昼食を」 とその仲睦まじさを報じたことがある。しかし実はこのオニギリ、雅子さまの「手作り」などではなく、宮内庁が出入りの業者から買い入れたものだったのである。
宮内庁としてもこの時、雅子妃に手作り弁当を作ってもらい、マスコミにPRしたがっていたんですが、なぜかそれが実現しなかった。ある関係者がお二人の関係は手作り弁当というようなホノボノとしたものじゃないからな、と洩らしていました」 (宮内庁記者)

 1994年7月東宮御所お引越し 3憶8000万の改修費


 1994年7月20日 伊勢神宮参拝

 週刊現代1994年7月30日号

「皇太子・雅子妃不仲説が流れる理由」

「先月、皇太子・雅子様夫妻は結婚1周年を迎えた。女性位週刊誌を始め各マスコミはこぞってお二人の結婚1周年の記念特集記事を汲んだが、なかにはこんなものもあった。

ある女性週刊誌は昨年7月お二人が岩手県を訪問された際、雅子さまが式典中に疲れのためかウツラウツラされたことを「ご公務での居眠り」とし「両陛下にはあんなことは一度もない。雅子様は緊張感が足りない体としかいいようがない」と書いた。

同じ記事の中では「雅子さまが皇太子の隣り立つ位置が逆のことがある」「マナーに反して手袋をしたまま乾杯した」などと指摘。

また別の週刊誌には「朝寝ー公務がお休みの日には皇太子殿下の優しいお気遣いで」という小見出しをつけ「(起きるのが)お昼近くになることもあるようです」と宮内庁関係者の声を紹介している。

両紙とも「皇室に不慣れな雅子さまの初々しい振舞」といったタイトルをつけているが内容的にはバッシングともとれる。

男性週刊誌が「結婚2年目を迎えたご夫妻の調和が心配」と不仲説をにおわせた。

同誌は6月25日に神宮球場で開幕された日米大学野球選手権大会の開会式に、お二人そろって出席する予定が直前にキャンセルされたことを取り上げ

「ひょっとして雅子様が公務が辛いと漏らされたことも考えられると思います」という皇室ジャーナリストの声を紹介している。

「カカ天下という程ではないが雅子様も多少増長しているところがあるのではないかと小和田夫妻も心配しているようですね」

皇太子の知人は記事に驚きながらもこんなことを語った

「ご結婚前は、御所で殿下とテニスをした後などは決まって殿下の方から「ビールでも」と声がかかり遅くまでワイワイ飲んでいたものですが、ご結婚後は二人が参加してテニスをしたあとビールやお茶の席に顔を出すのは殿下お一人。それも10分か20分ですぐに引き上げてしまう。今年の新年の法曹界テニスクラブの時も雅子さまはお見えにならなかった。この頃からみなお二人の間を心配していました」

「皇太子の学友が雅子さまにご結婚祝いにマウンテンバイクをプレゼントしたんです。殿下はすでに持っていますから、その後「ご一緒にマウンテンバイクで遊びましょう」「テニスをやりましょう」と雅子様を誘うのですが「いいですね。でもこのところ忙しいですから」と断られ続けています。学友の一人は「僕達は雅子さまに嫌われているのかな」という人もいます。

「美智子さまは新しい職員がくると必ず名前を覚え、名前で呼んでいたのに雅子さまは職員の名前をあまり呼ばない」

  1994年8月2日 富山県でインターハイ視察

 1994年8月7日 国際エイズ会議

 1994年8月31日 那須茶臼岳登山

 女性セブン 1994年9月22日号

問題提出レポート雅子さま大丈夫ですか?差別の宮殿

 

 1994年9月10日 北海道羅臼岳登山静養

  

 1994年9月18日 京都涌泉寺 孝明天皇英照太皇太后陵参拝

 

 1994年10月11日 秋の園遊会

 1994年10月20日 皇后誕生日に一家で写真撮影

 1994年10月23日 三重県国民文化祭

 

 

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