WHO世界保健機構は10月20日、エボラ出血熱の感染が、西アフリカのセネガルについでナイジェリアでも終息したと宣言しました。しかしリベリア、ギニア、シエラレオネの隣接3カ国ではまだ感染は拡大しています。
ナイジェリアでは最長潜伏期間の2倍にあたる42日間が過ぎても新規感染者が出なかったため、感染が終息したと判断された。それにしても十分な医療設備がないにも関わらず、同国はどのように拡大を阻止したのでしょう。
ナイジェリアは、国内の患者全員について感染経路をたどることに成功した。最初の感染源が、リベリアから入国してウイルスを持ち込んだ男性であることを突き止めた。病院側は男性と押し問答になったが外出を許可せず、これが感染拡大を防ぐうえで大いに役立ったという。その後、ナイジェリアでは接触があった約900人をすべてモニターし、経過観察を行って感染が拡大していないことを確認した。
アメリカでは3人の感染が確認されていますが、国民はパニックを起こしても不思議ではないような状態だそうです。田中宇さんのメルマガ(フリー版)によると、
「的確な対応をすれば米国でエボラが拡大することはないが、的確な対応を阻害する要因が多い。米国のエボラ対策は、CDCがお粗末なだけでなく、マスコミ報道や当局の広報体制もお粗末で、まるで社会的な過剰反応やパニックを煽りたいかのようだ。エボラ感染者が出て以来、米国では、公共の場で誰かが嘔吐すると、エボラとの連想でパニックが発生する。3人が感染したダラスでは10月19日、電車の駅のホームで女性が嘔吐し、防護服をつけた消防隊がかけつけた。当初、嘔吐した女性は死亡したダンカンと同じアパートに住んでいてCDCの監視を受けている人物と報じられ、大騒ぎになったが、あとでそれは誤報と判明し、女性はエボラと関係ないことがわかった。こんな誤報がなんで発生するのか不可解だ。」
以下、田中宇「米国のエボラ騒動」(10月20日)をダイジェストで紹介します。
10月8日、リベリア人(西アフリカ)のトーマス・エリック・ダンカンが、エボラ出血熱により、米国テキサス州ダラス市の病院で死亡した。ダンカンは、米国内でエボラ出血熱と診断された初めての患者だった。これまでに、西アフリカ諸国でエボラ対策のために働いていた医師ら5人の医療関係者が、現地でエボラに感染し、米国に帰国して治療を受けている。彼らは、現地でエボラと診断され、米国で受け入れ態勢が作られてから帰国している。対照的にダンカンは、特に受け入れ態勢を整えたわけでない、ふつうの大きめの病院に患者としてやってきた。
ダンカンはリベリアの首都モンロビアに住んでいたが、9月19日、米国在住の姉か妹を頼って渡米した。渡米の5日前、ダンカンは、住んでいたアパートの大家一家の一人が急な腹痛を訴えたため、病院に連れていったが病床に空きがないと断られ、患者を再び自宅に運び入れるのを手伝った。大家はエボラに罹患しており、間もなく死亡した。ダンカンはこの時、エボラに感染したと考えられる。
ダンカンは、その5日後に渡米する際、モンロビアの空港の出国審査で、最近エボラ感染者と接触していないか尋ねられ、ダンカンは「ない」とうそをついて出国した。米国に入国する際の審査では、ダンカンがエボラ感染地のリベリアから来たことが問題にされず、ダンカンは簡単に米国に入国し、ダラスの姉の家での滞在を開始した。リベリア政府は後で、うそをついて出国したダンカンを非難したが、うそをつかなければ米国に行けなかったのだから、ダンカンがうそをつくのは当然だった。うそを見破れなかったリベリアや米国の政府の方が問題だ。
ダンカンは、米国に着いた4日後から腹痛や発熱などエボラの症状が出始め。翌9月25日の夜に、ダラスの大きなプレスビテリアン病院(約900床。Texas Health Presbyterian Hospital)に急患で駆け込んだ。数日前に西アフリカから渡航してきた人物が腹痛や発熱を訴えたら、医師はエボラを疑って当然だが、ダンカンは米国に来たばかりで米国の健康保険に入っていなかった。高額な検査を行ってエボラでなかった場合、ダンカンの支払い能力が低いと、検査費を取りはぐれ、病院自身の負担となる懸念があった。そのためか、病院側はダンカンをエボラでなく通常の腹痛と診断し、鎮痛剤と抗生物質を渡し、翌朝に帰宅させた。病院側はのちに、ダンカンがリベリアから来たばかりだとわかっていながら十分な対応をしなかったことについて謝罪文を出している。
3日後の9月28日、ダンカンは嘔吐し始め、本人や家族がエボラの発症を確信し、救急車を呼んで同じプレスビテリアン病院に搬送された。こんどは病院側もエボラと診断してダンカンを隔離したが、すぐには治療が開始されなかった。6日後の10月4日、試験段階にあるエボラの治療薬が投与されたが、遅すぎたようで、ダンカンは10月8日に死亡した。
その後、病院は看護師らの2次感染がないか検査した。すると10月12日、ダンカンの世話をした看護師のうち2人がエボラに2次感染していることが明らかになった。現時点で2人は、エボラの治療経験がある他地域の病院に運ばれ、治療を受けている。米政府のエボラ対策の担当部署であるCDC(疾病対策予防センター)は、医師や看護師がエボラ罹患者に対応する際に身につけるべき防護服などについて指針を設けている。2次感染が明らかになった日、CDC長官は「CDCの指針を守って患者に接していたら、看護師が2次感染することはなかった。看護師は、CDCの指針を守らずに患者に接していたのでないか」と表明した。
これに対し、プレスビテリアン病院の状況を調べた看護師組合が、問題はCDCの指針自体の方にあったと反論した。CDCの指針は、エボラ患者の容態の度合いをいくつかに分け、軽度の患者には手袋とガウン式の軽度の防護服を、重度の患者には顔面や頭部、靴への覆いを含む重度の全身防護服を着るよう、医師や看護師に求めていた。しかしエボラ患者の中には、容態が急に悪化し、突然、噴出型の嘔吐や、患者自身で止められない激しい下痢の症状を示す者が多い。患者の容態が良いので看護師がCDC指針にしたがって軽装で世話をしていると、突然の嘔吐などが起こり、防護服を着替える間もなくそのまま対処せざるを得ず、患者の体液が看護師に接触し、感染してしまう。患者の苦しみを思いやる献身的な看護師ほど、2次感染しやすくなる。プレスビテリアン病院のケースはこれだった。
ダンカンが2度目に入院してから2日間、看護師はCDCの指針や上司の指示にしたがい、軽装でダンカンに接し、おそらくこの間に2人が2次感染した。CDCから病院への指示が二転三転し、現場の看護師や医師は、CDCの変更に合わせるのが大変だった。CDCは、かつてHIVの被害が広がったときにも方針が二転三転した前科がある。この体質は改善せず、今回の2次感染につながった。しかもCDCは、自分たちの指針が悪いのに、指針を遵守していた献身的な現場の看護師に責任をなすりつけるという極悪非道なことをやってしまった(どこの国にもありがちな、役人らしい対応といえる)。
大統領府で開かれたエボラ対策会議で、CDCは在米エボラ患者の一人一人の容態を尋ねられた。すでに死亡ないし治癒した者を入れても、在米患者が数人しかいないにもかかわらず、CDCは個別の容態を把握しておらず、返答できないのでオバマを苛立たせた。CDC自身が患者の容態を把握していないのに、患者の容態の変化に合わせて複数種類の防護服の中から適切なものを選ぶことを病院に求めるのは無理だった。
CDCは、2次感染を看護師自身のせいにした5日後、看護師でなく自分たちの指針の方に不備があったことを認め、指針を変更することを発表した。それまでの、患者の容態に合わせて看護師らが防護服を変えるシステムでなく、最初から最も重い患者に対処できる全身防護服を着て患者の世話をすることを病院に義務づけた。従来のCDCの指針は病院に指針遵守を義務づけるものでなかったが、今回順守の規定も強化した。従来は義務づけでなかったため、全米の多くの病院が、医師や看護師らにエボラ対策に関する行動的な訓練を行わず、エボラ対策についての文書を配布して読んでおくように指示するだけだった。
防護服に関して重要なのは、患者に接している時よりも、防護服を脱ぐときや、脱いだ後のことだ。脱ぎながら、防護服の裏側が表になるように上手にまとめる技能が必要で、慣れていないと脱ぐときに患者に接していた防護服の表側が肌に触れて感染しかねない。容態が悪いエボラ患者は噴出的な嘔吐、下痢、出血によって病室が汚染される。看護師らが靴に防護カバーをしないで病室に入り、そのまま病院内を歩くと、2次感染の可能性が拡大する。プレスビテリアン病院では、エボラ患者の体液のサンプルを採って検査する際、サンプルを病室から検査室まで、院内の通常の圧縮空気式の輸送システムで送っていた。これも、輸送の途中でサンプルを入れた容器が破損すると、院内への2次感染につながる。患者が排出した体液を吸い取った後の廃棄物の処理のシステムも不完全だったことが、看護師組合の調査でわかっている。
西アフリカで活動する「国境なき医師団」は、何年も前からエボラの治療にあたっているが、医師や看護師が2次感染したのは今年が初めてだ。対照的に米国では、最近初めて一人目の患者に対処したところ、それだけで2人も2次感染が起きた。米政府は数カ月前からエボラの上陸に備えていたはずだが、お粗末な結果になっている。西アフリカの国境なき医師団は、患者を診た後の除染作業を確実に行うため、2人一組で除染するシステムをとっているが、CDCはそのやり方を指針に盛り込んでいないなど、両者のやり方に違いがある。
米国の当局や病院でエボラへの準備ができていなかった一方で、米国政府の入国審査は甘いままで、ダンカンはリベリアからの入国をすんなり認められた。対照的にメキシコなど中米諸国は、西アフリカからの入国を大幅に制限するなど、非常に厳しい対応をしている。これは差別的だと米国から批判されているが、中米諸国が厳しい対応をしているおかげで、西アフリカから中米経由で米国にエボラ患者が入ってこなくてすんでいる。米国とメキシコの間の国境は密入国が簡単で、もし中米にエボラが感染したら、米国に感染する可能性が高い。
的確な対応をすれば米国でエボラが拡大することはないが、的確な対応を阻害する要因が多い。米国のエボラ対策は、CDCがお粗末なだけでなく、マスコミ報道や当局の広報体制もお粗末で、まるで社会的な過剰反応やパニックを煽りたいかのようだ。エボラ感染者が出て以来、米国では、公共の場で誰かが嘔吐すると、エボラとの連想でパニックが発生する。3人が感染したダラスでは10月19日、電車の駅のホームで女性が嘔吐し、防護服をつけた消防隊がかけつけた。当初、嘔吐した女性は死亡したダンカンと同じアパートに住んでいてCDCの監視を受けている人物と報じられ、大騒ぎになったが、あとでそれは誤報と判明し、女性はエボラと関係ないことがわかった。こんな誤報がなんで発生するのか不可解だ。
草の根運動に人気があるロン・ポール元下院議員は「エボラの在米感染者が1人から2人に増えた時、米マスコミは『エボラ感染が100%も増加した』と騒いだが、これこそ誇張報道だ。エボラは危険だが、それをパニックに発展させて不要な政策をやろうとする動きの方がもっと危険だ」と警告している。パニックが煽られるので、すでに米国民の半分が、エボラを恐れて国際線の飛行機に乗らないようにしている。
ワシントンDCの国防総省(ペンタゴン)では10月17日、最近リベリアから帰国した同省要員の一人が、同省の周辺を行き来するバスに乗っている時に気分が悪くなり、下車して同省の駐車場で嘔吐したので大騒ぎになった。後で、この要員はエボラに感染していないとわかったが、国防総省の全体にエボラの恐怖を植えつける効果はあった。
国防総省は、自分たちの権限が拡大する問題が起きる際、自分たち自身が攻撃されて危機感が醸成されることを好む傾向がある。01年の911事件の時もペンタゴンに旅客機が突っ込んだことになっているが、その穴はどう見ても旅客機よりはるかに小さく、機体の破片も散乱しておらず、周辺の電柱も翼でなぎ倒されたのでなく重機で引っこ抜かれた感じで、自作自演的な設置型爆弾の可能性が強い。国防総省は、エボラと「戦う」ために、3千人の米軍兵士を西アフリカに派兵することを決めている。医療体制の充実が必要なときに、お門違いな「戦争」を広げたがる国防総省のやり方は、911後、国内でテロを捜査する警察や公安の政策(もしくは政府内部の自作自演性に対する捜査)をすべき時に、お門違いな中東への戦争を広げてイラクに侵攻して以来、変わっていない。
911以来のテロ戦争での有事体制の恒久化、08年のリーマン危機後に貧富格差の拡大が容認されていること、05年のハリケーン「カトリーナ」でFEMA(連邦緊急事態管理局)など米当局がニューオリーンズの被害をむしろ拡大する対策を採ったこと、メキシコからの違法移民の流入が看過(むしろ扇動)されていること、そして今回のエボラに対するCDCなどのお粗末な対応と、米当局の近年の危機対策の中には、危機をむしろひどくするかのような、未必の故意的な過度の失策が目立つ。
米政府自身が、米国を混乱させ、国力を浪費している。それが何のためなのか、私が疑っているような「多極化推進」との関連があるのかどうか不明だ。しかし、こうしている間にも、米国の国力や覇権の力は、静かに内側から減衰させられている。
<2014年10月24日>
ナイジェリアでは最長潜伏期間の2倍にあたる42日間が過ぎても新規感染者が出なかったため、感染が終息したと判断された。それにしても十分な医療設備がないにも関わらず、同国はどのように拡大を阻止したのでしょう。
ナイジェリアは、国内の患者全員について感染経路をたどることに成功した。最初の感染源が、リベリアから入国してウイルスを持ち込んだ男性であることを突き止めた。病院側は男性と押し問答になったが外出を許可せず、これが感染拡大を防ぐうえで大いに役立ったという。その後、ナイジェリアでは接触があった約900人をすべてモニターし、経過観察を行って感染が拡大していないことを確認した。
アメリカでは3人の感染が確認されていますが、国民はパニックを起こしても不思議ではないような状態だそうです。田中宇さんのメルマガ(フリー版)によると、
「的確な対応をすれば米国でエボラが拡大することはないが、的確な対応を阻害する要因が多い。米国のエボラ対策は、CDCがお粗末なだけでなく、マスコミ報道や当局の広報体制もお粗末で、まるで社会的な過剰反応やパニックを煽りたいかのようだ。エボラ感染者が出て以来、米国では、公共の場で誰かが嘔吐すると、エボラとの連想でパニックが発生する。3人が感染したダラスでは10月19日、電車の駅のホームで女性が嘔吐し、防護服をつけた消防隊がかけつけた。当初、嘔吐した女性は死亡したダンカンと同じアパートに住んでいてCDCの監視を受けている人物と報じられ、大騒ぎになったが、あとでそれは誤報と判明し、女性はエボラと関係ないことがわかった。こんな誤報がなんで発生するのか不可解だ。」
以下、田中宇「米国のエボラ騒動」(10月20日)をダイジェストで紹介します。
10月8日、リベリア人(西アフリカ)のトーマス・エリック・ダンカンが、エボラ出血熱により、米国テキサス州ダラス市の病院で死亡した。ダンカンは、米国内でエボラ出血熱と診断された初めての患者だった。これまでに、西アフリカ諸国でエボラ対策のために働いていた医師ら5人の医療関係者が、現地でエボラに感染し、米国に帰国して治療を受けている。彼らは、現地でエボラと診断され、米国で受け入れ態勢が作られてから帰国している。対照的にダンカンは、特に受け入れ態勢を整えたわけでない、ふつうの大きめの病院に患者としてやってきた。
ダンカンはリベリアの首都モンロビアに住んでいたが、9月19日、米国在住の姉か妹を頼って渡米した。渡米の5日前、ダンカンは、住んでいたアパートの大家一家の一人が急な腹痛を訴えたため、病院に連れていったが病床に空きがないと断られ、患者を再び自宅に運び入れるのを手伝った。大家はエボラに罹患しており、間もなく死亡した。ダンカンはこの時、エボラに感染したと考えられる。
ダンカンは、その5日後に渡米する際、モンロビアの空港の出国審査で、最近エボラ感染者と接触していないか尋ねられ、ダンカンは「ない」とうそをついて出国した。米国に入国する際の審査では、ダンカンがエボラ感染地のリベリアから来たことが問題にされず、ダンカンは簡単に米国に入国し、ダラスの姉の家での滞在を開始した。リベリア政府は後で、うそをついて出国したダンカンを非難したが、うそをつかなければ米国に行けなかったのだから、ダンカンがうそをつくのは当然だった。うそを見破れなかったリベリアや米国の政府の方が問題だ。
ダンカンは、米国に着いた4日後から腹痛や発熱などエボラの症状が出始め。翌9月25日の夜に、ダラスの大きなプレスビテリアン病院(約900床。Texas Health Presbyterian Hospital)に急患で駆け込んだ。数日前に西アフリカから渡航してきた人物が腹痛や発熱を訴えたら、医師はエボラを疑って当然だが、ダンカンは米国に来たばかりで米国の健康保険に入っていなかった。高額な検査を行ってエボラでなかった場合、ダンカンの支払い能力が低いと、検査費を取りはぐれ、病院自身の負担となる懸念があった。そのためか、病院側はダンカンをエボラでなく通常の腹痛と診断し、鎮痛剤と抗生物質を渡し、翌朝に帰宅させた。病院側はのちに、ダンカンがリベリアから来たばかりだとわかっていながら十分な対応をしなかったことについて謝罪文を出している。
3日後の9月28日、ダンカンは嘔吐し始め、本人や家族がエボラの発症を確信し、救急車を呼んで同じプレスビテリアン病院に搬送された。こんどは病院側もエボラと診断してダンカンを隔離したが、すぐには治療が開始されなかった。6日後の10月4日、試験段階にあるエボラの治療薬が投与されたが、遅すぎたようで、ダンカンは10月8日に死亡した。
その後、病院は看護師らの2次感染がないか検査した。すると10月12日、ダンカンの世話をした看護師のうち2人がエボラに2次感染していることが明らかになった。現時点で2人は、エボラの治療経験がある他地域の病院に運ばれ、治療を受けている。米政府のエボラ対策の担当部署であるCDC(疾病対策予防センター)は、医師や看護師がエボラ罹患者に対応する際に身につけるべき防護服などについて指針を設けている。2次感染が明らかになった日、CDC長官は「CDCの指針を守って患者に接していたら、看護師が2次感染することはなかった。看護師は、CDCの指針を守らずに患者に接していたのでないか」と表明した。
これに対し、プレスビテリアン病院の状況を調べた看護師組合が、問題はCDCの指針自体の方にあったと反論した。CDCの指針は、エボラ患者の容態の度合いをいくつかに分け、軽度の患者には手袋とガウン式の軽度の防護服を、重度の患者には顔面や頭部、靴への覆いを含む重度の全身防護服を着るよう、医師や看護師に求めていた。しかしエボラ患者の中には、容態が急に悪化し、突然、噴出型の嘔吐や、患者自身で止められない激しい下痢の症状を示す者が多い。患者の容態が良いので看護師がCDC指針にしたがって軽装で世話をしていると、突然の嘔吐などが起こり、防護服を着替える間もなくそのまま対処せざるを得ず、患者の体液が看護師に接触し、感染してしまう。患者の苦しみを思いやる献身的な看護師ほど、2次感染しやすくなる。プレスビテリアン病院のケースはこれだった。
ダンカンが2度目に入院してから2日間、看護師はCDCの指針や上司の指示にしたがい、軽装でダンカンに接し、おそらくこの間に2人が2次感染した。CDCから病院への指示が二転三転し、現場の看護師や医師は、CDCの変更に合わせるのが大変だった。CDCは、かつてHIVの被害が広がったときにも方針が二転三転した前科がある。この体質は改善せず、今回の2次感染につながった。しかもCDCは、自分たちの指針が悪いのに、指針を遵守していた献身的な現場の看護師に責任をなすりつけるという極悪非道なことをやってしまった(どこの国にもありがちな、役人らしい対応といえる)。
大統領府で開かれたエボラ対策会議で、CDCは在米エボラ患者の一人一人の容態を尋ねられた。すでに死亡ないし治癒した者を入れても、在米患者が数人しかいないにもかかわらず、CDCは個別の容態を把握しておらず、返答できないのでオバマを苛立たせた。CDC自身が患者の容態を把握していないのに、患者の容態の変化に合わせて複数種類の防護服の中から適切なものを選ぶことを病院に求めるのは無理だった。
CDCは、2次感染を看護師自身のせいにした5日後、看護師でなく自分たちの指針の方に不備があったことを認め、指針を変更することを発表した。それまでの、患者の容態に合わせて看護師らが防護服を変えるシステムでなく、最初から最も重い患者に対処できる全身防護服を着て患者の世話をすることを病院に義務づけた。従来のCDCの指針は病院に指針遵守を義務づけるものでなかったが、今回順守の規定も強化した。従来は義務づけでなかったため、全米の多くの病院が、医師や看護師らにエボラ対策に関する行動的な訓練を行わず、エボラ対策についての文書を配布して読んでおくように指示するだけだった。
防護服に関して重要なのは、患者に接している時よりも、防護服を脱ぐときや、脱いだ後のことだ。脱ぎながら、防護服の裏側が表になるように上手にまとめる技能が必要で、慣れていないと脱ぐときに患者に接していた防護服の表側が肌に触れて感染しかねない。容態が悪いエボラ患者は噴出的な嘔吐、下痢、出血によって病室が汚染される。看護師らが靴に防護カバーをしないで病室に入り、そのまま病院内を歩くと、2次感染の可能性が拡大する。プレスビテリアン病院では、エボラ患者の体液のサンプルを採って検査する際、サンプルを病室から検査室まで、院内の通常の圧縮空気式の輸送システムで送っていた。これも、輸送の途中でサンプルを入れた容器が破損すると、院内への2次感染につながる。患者が排出した体液を吸い取った後の廃棄物の処理のシステムも不完全だったことが、看護師組合の調査でわかっている。
西アフリカで活動する「国境なき医師団」は、何年も前からエボラの治療にあたっているが、医師や看護師が2次感染したのは今年が初めてだ。対照的に米国では、最近初めて一人目の患者に対処したところ、それだけで2人も2次感染が起きた。米政府は数カ月前からエボラの上陸に備えていたはずだが、お粗末な結果になっている。西アフリカの国境なき医師団は、患者を診た後の除染作業を確実に行うため、2人一組で除染するシステムをとっているが、CDCはそのやり方を指針に盛り込んでいないなど、両者のやり方に違いがある。
米国の当局や病院でエボラへの準備ができていなかった一方で、米国政府の入国審査は甘いままで、ダンカンはリベリアからの入国をすんなり認められた。対照的にメキシコなど中米諸国は、西アフリカからの入国を大幅に制限するなど、非常に厳しい対応をしている。これは差別的だと米国から批判されているが、中米諸国が厳しい対応をしているおかげで、西アフリカから中米経由で米国にエボラ患者が入ってこなくてすんでいる。米国とメキシコの間の国境は密入国が簡単で、もし中米にエボラが感染したら、米国に感染する可能性が高い。
的確な対応をすれば米国でエボラが拡大することはないが、的確な対応を阻害する要因が多い。米国のエボラ対策は、CDCがお粗末なだけでなく、マスコミ報道や当局の広報体制もお粗末で、まるで社会的な過剰反応やパニックを煽りたいかのようだ。エボラ感染者が出て以来、米国では、公共の場で誰かが嘔吐すると、エボラとの連想でパニックが発生する。3人が感染したダラスでは10月19日、電車の駅のホームで女性が嘔吐し、防護服をつけた消防隊がかけつけた。当初、嘔吐した女性は死亡したダンカンと同じアパートに住んでいてCDCの監視を受けている人物と報じられ、大騒ぎになったが、あとでそれは誤報と判明し、女性はエボラと関係ないことがわかった。こんな誤報がなんで発生するのか不可解だ。
草の根運動に人気があるロン・ポール元下院議員は「エボラの在米感染者が1人から2人に増えた時、米マスコミは『エボラ感染が100%も増加した』と騒いだが、これこそ誇張報道だ。エボラは危険だが、それをパニックに発展させて不要な政策をやろうとする動きの方がもっと危険だ」と警告している。パニックが煽られるので、すでに米国民の半分が、エボラを恐れて国際線の飛行機に乗らないようにしている。
ワシントンDCの国防総省(ペンタゴン)では10月17日、最近リベリアから帰国した同省要員の一人が、同省の周辺を行き来するバスに乗っている時に気分が悪くなり、下車して同省の駐車場で嘔吐したので大騒ぎになった。後で、この要員はエボラに感染していないとわかったが、国防総省の全体にエボラの恐怖を植えつける効果はあった。
国防総省は、自分たちの権限が拡大する問題が起きる際、自分たち自身が攻撃されて危機感が醸成されることを好む傾向がある。01年の911事件の時もペンタゴンに旅客機が突っ込んだことになっているが、その穴はどう見ても旅客機よりはるかに小さく、機体の破片も散乱しておらず、周辺の電柱も翼でなぎ倒されたのでなく重機で引っこ抜かれた感じで、自作自演的な設置型爆弾の可能性が強い。国防総省は、エボラと「戦う」ために、3千人の米軍兵士を西アフリカに派兵することを決めている。医療体制の充実が必要なときに、お門違いな「戦争」を広げたがる国防総省のやり方は、911後、国内でテロを捜査する警察や公安の政策(もしくは政府内部の自作自演性に対する捜査)をすべき時に、お門違いな中東への戦争を広げてイラクに侵攻して以来、変わっていない。
911以来のテロ戦争での有事体制の恒久化、08年のリーマン危機後に貧富格差の拡大が容認されていること、05年のハリケーン「カトリーナ」でFEMA(連邦緊急事態管理局)など米当局がニューオリーンズの被害をむしろ拡大する対策を採ったこと、メキシコからの違法移民の流入が看過(むしろ扇動)されていること、そして今回のエボラに対するCDCなどのお粗末な対応と、米当局の近年の危機対策の中には、危機をむしろひどくするかのような、未必の故意的な過度の失策が目立つ。
米政府自身が、米国を混乱させ、国力を浪費している。それが何のためなのか、私が疑っているような「多極化推進」との関連があるのかどうか不明だ。しかし、こうしている間にも、米国の国力や覇権の力は、静かに内側から減衰させられている。
<2014年10月24日>