京都の魅力のひとつに、言葉のひびきがあります。他所から来た観光客は、まずどこぞの店で「おおきに」といわれて、京都に着いたとしみじみ実感するそうです。そして「ありがとう」よりもやさしさとこころを感じるといいます。到着されたらまず買い物か、飲食することですね。
しかし「おおきに」は、ありがとうの表現でしょうか。確かに感謝の意味も含まれていますが、必ずしも「ありがとう」ばかりではありません。
たとえば祇園の席に、舞子さんが遅刻して来る。わたしはまず、そのような経験はないのですが、舞子は詫びるのに「おおきに、おおきに、すんまへん」というそうです。「ありがとう、あいがとう、ごめんなさい」では、どうもしっくりしない。
またウドン屋を出るとき、客の背に向かって、ふたりの店員がいいます。まず「おおきに」、そして「ありがとうございました」。この逆はめったに聞きません。
ふたつの例で気づきますが、「おおきに」の本来の意味は、大変にとか非常に、すごく、ぎょうさんとかいうことになります。
『広辞苑』第4版で「大きに」をみますと副詞で、室町時代以降の語。文語オホキナリの連用形から。非常に。大いに。迷惑なことを非難し、また皮肉にいうときにも使う。ーそういえば「おおきに、迷惑なことどすなあ」「おおきにお世話なことどっせ」ともいいます。
そして「おおきにありがとう」の略。関西地方などで広く使われる。ー短縮のおおきには、ありがとうをちょん切って、「非常に」という語に感謝の意味を重ねているのです。横着な用法です。
ところで年明けの1月11日に、『広辞苑』第6版が出ます。「おおきに」の説明がどう変わっているかみたいものです。5版も持っていませんが、新版を買うか買うまいか迷っていました。やっぱり字の大きい机上版を買うことにしようと、いま決意した次第です。清水の舞台から飛び降りるここちがしましたけれど、二分冊で軽く、大字で目にやさしいから、小老体にはうれしい机上辞典です。
『岩波古語辞典』では、オホキニは程度の甚だしさ。副詞として非常に。平安時代に入ってオホシの形は数の多さだけに用い、量の大きさ、偉大などの意はオホキニ・オホキナルの形であらわす。平安女流文学では、オホキニ・オホキナルの形は用いるが、オホキナリの形は用いない。―感謝の意味はなさそうです。以下、古典の使用例。
「年ノ程よりおほきに大人しう清らかに」源氏物語
「其が姉、法均と甚だおほきに悪しき奸める妄語作して」続紀宣命
「天衆この事を見己りて、皆おほきに歓喜し」金光明最勝王経・平安初期点
おおきには、平安時代から京で使われていた言葉です。
東京堂『全国方言辞典』では、「おーきに」は各地で話されています。山形・愛知・三重・和歌山・京都・高知・長崎県松原。それぞれイントネーションやアクセントは異なるでしょうが。そして大阪では「おーけに」。
ところで「おおきに」の初出は、かぐや姫の『竹取物語』と聞きました。このお正月休みは、かぐや姫に取り組み、来年早々に続編として書きましょう。
かぐや姫が育ての親の翁と嫗と別れ、天の国、月世界に帰るとき、「おおきに」と感謝の言葉でいったのかどうか。お楽しみに。いい年を、お迎えください。
<2007年12月30日 南浦邦仁>