夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

コブクロの『蕾(つぼみ)』の歌、ときには齢を重ねた私でも、心の中で唄いながら・・。

2011-05-15 22:17:23 | 音 楽
夕暮れのひととき、私は玄関の軒下で、ぼんやりとしていたら、
脳裏から突然にコブクロの『蕾(つぼみ)』歌が舞い降りて、
心の中で唄ったりし、やがて独り涙を浮かべたりした・・。


私がコブクロに、圧倒的に魅せられたのは、
2007(平成19)年11月中旬からであった・・。

確かNHKでプレミアム10『恋うた2007 autumn&winter』という番組を視聴し、
最近の若い方たちが、どのような音楽に魅了されているか、
視聴した時であった。


私は現役時代は音楽業界のあるレコード会社に勤めていたが、
制作畑でなく管理畑であったので、制作関連には全くの素人であり、
ただ私なりの感覚的好きな曲を聴くことが多いのである。

私は齢を重ねたせいか、2000(平成12)年前後に、
現役時代の56歳前後、圧倒的な歌唱力のある小柳ゆきを盛んに聴いたりした以外は、
若いアーティストからは感銘を受けた曲は、感性が衰えたためか少ない。

定年退職後の2004(平成16)年の秋以降は、
絢香の『三日月』には瞬時に魅了され、物狂いのように聴いたりしていたが、
私の日常生活の音楽は、私の音楽棚からCD、DVDから取り出して視聴しているが、
圧倒的に2000年以前の作品である。


『恋うた2007 autumn&winter』に出演されたコブクロに関しては、
ミリオン・セラーを獲得している最近では数少ない人達であることは、
ネット等で知っていたが、歌そのものをじっくりと聴いたことがなかったのである。

『赤い糸』は初めて聴く歌であったが、
恋情を真摯に綴られ、詩情がある作詞で、何より独創性がありながら余情があり、
その上に文学性もありながらも昇華された作品であるので、私は絶賛したのであった。

彼等のコメントに寄れば、
結成まもない9年前に路上、その後のライブで唄い、
好きな歌のひとつです、と語っていた。

作詞、作曲、そして歌声に、久々に歌の世界から感銘を受けたのである。

そして、彼らが無名の時、自分達を信じて、夜の路上で唄った時の心情を思い、
私なりに胸が熱くなった・・。

『赤い糸』は、私は当時63歳の身でありながら、数少ない心に沁みた名曲と確信した。

このようにコブクロは、私の心の片隅に確かな存在感を残して、
この年に発表された『蕾(つぼみ)』は、私のこの年の最も好きな曲となった。


その後、昨年の2010(平成22)年の10月7日に、
ワーナーミュージック・ジャパンの代表取締役社長兼CEOの吉田敬(よしだ・たかし)氏の
突然の自裁に私は衝撃を受けて、
幾たびか、このサイトに投稿をした。

この中の最後の投稿文をあえて掲載する。

http://blog.goo.ne.jp/yumede-ai/e/84f61a9ae6aa96957618722841b8a353
☆【 年金青年たわむれ記 ~かりそめ草紙】
11月20日:『「ワーナーミュージック前社長のお別れ会でコブクロ、絢香ら恩返し誓う 』☆

この中で、お別れ会に際して、コブクロのコメントを掲載している。

《・・
□吉田社長の思い出
ドラマ『東京タワー』の(主題歌の)書き下ろしのお話を持ってきてくださったのは、吉田社長でした。
その時、ツアーの真っ最中というスケジュール上の理由で、
致し方なく書き下ろしのお話をお断りせざるを得ませんでした。

ところが、お断りした一週間後
「この曲はコブクロにしか書けない。コブクロにしか歌えないんだ」と、
嘆願するようにもう一度僕らのところに来てくださいました。
その熱意に感銘を受け、曲を作り始めました。
やがてはレコード大賞をいただくまでに育った「蕾」が出来たのは、吉田社長のおかげだと思っています。

□印象に残っていること
「桜」がまだ、シングルになるずっと前から、「桜」をとても愛してくださっていました。
ご自身、新幹線の中で「桜」を聴きながら、涙が流れ、どうしてもこの歌を世に送り出したいという一心で、
コブクロを応援し始めたんだと、いつもおっしゃってくださいました。

□そして今の気持ち
「桜」「ここにしか咲かない花」、「蕾」etc…そして、「流星」。
数々の楽曲には、吉田社長とやりとりした沢山の思い出が詰まっています。

僕らに全力を注いでくださったことへの感謝の想いは、
これからの音楽活動でゆっくりとお返ししていきたいと思います。
どうか天国から、ご家族のみなさんの心を支えてあげてください。
・・》

私は改めて読むたびに、コブクロの心情、
そして音楽業界の烈風の中、亡くなわれた吉田敬(よしだ・たかし)氏に愛惜を重ねると、
涙がこぼれるのである。

このような思いが私の心の片隅にあるので、
ときおり、コブクロの『蕾(つぼみ)』の歌を心の中で唄ったりすると、
独りわびしく、はかなく、熱い思いになるのである。


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新潮社、全新刊を電子配信でも実施のニュース、活字中毒の私は微苦笑させられて・・。

2011-05-15 14:20:36 | 時事【社会】
午前中のひととき、読売新聞の基幹ネットの【YOMIURI ONLINE】を開いたら、

《 「紙も電子も」成り立つか…新潮社、全新刊を配信へ 》

と見出しを見て、やはりこのような時代になったか、と思いながら、
読書好きの私は、記事を精読した・・。

無断であるが、この記事を転載させて頂く。

《・・
2010年が「電子書籍元年」と呼ばれるきっかけとなったアップルの多機能端末「iPad」の日本発売から、
もうすぐ1年。
電子書籍を配信する「電子書店」が数多く登場したが、過渡期で乱立気味だとも言える。

自分の読みたい本をどこで買えば良いのか、
分かりにくいと感じている人が多いのではないか。

新潮社は先月末、
「新潮ライブ!」(http://www.shincho-live.jp)というサイトを開設した。

「購入ナビゲーションサイト」というだけあって、
自社の電子書籍約580点がどの書店で購入でき、どの端末で読めるかが一目瞭然。
お目当ての本を買える書店に真っすぐ案内してもらえる。

同社の書籍に限っては、書店間の縦割りが解消されたと言っていい。
柴田静也・開発部長は
「自社作品の何が電子化され、どこで読めるのかを指し示すのが出版社の使命と考えた」と話す。

同社はまた、作者の許諾を得られなかったものを除き、
新刊書籍すべてを電子化していくと発表。
電子化の時期は紙の本の発売から半年後、価格は紙の本の8割を基本にするという。

米国では今や新刊の多くが紙と電子で同時出版され、
それが電子書籍の普及を促したと言われるが、新潮社はあえて時間差を設けた。

日本ではまだ紙と電子の売れ行きの差が大きいことに加え、
同社には新潮文庫という大きな柱がある。

単行本の約3年後に発売される文庫の売り上げに極力影響を与えない
「単行本→電子本→文庫本」というすみ分けが可能なのか。

同社の示した方針はその意味でも、出版界で注目されている。

「電子化の時期や価格はとりあえずのもの。
どういうビジネスモデルが考えられるか、
市場や読者の動向を見ながら試行錯誤していきたい」と柴田部長。

「紙か電子か」ではなく、「紙も電子も」は成り立つのか。
当面は、さまざまな試みが続きそうだ。

(多葉田聡)
(2011年5月14日 読売新聞)
・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。


私は突然に読書に目覚めたのは、遅ればせながら高校に入学してまもなくであり、
この時から小説、随筆、ノンフェクション、月刊雑誌などを乱読し、かれこれ50年となっている。

古来の人々から言葉から文字へと人々の営みの中から文明が生まれ、
その中の一部として、文化が発生している。

そして創作者より、文字から伝えられる伝達力、創造力が
それぞれの人々が読む時、感受性、知性、想像力により多少の差異があるが、
綴られた文章はもとより、この行間から感じられる圧倒的な魔力から、高校生の時からとりつかれている。

年金生活の今でも、朝に読売新聞を読んだりした後、
日中は読書をする時間が多く、
夜に布団にもぐった後に、枕元で本を読みながら寝付く悪い習慣が続いている。


家内と共通の趣味は、国内旅行であるので、ときおり旅行に行っている。
こうした時、特に滞在型の場合は、数冊の本を持参している。

旅先では、その地の地方新聞を読む習慣があるが、
日中のひとときに観光めぐりすれば、観光ホテルで風呂に入ったり、
部屋から風景を眺めたりするが、本がないと何かしら寂しいのである。
何かしら、活字中毒のひとりの私は、薬が切れたような心持ちになったりした。


日頃、月刊総合雑誌に関しては、『文藝春秋』は1970(昭和45)年以来愛読し、
そして『中央公論』、『新潮45』は特集記事に魅せられた時、購読している。

そして肝要の単行本、文庫新書、文庫本に関しては、
新聞の出版社の広告を見たり、本屋の店頭で見かけ、小説、随筆、歴史書、現代史などを購入したりしている。
その上、何かしら魅了させられない時、古本屋に寄ったりしている。

昨今の本屋の店頭の流通が早いので、買いそびれた本や思いがけない興味のある本にめぐり逢え、
私の心は小躍(こおど)りしながら、購入するが、
殆どは余りに廉(やす)いしので、驚いたりし、創作者の心情を思いながら、ため息をつく時もある。


このような私の本に対す心情であり、
今回の新潮社は、
《新刊書籍すべてを電子化していくと発表。
電子化の時期は紙の本の発売から半年後、価格は紙の本の8割を基本にする・・》
と知ったのであるが、
私は本の活字を読みながら、感じ受け止める読書の習性を50年ばかり過ぎた古い人なので、
苦笑させられたのである。


私は日本に於いて、文芸作品の再興を願い、
たとえ電子書籍の分野でも文芸作品を多くの方に読まれることを期待しているが、
無念ながら疑問視しているのである。

この根底には、山田順(やまだ・じゅん)氏の著作のひとつ『出版大崩壊 ~電子書籍の罠~』(文春新書)を読み、
現在の出版業界の実態、電子書籍の実態など多々教示されたからである。

http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784166607983
☆【文藝春秋】ホームページ <==【文春新書】
              <==山田 順・著の『出版大崩壊 ~電子書籍の罠~』、☆


この後、私は気落ちしながら、このサイトに、
【 山田 順・著の『出版大崩壊 ~電子書籍の罠~』、私は日本の電子書籍の実態を学び、憂い・・。】
と題して、5月9日に投稿したのであった。

この後、無念の心情を隠し切れず、雑誌を基軸に、
【 定年退職後、毎月10日の予定日は、『文藝春秋』の発売日、と私は家内に応(こた)えて・・。】
と題して、5月10日に投稿したのであった。

このような心情を重ねてきた私であるが、
かっての純文学、中間小説と称せられた文芸作品の再興を待ち望んでいるひとりとして、
果たして・・と思ったりしている。


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私たち夫婦の『ハワイ島』の永住を、ほんのひととき、夢想したりしたが・・。

2011-05-15 00:04:23 | 定年後の思い
私は現役のサラリーマン時代の1998(平成10)年の時、
会社の旅行で、ハワイ諸島の五日間ばかりで訪れた・・。

成田空港からオアフ島のホノルル空港に着き、
ヒルトン・ビレッジ村と称されるホテルに4泊ばかり滞在した。

私たちの多くはグループで、周遊観光した方が多く、
私は群れをなして周遊するのは苦手であったので、独りで勝手にあちらこちらを観光をした。

到着後、ホテルで少しくつろいだ後、
海岸の遊歩道を独りで歩き始めた時、
簡易な飲み物が飲めそうなバンガロー風な建物が見えた。

私はうかがうように中に入ると、カウンターに5、6人が座っていた。
カウンターの中にいる40前後の男に、
『Beer,please・・』
と私は言った。

ビールは直ぐに私の目の前に置かれた。

壁際にメニューが張り出され、ウィスキー等のハードなアルコールは無く、
浜辺の付近であり、ソフト・ドリンクとだけと瞬時に解かった。


カウンターのはずれに煙草の灰皿が見えたので、
『Cigarettes?』
と私は言った。
煙草を吸っても好いですか、と訊(たず)ねたのであった。
その後、直ぐに灰皿が私の前にそっと置かれた。

私は気分良くして、ビールのお代わりをした。


その後、ワイキキの遊歩道をゆっくりと数キロ散策した帰り、
このソフト・ドリンクに再び立ち寄り、二杯のビールを呑み終わり、
『Check,please』
と私は言った。

お勘定を済ませると、
カウンターにいる男は、大きな声で、
『マイド、アリー!!』
と私に言ったのである・・。

毎度、有難うかょ・・、私は早く日本語で言ってくれれば、
拙(つたな)い単語を並べなくても良かったのに、と私は呟(つぶや)いた。


その後、私は独りで『ハワイ島巡り1日コース》のオプション・コースに参加した。
有数な観光処を廻っている時、ヒロ市の郊外の海辺に面したゆるやかな丘陵に、
ゆったりした敷地に洒落た別荘風の家並みが観えた・・。

日系三世の日本語の解説に寄れば、
敷地は平均400坪前後で、35坪前後の住宅を建築した場合、
土地・建物で日本円で2600万円前後である、
とこのような意味合いの言葉を述べられたのである。

そして、日本より物価が廉(やす)く安定しているので、年金生活でも楽である。
その上、日本のように湿度が高く猛暑もなく、寒い冬の季節もないので、
温暖な快適な生活が一年中過ごせる。
このような環境なので、日本の方が多く住まわれ、リタイア後の生活を満喫しています、
と補足されていた。

私も50代の時であったので、定年退職後の設計を考えていた時でもあった。
そして、買い物に町に出かけた時は、たどたどしい英語で、
適度に市民のお方とコミニューケションをとれば、良いかしら、と夢想したのである・・。


旅行からの帰路の途中、家内は海外に行ったこともなく、
国内旅行の四季折々の情景、食べ物、そして温泉が好みのタイプである。
冷静に考えれば、会社で海外勤務をし、家族共々その現地で生活体験があれば、
その地の異文化にも順応しやすい、と思ったりしている。

私達はこのような体験はないので、永住は無理と思ったりした。

何より日本風土の四季に魅了されいる私達は、
東京の郊外に住み、ときおり国内の各地を訪れて、
その地の風土、文化を学びながら滞在したりして、
残された歳月に、相応しいと実感させられたのである。


過ぎし3日前、ある不動産会社から封筒で、郵送されて、

《 ご夫婦で新しい生き方を、ぜひ決断してください! 

    セカンドライフはハワイ島で、
            アクティブシニアの人生選択ストーリー 》

と書かれた海外の別荘地の多くが記載されていた。


私は微苦笑しながら、読んだりしたが、
我が家にとっては、夢の中のひととき、と私は呟(つぶや)いたりした。



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