ふろむ播州山麓

旧住居の京都山麓から、新居の播州山麓に、ブログ名を変更しました。タイトルだけはたびたび変化しています……

パレスチナ・ガザからのレポート

2014-07-31 | Weblog
パレスチナ・ガザ地区は理不尽な戦場に化してしまいました。平和な日本でTVニュースを見ているだけでは、現地を理解することはまず困難です。偶然ですが、フリージャーナリスト志葉玲さんのガザからのレポートを読みました。転載させていただきます。



【ガザにて】志葉玲 2014年7月28日

 現在、私はイスラエル軍の侵攻を受けているパレスチナ・ガザ地区に来ております。現在はガザ市中心部のとあるビルに滞在していますが、イスラエル軍の無人攻撃機のプロペラ音が不気味に響きわたり、深夜0時を過ぎたあたりから、大きな空爆の音がガザ市内にも響きわたるようになりました。今、この文章を書いているそばから、何度も爆撃音が轟いています。

 現地時間で昨日の午後2時から、今日(28日)の午後2時まで、イスラエル軍とガザを実効支配するイスラム政党/武装勢力のハマスは24時間停戦することで、合意した…はずでした。

 しかし、停戦中の間も、イスラエル軍は封鎖されたガザに物資を運び込むトンネルを捜索・破壊活動を続け、ハマス側もロケット弾をイスラエル側に撃ちこむ、という応酬が続いています。

 今回、最も激しい攻撃を受けた、シジャイヤ地区を取材している最中も砲撃の音が聞こえました。イスラエル、ハマス双方が停戦違反を主張し、なかなか本当の停戦にまでは至りません。

 結局、国際人道法違反の「集団的懲罰」にあたるガザ封鎖をどうするか、ということが、ミソだと思います。ハマスが停戦しないのも、窮鼠猫を噛むというか、この間のガザ封鎖強化で、ガザ経済や人々の生活は破壊されており、このまま停戦しても何の希望もないから、だと言えます。負傷して、エジプトに搬送されたあるガザの女性も、私のインタビューに対し、「停戦を拒絶するハマスを支持する」と話していました。今回の時のような大規模攻撃だけではなく、日常的に小規模な攻撃はあり、人々は殺されているというのです。停戦しようがしまいが、殺されるならば、イスラエルに攻撃を繰り返すことで、停戦の条件を少しでも良くしようという、考えがハマス側にあるのでしょう。ただ、イスラエルは一回でもやられると10倍返し、100倍返しにしてきますから、ガザの一般市民の被害が拡大していくのが、心配です。

 爆撃音がさらに激しくなってきました。そんな中、救急車のサイレンの音も聞こえてきます。こんな中、本当に命がけです。実際、シジャイヤ地区では今日だけで2台、破壊された救急車を見ました。現地救急隊員の人々には頭が下がります。

<2014年7月31日>

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欧米日、中露、イスラエル、パレスチナガザ、イラク、シリア……

2014-07-30 | Weblog
世界はいまどうなっているのか? あまりの複雑さに、わたしにとって答えはまったくの不明です。
つい先日のこと、ブラジルのサッカーワールドカップ閉会式の後に、BRICS開発銀行が開設されました。これからは米ドルの威信も低下していくのだな、などと思っていました。ところがウクライナでのマレーシア機撃墜事故以降、国際金融システムの事情は激変しているようです。



① ところで豊島逸夫氏の解説記事を、ファンのわたしはほぼ毎回欠かさず読んでいます。今日の日経新聞WEB版には同氏の記事「日中と欧米ロ、関係悪化の共振」(2014/7/30 10:02日本経済新聞 電子版)が掲載されました。以下転載します。


 マレーシア機撃墜事件は、将来の歴史教科書に記載される出来事になるかもしれない。29日のオバマ大統領の対ロ制裁に関するスピーチを聞いていて、そんな思いがよぎった。
 その5時間前には欧州連合(EU)が、ついに対ロ制裁について合意。民間機撃墜という全く想定外のイベントが、対ロ制裁に関する欧米協調の起爆剤となったことはたしかだ。
 しかも、今回の制裁は、資源国そして外資依存国というロシア経済の弱点に直接的に斬り込んだ措置だ。北極海油田開発やシェールガス掘削などに必要な技術移転を遮断することは、資源国ロシアにとって痛手となる。ロシアの国営金融機関が新規発行する株式・債券をEU内では購入禁止というかつてない措置により、外国マネーの入り口も遮断される。
 たたみかけるように、オバマ大統領は制裁対象銀行にモスクワ銀行、ロシア農業銀行、VTB銀行という大銀行を加えることを発表した。さらに、米国もシェールガス、深海油田開発技術などエネルギー関連技術の輸出禁止を追加制裁措置に盛り込んだ。
 「これは、あらたな冷戦ではない」とオバマ大統領は明言した。たしかに、世界の2強の冷戦といえば、米中を想起するほどに世界のバランス・オブ・パワーは激変した。もはや、ロシアは米国と張り合う二大国から、中国の後じんを拝する国家に成り下がってしまった。かろうじて欧州へのエネルギー供給国として、経済的存在感を保ち、中東への介入で外交的存在感を維持している。
 しかし、ロシア国民は、プーチン大統領に「ロシアの大国復帰」の夢を託す。クリミア「奪還」でロシア国内も盛り上がった。その後もウクライナ国内を不安定化することでロシアの存在感を高める戦略でプーチン大統領は「帝国復活の夢」を追った。
 オバマ外交の弱体化もロシアには追い風となった。シリア紛争では、先んじてアサド政権を説得して外交的解決の模索を先導して、軍事介入の拳を振り上げたオバマ大統領の「鼻を明かして」いた。
 けれども、青天の霹靂(へきれき)のように生じたマレーシア機撃墜事件により、プーチン大統領は急速に内外で孤立しつつある。ファーストネームで呼び合う仲であったはずの安倍首相も、今回ばかりは、ロシアと距離を置かざるを得ない。そうなると、反動でロシアは中国に接近するのだろうか。世界経済は、日米欧対中ロというパダライムシフトに向かっているのか。
 そう単純に割り切れないのは、欧中関係の深化が進行しているからだ。欧州債務危機では中国は欧州国債を購入する「白馬の騎士」を演じ、お互いに重要な貿易パートナーとなっている。欧米対ロと日対中の二つの対決の構図が同時進行するシナリオが最も現実的なシナリオだろう。
 その中で、日本にとって気になるのは中ロ関係だ。ここではワイルドカード的な存在としてインドがある。ロシアの伝統的南下政策。同じく南下を目指す中国とインドの国境紛争。米国のインドへの核技術移転容認。そのインドは新政権のもとインド版アベノミクスに動いている。したたかな国ゆえ、大国相手に外交的にも、巧妙に立ち回るだろう。
 今後の展開は現時点では視界不良だ。しかし、マレーシア航空機撃墜の余波が日本にもヒタヒタと及びつつあることは肝に銘じるべきであろう。


② ジャーナリストの佐々木俊尚氏のメルマガに、イスラエル・ガザの波及がキュレーションされていました。

「イスラエルによるガザ攻撃が世界中に波及し、イスラム系移民も多いパリでは、パレスチナ支持の抗議行動が大規模に行われ、警察が催涙ガスを発射。イスラムとユダヤの対立は、中東だけでなくヨーロッ パまで覆い尽くそうとしている。この対立が終わる気配はなく、ただ拡大していくのみだ。」
映像を下記でぜひご覧下さい。
http://www.buzzfeed.com/alisonvingiano/pictures-pro-palestine-protests-paris?utm_content=buffer55f9e&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer

<2014年7月30日>
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ウクライナ続編

2014-07-28 | Weblog
日経新聞が本日7月28日夕刊で報じています。
ウクライナ政府は「同国東部で起こったマレーシア航空機撃墜事件に関し、原因究明に当たる国際調査団の安全を確保するため、親ロシア派武装勢力が支配する撃墜現場一帯の奪回を急ぐ考えを示した。」
また外国通信各社によると「政府軍は東部各地で攻勢を強め、21日に発表した現場周辺での親ロ派との部分停戦も形骸化しているとみられる。」
また「オランダが率いる国際警察部隊や欧州安保協力機構(OSCE)監視団は27日、「要員の安全が確保できない」として現場入りを取りやめた。」
ウクライナ東部では「戦闘による市民の被害も拡大している。現地メディアによると7月に入って東部では数十人の一般市民が戦闘に巻き込まれ死亡」(モスクワ=田中孝幸)

ウクライナはこれからどうなるのでしょうか? またマレーシア航空撃墜事件の真相は? 前回に田中宇氏の記事を紹介しました。そして今日、またもやウクライナ続編が公開されました。本日版は無料号ですが以下、全文を引用させていただきます。



田中宇の国際ニュース解説 無料版 2014年7月28日 http://tanakanews.com/mail/

●最近の田中宇プラス(購読料は半年3000円)
マレーシア機撃墜の情報戦でロシアに負ける米国 http://tanakanews.com/140724MH17.php
金融バブル再崩壊の懸念 http://tanakanews.com/140716bank.php
民主化運動で勝てない香港 http://tanakanews.com/140714hongkong.php

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
★ウクライナの対露作戦としてのマレー機撃墜
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

この記事は「マレーシア機撃墜の情報戦でロシアに負ける米国」の続きです。
http://tanakanews.com/140724MH17.php

 前回の記事に書いたように、ウクライナ東部でマレーシア航空機MH17を
撃墜した「犯人」は、ウクライナ軍である可能性が最も高い。事件発生後、米
欧日などのマスコミで、いっせいに「ロシア犯人説」が流布された。しかし米
政府は7月22日、諜報担当官が匿名の記者懇談で「ロシアがMH17機の撃
墜に何らかの直接関与をしていたと考えられる根拠がない」「ロシアがウクラ
イナ東部の親露勢力にミサイルを渡して撃墜させたと考える根拠がない」と述
べ、それまでの「ロシア犯人説」の主張を引っ込めた。

http://www.usnews.com/news/world/articles/2014/07/22/us-no-evidence-of-direct-russian-link-to-plane
US: No link to Russian gov't in plane downing

 米政府は「ロシアの責任は、撃墜への直接関与でなく(親露勢力を軍事支援
するなど)今回の撃墜につながる状況を(間接的に)作ったことだ」と、それ
までより弱い対露非難へと後退した。また米当局者は「ウクライナ東部の親露
勢力が(ロシアから与えられたのでなくウクライナ軍から奪うなど独自に入手
した)SA11を使って、MH17機をウクライナ軍機と間違えて撃墜した」
という新たな説明もしている。

http://www.abc.net.au/news/2014-07-23/mh17-likely-shot-down-by-accident-by-russian-separatists/5616748
MH17 likely shot down by mistake by Russian separatists, US intelligence official says

 ロシアがウクライナの親露派に命じて撃墜させたという説を米政府が引っ込
めたことで、ロシア犯人説は「無根拠な陰謀論」になったといえる。残ってい
るのは、米政府が推定している親露派による誤射での撃墜説と、ロシア政府が
主張しているウクライナ軍犯行説の2つだ。この2つの説のうち、私は、ウク
ライナ軍犯行説の可能性の方が高いと考えている。その根拠は、7月21日に
ロシア軍高官が記者会見し、当日のレーダー映像を証拠として示しながら、ウ
クライナ空軍のSU25とみられる戦闘機2機が撃墜直前のMH17を追尾し、
撃墜後に現場を旋回した上で飛び去ったと発表したからだ。「ロシアが言うこ
とは全部ウソだ」という印象が報道プロパガンダによって蔓延しているが、今
回の撃墜事件に関して最も説得力があった記者会見は、7月21日のロシア軍
によるものだ。露政府と対照的に、米政府は説得性がある証拠を何も示してい
ない。

http://rt.com/news/174412-malaysia-plane-russia-ukraine/
Ukrainian Su-25 fighter detected in close approach to MH17 before crash - Moscow

 英国BBCテレビのロシア語放送は7月22日、墜落直前のMH17の近く
を戦闘機が飛んでいるのを見たという、墜落現場近くの住民の証言を報道した。
この放送動画はインターネットのBBCのサイトで公開されたが、その後削除
されている。動画をコピーしたものがユーチューブで出回っている。親露派は
戦闘機を持っていない。ウクライナ軍の戦闘機がMH17を追尾していた可能
性が高い。

http://www.youtube.com/watch?v=zUvK5m2vxro
The Video Report Deleted by the BBC - ENG SUBS

http://rt.com/news/175476-bbc-deleted-report-mh17/
Censorship or error? Internet criticism for BBC removal of MH17 report

 ウクライナ軍の戦闘機がMH17を撃墜したと決めつけることはできないが、
戦闘機の行動からは、少なくともウクライナ軍はMH17が撃墜されることを
事前に知っていた、もしくは誘発した可能性が高い。そうでなければ追尾しな
い。ここにおいて、撃墜状況の可能性は(1)ウクライナ軍機が空対空ミサイ
ル(R60)で撃墜した。(2)露軍が7月21日の記者会見で発表したよう
に、ウクライナ軍は数日前から現場近くに地対空ミサイルSA11(ブーク)
を配備していた。それで撃墜された。(3)ウクライナ軍戦闘機と一緒に飛ん
でいたMH17を、親露派が、ウクライナ軍輸送機と勘違いし、以前にウクラ
イナ軍から奪って持っていたSA11で撃墜した。・・・の3通りが考えられ
る。(3)は親露派が犯人だが、戦闘機を間近に飛ばしてMH17をウクライ
ナ軍輸送機に勘違いさせたのはウクライナ軍の謀略である。

http://en.ria.ru/world/20140725/191242509/Ukrainian-Air-Defense-Exercises-Might-be-Behind-Malaysian.html
Ukrainian Air Defense Exercises Might be Behind Malaysian Aircraft Crash - Source

http://tanakanews.com/140724MH17.php
マレーシア機撃墜の情報戦でロシアに負ける米国

 撃墜事件以来、米欧などのマスコミがロシア敵視のプロパガンダを過激に展
開し、世界的に「ロシアが悪い」「親露派が悪い」という歪曲されたイメージ
が強くなった。ウクライナ軍は、この反露的な世界の世論を追い風として、ウ
クライナ東部の親露派の中心地であるドネツクに攻撃をかけ、親露派を一気に
潰そうとする作戦を開始している。ウクライナ軍はすでにドネツク郊外の小さ
な町を次々と侵攻し、ドネツクに対する包囲網を形成している。人口約百万人
ドネツクの街には、まだ市民の多数が住んでおり、ウクライナ軍が市街地に侵
攻すると、多数の一般市民が殺される。平時なら、ドネツク市民を殺すウクラ
イナ軍に対する国際非難が強まる。

http://www.washingtonpost.com/world/europe/russia-ukraine-trade-accusations-of-cross-border-shelling/2014/07/26/d41d4b0a-14b4-11e4-8936-26932bcfd6ed_story.html
Ukraine poised to try to reclaim Donetsk, its military says

 これまで、ドネツク市民など親露派は、世界的に、あまり「悪者扱い」され
ていなかった。ウクライナ軍はドネツクを攻略できず、ウクライナ東部の内戦
はこう着状態だった。しかし今回の撃墜で親露派が「犯人」扱いされ、親露派
のドネツク市民は、MH17に乗っていた「多数の子供たち」を含む無実の乗
客たちを殺害した「極悪非道のテロリストの仲間」だ。ウクライナ軍が多数の
ドネツク市民を殺害しても、国際的な非難は少ない。ウクライナ政府は、ガザ
の市民を殺害して世界の非難を浴びるイスラエル政府がうらやむような国際プ
ロパガンダの追い風を受けている。ウクライナ軍にとってMH17の撃墜は、
ドネツクに侵攻すべきまたとない好機を生み出している。

 こうした現状と、ウクライナ軍が撃墜して親露派のせいにしたか、もしくは
親露派をだまして撃墜させたという、MH17撃墜をめぐるウクライナ軍の謀
略を合わせて考えると、一つの推論が出てくる。ウクライナ軍は、膠着してい
た内戦を自分たちに有利なように進展させ、ドネツク陥落や内戦勝利に結びつ
けるために、親露派に濡れ衣を着せる目的で、MH17撃墜の謀略をやったの
でないかという推論だ。

 7月初め、米国の軍産複合体系のシンクタンク「ランド研究所」が、ウクラ
イナ軍が内戦を本格化して勝つための3段階の戦略を立てていたことが暴露さ
れている。それによると、ウクライナ軍はまずドネツクなど東部で親露派が立
てこもっている町を孤立させ、外部との連絡網を完全に遮断し、ドネツクなど
に残っている市民は親露反乱軍に加担するものとみなす。次に、町に侵攻し、
反抗する市民は殺害し、投降してくる市民を、あらかじめ作っておく強制収容
所にいれる。収容所でも、抵抗するものは射殺する。最後に、反乱軍を一掃し
た後のドネツクなどで、親露市民の土地建物などの資産を没収し、国有化する。
この戦略は、平時だと人権侵害として国際的に非難されるが、親露勢力に極悪
のレッテルが貼られている今なら、非難をあまり受けずに挙行できる。MH17
撃墜も、ランド研が考えた謀略だとしても不思議でない。

http://rt.com/news/170572-rand-east-ukraine-plan/
Leaked: `US think-tank plan' on E. Ukraine suggests internment camps, executions

 米英の軍産複合体にとって、MH17撃墜を好機としたウクライナ軍のドネ
ツク侵攻は、ロシアをウクライナの内戦の泥沼に引っ張り込める利点がある。
米国などは「ロシアがウクライナに介入し、親露派に武器や戦争技能を供給し
ている」と非難しているが、ロシアは国際政治的に優位を保つため、親露派に
武器や技能を供給しないようにしている。米政府は「全部ロシアが悪い」と声
高に言うが、国際世論は、途上諸国を中心に、しだいにロシアの肩を持ち、米
国を信用しないようになっている。この裏に、ロシアがウクライナ内戦に介入
を控えている現実がある。

http://www.ft.com/cms/s/0/654128f0-1356-11e4-8244-00144feabdc0.html
US says Russia fired artillery into Ukraine

 しかし今後、ウクライナ軍がドネツクに侵攻して多くの親露派市民が殺され、
米欧マスコミがそれを看過する事態になると、ロシアはウクライナ内戦に介入
し、親露派を公式に支援せざるを得なくなる。そうなると「ロシアがウクライ
ナに介入して内戦を激化させている」という米国の主張が、事後的にだが、正
しいものになる。この展開は、ロシアを不利にする。こうした事態との関係が
不明だが、ロシアのプーチン大統領は7月23日、ウクライナ情勢について
話し合うため、夏休み中の議会を緊急招集した。

http://www.zerohedge.com/news/2014-07-23/putin-recalls-state-duma-vacation-planning-something-ukraine-situation
Putin Recalls State Duma From Vacation, "Planning Something" On Ukraine Situation

 米国は、こうした事態を先取りするかのように、MH17が撃墜されたのと
同じ7月17日にウクライナ、グルジア、モルドバの3カ国を、NATOに準
じる同盟国に格上げすることを決定した。オバマ政権は、ロシア近傍の東欧諸
国に米国の核兵器を配備することを検討している。米国防総省は、冷戦時代の
ロシア敵視策を復活してウクライナに適用すると表明した。MH17撃墜を機
に、米国は、撃墜に対するロシアの直接関与がないと認める一方で、ロシア敵
視策を強めている。MH17撃墜の謀略立案に、米国も加担していた感じだ。

http://www.opednews.com/articles/Obama-Leads-Republicans-W-by-Eric-Zuesse-Activism-Anti-War_Congress-Democrats_Nuclear-Weapons_Obama-
Administration-140723-514.html
Obama Leads Republicans' War Against Russia

http://www.commondreams.org/news/2014/07/25/gen-dempsey-were-pulling-out-our-cold-war-military-plans-over-ukraine
Gen. Dempsey: We're Pulling Out Our Cold War Military Plans over Ukraine

 MH17の墜落現場では、犯人を特定するための現場検証が始まろうとして
いるが、ここでも政治謀略がうごめいている。事故後、撃墜で194人の自国
民が死んだオランダなどの当局者たちが撃墜現場を訪れようとして、ウクライ
ナの首都キエフまでやってきたが、キエフから現場まで行こうとするたびに、
現場の手前の地域でウクライナ軍と親露派の戦闘が起こり、キエフに引き返さ
ざるを得ない事態が何日も続いた。東部の親露派がオランダの調査隊に語った
ところによると、戦闘を起こしているのは多くの場合、ウクライナ軍の方だと
いう。

 マスコミは「現場に行こうとする調査隊を親露派が阻止した」「親露派がフ
ライトレコーダーを盗んだ。破壊した」などと喧伝したが、実のところ、フラ
イトレコーダーは無傷で保管されていた。各国の調査隊が現場に着くまでの数
日間、毎日の最高気温が30度を超える猛暑で死臭が漂う中、親露派の人々は、
国際調査団から依頼されたとおり、墜落現場で遺体を捜索してマーキングする
作業を続けた。猛暑で遺体が腐敗するのを防ぐため、親露派は、支配地域で破
壊されずに残っている冷凍貨物列車を現場近くまで移動し、そこに遺体を移動
して保管した。オランダの調査隊は、これらの親露派の努力を絶賛し、感謝の
意を述べている。この間、国際マスコミは「親露派が遺体を冷凍貨車に乗せて
盗み出す?」などと喧伝していた。

http://www.liveleak.com/view?i=e31_1405997661
Dutch forensics inspectors praise DLPR workers

 事件後、初めて海外マスコミが墜落現場を訪れて写真や動画を撮影した時、
現場で報道陣を案内した武装した親露派司令官が、搭乗者の遺品が集められた
場所で、説明の途中で「見てください。これの持ち主も撃墜されたんです」と
言って、子供の搭乗者の機内持ち込み品とみられるサルのぬいぐるみを取り上
げた。司令官は、自分がぬいぐるみを持っているところをカメラマンたちに撮
影させた後、ぬいぐるみをそっともとの場所に戻し、帽子をぬいで十字を切っ
た。キリスト教徒であろう司令官は、ぬいぐるみの持ち主である子供に哀悼の
意を示した。

http://www.youtube.com/watch?v=xLdRBaL4-wU
Наблюдатели ОБСЕ на месте крушения малайзийского ≪Боинга≫

 ところが米欧では、親露派司令官がぬいぐるみを持っている写真が「MH17
を撃墜した残虐な親露派が、子供の遺品を戦利品のように持って自慢している」
という論調で伝えられた。親露派は、米国に後押しされた政権転覆で2月にで
きたウクライナの極右政権に、母語であるロシア語の使用を禁止され、自治を
剥奪される流れになったため、自治の回復を求めて中央政府派遣の当局者を追
い出し、自分たちの町に立てこもったのであり、残虐でも極悪でもない。高度
1万メートルで破壊し落下したMH17の残骸や遺体は、約10キロにわたっ
て散乱している。国際調査団がなかなか来ない中、親露派の人々は、その広大
な地域で遺体や遺品を調査したり集めたりして、オランダ当局に感謝されてい
る。そんな努力をしたのに、親露派は犯人扱いされ、極悪だと言われている。
極悪なのは、マレー機墜落の謀略を行ったウクライナ政府や、意図的な歪曲情
報をいまだに流すマスコミや米政府の方だ。

http://rt.com/news/174332-ukraine-plane-photo-perverted/
Perverted truth: How rebel mourning MH17 victims was turned into looter with trophy

 事件から10日がすぎ、国際調査隊がいよいよ墜落現場に行こうとすると、
ウクライナ政府は新たな妨害工作を行った。国際調査団の中に、オランダの非
武装の警察隊40人が含まれていた。ウクライナ政府は、外国の警察を自国領
内に入れるための法的な措置が必要で、その議会承認に5日かかると言い出し
た。オランダ政府などにとって、それは初耳だった。

http://www.nytimes.com/2014/07/27/world/europe/efforts-to-secure-malaysia-airlines-crash-site-stall-in-eastern-ukraine.html
Effort to Secure Malaysia Airline Crash Site Falters in Eastern Ukraine

 27人の自国民がMH17に搭乗して死んだオーストラリアの政府は、撃墜
現場での調査を安全なものにするとの理由で、ウクライナ東部に、190人の
武装警察官と、人数は未確定だが豪軍兵士も派兵することを検討している。豪
政府はすでにウクライナ政府と、警官派遣で協定を結んでいる。ドイツなど欧
州の当局者の中には、豪州の派兵に「ウクライナ内戦を悪化させるつもりか」
と強く反対する声が出ている。

http://www.smh.com.au/world/australia-risks-inflaming-ukraine-conflict-by-sending-armed-police-to-mh17-site-analysts-20140726-zx3mo.html
Australia risks inflaming Ukraine conflict by sending armed police to MH17 site: analysts

 撃墜現場は、親露派とウクライナ軍の対峙や戦闘が起きているウクライナ東
部の2大都市であるドネツクとルハンスクからそれぞれ50-60キロ離れた
郊外で、すでに周辺で砲撃が行われている。今後、2都市で内戦が本格化する
と、墜落現場の地域でも戦闘が激化する。その中で豪州の武装警察や軍隊が現
地調査隊警護のために駐留していると、戦闘に巻き込まれ、内戦に参戦するこ
とになりかねない。豪州は米国の同盟国であり、好戦的なプロパガンダも米国
同様、反露・親ウクライナの傾向だ。内戦が巻き込まれたら、豪州はウクライ
ナの側に立ち、ロシアを敵にすることになる。豪軍がウクライナ内戦に巻き込
まれてロシアと戦ってくれると、米軍を痛めず戦争を激化でき、米国の軍産複
合体やネオコンにとってうれしいことだろう。

 逆に、米国の同盟国だがロシアと敵対したくないドイツなどEUにとって、
豪州の派兵は迷惑千万だ。EUでは、MH11撃墜で自国民が194人死んだ
オランダが警察隊を派遣したが、非武装武装だ。オランダは海兵隊の派兵も一
時検討したが、ロシアとの関係を考えて見送った。

http://www.channelnewsasia.com/news/asiapacific/dutch-australians-ready/1283442.html
Dutch, Australians ready MH17 troops amid Ukraine deadly fighting

 MH17撃墜の謀略が成功してウクライナ政府側が内戦に勝ち、ロシアが不
利になる流れが始まったかと思いきや、それと逆の動きも出てきた。IMFが
ウクライナ政府に財政緊縮を約束どおりすぐに開始しろと圧力をかけ、ウクラ
イナの4党連立政権が、IMFの要求に従おうとするヤツニュク首相らの2党
と、財政緊縮を実施すると国民に貧困を押しつけることになるので拒否すべき
と主張するスボボダ(極右政党)など2党が分裂し、7月24日にスボボダな
ど2党が離脱して連立が崩壊し、ヤツニュク首相が議会に辞表を提出した。

http://rinf.com/alt-news/featured/obamas-ukrainian-ploy-collapses-ukraine-now-seeks-direct-u-s-bailout/
Obama's Ukrainian Ploy Collapses; Ukraine Now Seeks Direct U.S. Bailout

 ウクライナ議会は夏休みに入っており、ヤツニュク首相の辞表は議会に受理
されていない。30日以内に新政権を組閣できない場合、議会が解散され総選
挙になる。ウクライナでは今年5月の選挙で新大統領になったが、議会は
2012年から総選挙が行われていない。早く総選挙をやるべきだという世論
が強く、このまま総選挙に突入する可能性が強い。

http://www.dw.de/poroshenkos-risky-power-play/a-17809767
Poroshenko's risky power play

 ウクライナの政界は04-06年にも、親露派が追い出されてナショナリス
トが政権を取った後、新政権内の派閥争いがひどくなり、親露派が政権を奪回
する展開になった。今回も、今年2月に米国の後ろ盾で極右らナショナリスト
が親露派を追い出して政権をとったものの、5カ月後の今、政権崩壊が起きて
いる。ウクライナは、政界が分裂してまとまらない中、東部で親露派を潰す内
戦を激化して勝てるのかどうか、不確定さが増している。

http://tanakanews.com/140305ukraine.php
危うい米国のウクライナ地政学火遊び

 IMFは、BRICSの突き上げが強いものの、一応まだ米国の支配下にあ
る。米国がIMFを動かし、ウクライナ政府に財政緊縮の早期開始の圧力をか
けるのをしばらく延期することもできたはずだが、米国はそれをしなかった。
IMFは今年2月にウクライナに親米反露の極右政権ができた当初から、ウク
ライナに融資する見返りに、ほとんど実行不可能な厳しい緊縮財政を求めてき
た。米政府はウクライナの反露政権を支援するが、米国が支配しているはずの
IMFは反露政権に厳しい要求を突きつけて政権崩壊させてしまうという、矛
盾した構造になっている。
<2014年7月28日>
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マレーシア機撃墜の真相

2014-07-24 | Weblog
ウクライナでのマレーシア機撃墜事件のことは、わたしにはまったくの謎です。しかし本当はどうななのか? 真実に対する思いがますます強まります。そんな折、田中宇氏のメルマガは興味深かった。有料メールマガジンですが、リンク可とのことですので全文を引用します。マガジンの購読をおすすめします。

マレーシア機撃墜の情報戦でロシアに負ける米国
2014年7月24日  田中 宇
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 7月17日、マレーシア航空MH17機がウクライナ東部上空で、何者かに撃墜された。その直後から、米英の政府やマスコミ、ウクライナ政府は、いっせいにロシア軍もしくはウクライナ東部の親露武装勢力が撃墜したに違いないと、ほとんど根拠なしに非難し始めた。FTも、プーチンが犯人だと決めつけた上で、プーチンの戦略は失敗だと「分析」する記事を出した。(The Kremlin's Machiavelli has led Russia to disaster)(Ukraine Plane Crash: Separatists, Government Deny Downing Malaysian Passenger Plane)

 ウクライナの諜報機関は、東部の親露武装勢力の現場司令官(Igor Bezler)が、ロシアの諜報官(?)に電話して、飛行機を撃墜したと報告している通話の録音を「犯人が露側だという動かぬ証拠」としてネット上に発表した。(Malaysian MH17 Ukraine releases recording of rebels plane chat)(New Information Provides New Questions About Malaysian Flight)

 駐ウクライナの米国大使館は、この録音について本物だと発表した。BBCも、本物だと報じた。しかし録音は、いくつかの異なる場面の会話をつなぎ合わせて編集したもので、ウクライナ当局が露側のせいにするために捏造的に編集したものである可能性が高い。(US says recordings of Ukraine rebels admitting MH17 downing `authentic')

 ウクライナ東部では、MH17機撃墜の前日に、内戦の一環として、親露武装勢力がウクライナ軍の輸送機を撃墜している。輸送機の撃墜は、MH17撃墜現場から100キロほど離れたエナキエボ(Yenakiyevo)で起きたが、ウクライナ当局がMH17撃墜に関する電話の会話だとして発表した録音には、エナキエボの地名が出てくる。つまりこの部分の会話は、無関係な搭乗者が殺されたMH17撃墜でなく、内戦の一環であるウクライナ軍用機の撃墜についての電話盗聴と考えられる。会話の他の部分では、MH17の墜落現場を描写したと考えられるものもある。ウクライナ当局は、日々盗聴・録音している親露派やその他の東部市民の携帯電話の通話の中から、MH17に関する会話と、軍用機撃墜に関する会話を見繕って取り出し、自分たちに都合の良いように並べ直して編集して発表したと考えられる。(Kiev's evidence of militia's responsibility for airliner crash faked - expert)

 7月16日のウクライナ軍用機撃墜については、親露勢力が正当な戦闘行為の一環として撃墜したと認めている。ネット上では、7月16日の軍用機撃墜と、翌日の犯人不明のMH11機の撃墜を混同して、親露派がMH11を撃墜したんだと決めつけているものが散見される。(Did Ukrainian rebels really take credit for downing MH17?)

 事件直後、親露勢力が肩持ち式の携帯地対空砲(shoulder-fired SAM)でMH17を撃墜したのだという説も出たが、肩持ち式の地対空砲は上空3500メートル程度までしか届かない。MH17機は約1万メートルの高度を飛んでいた。この高度まで届く地対空ミサイルとして、ロシア製の「ブーク」または「SA11」などと呼ばれるトラック搭載型のミサイルがある。米政府は、ロシア軍が撃墜の一週間前にブークをウクライナの親露勢力に与え、それでMH17機を撃墜したに違いないと発表した。しかし、ブークはウクライナ軍も持っている。ウクライナ軍は冷戦終結までソ連軍の一部だったので、今も兵器の多くがロシア製だ。米国のマスコミは、ロシアが親露勢力にブークを与えたとする米政府の発表のみを流し、ウクライナ軍もブークを持っていることを報じないと、米国のロン・ポール元下院議員が指摘している。(Ron Paul: What The Press Isn't Reporting About The MH17 Disaster)

 ロシア政府は、ブークをウクライナの親露勢力に渡したことはないと否定している。加えて露政府は、ウクライナ軍が自分たちのブークを事件当日に撃墜現場の近くに移動したことを示す写真を発表している。(Kiev deployed powerful anti-air systems to E. Ukraine ahead of the Malaysian plane crash)

 米政府は、事件発生から4日間、ロシア犯人説を主張し続けたが、根拠となる写真などの資料を何も発表しなかった。証拠を何も発表しないまま、事件に関する筋書きの説明が何度も変化した。国務省の報道官(Marie Harf)は7月21日の定例記者会見で、マスコミからロシア犯人説の根拠を問われ、ウクライナ政府が流した録音や、ユーチューブ映像など、ネットに流布する出所の怪しいものを含む情報類ばかりを根拠として挙げ、米政府独自の具体的証拠を示さなかった。報道官は記者から、ネットで流布する情報の中には、ロシア犯人説以外のもの(ウクライナ軍犯人説など)もあるのに、なぜ米政府は露犯人説にこだわるのかと問われて怒り出し、露政府より米政府の発表の方がはるかに信頼性が高いことは、疑いのないことだと返答した。(Marie Harf - Deputy Spokesperson - Daily Press Briefing - July 21, 2014)(UNITED STATES Admits Its MH17 'EVIDENCE' is Based on YouTube Clips & Social Media Posts)(State Dept. Annoyed at Press Questioning MH17 Narrative)

 証拠を発表しないまま、筋書きがころころ変わり、疑問を呈されると、米国の発表を信じないのかと恫喝する。この米政府のやり方は、03年のイラク侵攻前に大量破壊兵器のウソで世界を信じさせようとした時と同じだと、ロシア政府などが批判している。(US MH17 remarks resemble Iraq WMDs tale: Russia)(Instead of Providing Evidence for Russian Guilt in Plane Shootdown, U.S. Says: Just TRUST Us)

 露政府の発表によると、7月17日の撃墜の時間帯に、米国の軍事偵察衛星の一つが、ちょうど(偶然なのか意図してか)ウクライナ東部の上空にいた。だから米政府は、MH17がどのように撃墜されたかを示す衛星写真を持っているはずだと露政府は言う。しかし米政府は、衛星写真を一つも発表していない。露政府はレーダーでウクライナ東部を監視しており、この日、ウクライナ空軍の戦闘機2機が、墜落直前までMH17から3-5キロ離れたところを飛んでいたと発表している。米政府の衛星写真にも、ウクライナ空軍機が写っているはずだと露政府は言う。(Russia challenges accusations that Ukraine rebels shot down airliner)

 事件から5日後の7月22日になって、米政府は、諜報担当官の匿名の記者会見で「ロシアがMH17機の撃墜に何らかの関与をしていたと考えられる根拠がない」「ロシアがウクライナ東部の親露勢力にミサイルを渡して撃墜させたと考える根拠がない」と述べ、それまでの「ロシアがやったに違いない」という主張を引っ込め始めた。米国務省は「ウクライナ東部の親露勢力が(ロシアから与えられたのでなくウクライナ軍から奪うなど独自に入手した)SA11を使って、MH17機をウクライナ軍機と間違えて撃墜した」という新たな説明をし始めた。(US: No link to Russian gov't in plane downing)(US State Department "Confident" MH17 "Mistakenly" Downed By Separatists, Finds No Direct Link To Russia)

 今回の撃墜事件について、具体的な証拠を挙げつつ説得性のあるかたちで、事件についてわかっていることを記者会見で説明したのは、ロシア政府だ。7月21日、ロシア軍の高官たちが記者会見した。そこで重要なことが何点も発表されている。その一つは、ウクライナ空軍の爆撃機(SU25?)2機が、撃墜される直前のMH11機のすぐうしろ、3-5キロ離れた場所を、同じ高度(約1万メートル)で飛んでいたことだ。戦闘機は、MH11が撃墜される数分前に高度を5千メートルから急上昇し、MH11の後ろについた。MH11が撃墜されると、戦闘機は現場上空をしばらく旋回した後、飛び去った。(Ukrainian Su-25 fighter detected in close approach to MH17 before crash - Moscow)

 ロシア側は、日常的な自国周辺空域の監視活動として、この動きを、軍用と民間用の2種類のレーダー網で観測していた。露政府は、撃墜までの民間レーダーの映像記録を記者会見で発表した。民間レーダーでは、MH11が、追尾していたウクライナ空軍機が搭載する空対空ミサイル(R60)で攻撃されたのか、それとも地上から、ウクライナ軍もしくは親露勢力が持っていた地対空ミサイル(ブーク。SA11)で攻撃されたのか、明らかでない。しかし露軍の軍用レーダーには、誰がどこから発射したミサイルでMH11が撃墜されたか、映っていた可能性が高い。露政府は、そこまでの発表はしていない。(The Russian military finally speaks!)

 露政府は、誰が撃墜犯人か発表していない。しかしタス通信によると、MH11の撃墜について、米オバマ大統領に最初に伝えたのは、米国自身の軍や諜報機関などでなく、プーチンだった。7月17日、オバマはプーチンに、ウクライナ問題をロシアの手で解決しない場合、米国は対露制裁を強化するぞと脅しの電話をかけた。プーチンは、ひとしきりオバマからの苦言を聞いた後、電話の最後に、MH11が撃墜されたこと、撃墜したのはウクライナ軍であることを伝えた。オバマは、撃墜の事実を知らなかったという。(Putin moves quickly to control crash information)

 オバマは最近、自分の配下の諜報機関や国防総省から、重要なことを教えてもらえない状態だ(国防総省の制服組の多くがオバマを嫌っている)。ドイツ当局が7月2日に米国のスパイを逮捕し、7月4日に逮捕を発表した時も、オバマは7月3日にドイツのメルケル首相と対露制裁の件で電話会談した時、独当局が前日に米国のスパイを逮捕したことを知らなかったと報じられている(オバマはメルケルに対露制裁に協力しろと圧力ばかりをかけ、自国のスパイが逮捕されたことについて謝罪も釈明もしなかったので、オバマが逮捕を知らないことにメルケルは気づいたが、電話会談でオバマに恥をかかせたくないと思い、メルケルは何も言わなかった)。(Spying Case Left Obama in Dark, U.S. Officials Say)(日本は中国に戦争を仕掛けるか)

 オバマは部下たちから何も教えてもらえない状況なので、MH11の撃墜をプーチンから初めて聞かされたとしても不思議でない。オバマ自身は知らなくても、米国防総省はMH11撃墜の一部始終を知っていたはずだ。すでに書いたように米国は、可動式の軍事偵察衛星を、MH11の撃墜時にウクライナ東部の上空を通過するよう、意図的にもしくは偶然に設定していた。

 7月21日に露政府が発表したもう一つの重要事項は、ウクライナ軍が地対空ミサイル「ブーク」を、MH11撃墜の3日前から翌日まで、撃墜現場の近くに配備していたことだ。露政府は、ウクライナ軍によるブークの配備の証拠として、記者会見で数枚の衛星写真を提示した。ブークは、レーダーを使って撃墜対象を特定するが、露側は、ウクライナ東部におけるブーク用のレーダー電波が、通常の2-3台分から、7月17日前後だけ7-9台分に増加したことを電波傍受したという。米政府は「ウクライナ親露勢力がブークでMH11を撃墜した」と主張しているが、露政府によると、ブークでMH11を狙ったのはウクライナ軍の方だ。(Bogus photos of `Russian' air-defense systems in Ukraine debunked by bloggers)

 7月22日に、匿名の米当局者が「露政府の関与はない」と表明したので、ロシア軍が直接もしくはウクライナの親露派に命じてMH11を撃墜した可能性はほぼ消えた。残っているのは、ウクライナ軍がブークもしくは戦闘機のミサイルで撃墜したか、ウクライナ親露勢力がブークで撃墜したか、という可能性だ。しかしどちらにせよ、ウクライナ空軍機がMH11を追尾していたことが露政府の詳細な発表からほぼ確かなので、ウクライナ軍は、少なくともMH11が撃墜されそうなことを知っていたことになる。

 露政府は、MH11が規定の飛行ルートを14キロそれていたと発表している。しかし、14キロは大した逸脱でないと思われる。また露政府によると、MH11が撃墜される前の数十分間に、ほぼ同じ飛行ルートを、コペンハーゲン発シンガポール行きと、パリ発台北行きが飛んでおり、その後ろをアムステルダム発クアラルンプール行きのMH11が飛んでいた。MH11だけが飛行コースを大幅に変更され、親露派の攻撃を誘発したのではないようだ。

 ウクライナの親露派は、ここ数カ月の内戦の中で、前線の部隊が現場を放棄して逃亡することが多いウクライナ軍からブークを奪い、それでMH11を撃墜したのでないかという指摘がある。7月23日、親露派の司令官の1人(Alexander Khodakovsky)がロイター通信に対し「親露派は以前、ブークを持っていたが、ロシアの求めに応じ、すでにブークをロシアに引き渡し、今はもう持っていない」「ウクライナ軍は、その事実を知った上で、われわれが今もブークを持っていてMH11を撃墜したかのような演出をしている」と語った。司令官の話は全体として「ウクライナ軍が撃墜した」と言っているのだが、米英マスコミの一部は、この話の前段の一部だけを歪曲的に使い「親露派がブークを持っていることを認めたぞ」と喧伝している。(Exclusive: Ukraine rebel commander acknowledges fighters had BUK missile)

 今のところ、MH11の撃墜犯はウクライナ軍である可能性が最も高い。ウクライナ政府は、親露派の犯行に見せかけることをあらかじめ画策し、ブークを3日前に親露派の支配地域のすぐ近くに配備してMH11を撃墜し、戦闘機も動員して撃墜を確実なものにしたと考えられる。事件現場の上空に米国の偵察衛星がいたり、事件後米国の政府やマスコミがすぐにロシア犯人説を声高に言い出したりしたことからは、米政府がウクライナ政府をけしかけて濡れ衣の迎撃をやらせた可能性もある。(U.S. Prepared to Expand Exisiting Russia Sanctions, Official Says)

 米国やウクライナの政府は、具体的な証拠を出すと何度も約束しつつ、まだ一つも出していない。最もきちんと説明しているのはロシア政府だ。米政府は、一方で「ロシアが関与したと考える根拠がない」と認めつつ、他方で、議会共和党とオバマ政権が組んで、対露追加制裁をやろうとしている。米国の好戦戦略は、いまだに非常にお粗末だ。イラク侵攻時の「大量破壊兵器」の時より、お粗末さがひどくなっている。今回の件で、米国に対する国際信用がさらに低下し、ロシアに対する新興・途上諸国からの信頼性がさらに高くなるだろう。その意味て、今回の件もまた「隠れ多極主義」的である。
<2014年7月24日>

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地政学リスク

2014-07-21 | Weblog
世界のいたるところで紛争や戦争が頻発しています。しかし新聞やTVの情報だけでは物足りなさを感じてしまうことが多々あります。
何が真実なのかは不明でしょうが、一歩ずつでも真理に近づきたい。近ごろネットでうなってしまった鋭い解説記事2題をご紹介します。
一日も早い解決と平和の到来を祈りながら。



「マレーシア航空機撃墜事件 誰がどうやって撃墜したのか?真相は究明できるか?」
http://bylines.news.yahoo.co.jp/koizumiyu/20140720-00037561/


「ガザ侵攻 イスラエル、ハマス双方の事情と国民の選択」
http://blogos.com/article/90886/
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伊藤若冲の生涯(5)

2014-07-14 | Weblog
一七六四年 宝暦一四年 甲申 四十九歳 
○四国讃岐の金刀比羅宮に出向いたのだろうか。奥書院の四室に障壁画を制作。『花卉図』『山水図』『燕子花図』『垂柳図』
○宝暦は六月二日に明和に改元。

一七六五年 明和二年 乙酉 五十歳
○九月一九日 末弟の宗寂が亡くなった。
○九月二九日 『釈迦三尊像』と『動植綵絵』二十四幅を相国寺に寄進。『動植綵絵寄進状』に「明和乙酉九月晦日/藤汝鈞頓首再拝」。三尊は釈迦、文殊、普賢。動植綵絵の呼称は、この寄進状からはじまる。
○一〇月七日 相国寺より返礼の挨拶があった。相国寺の三浦玄省が寄進の返礼に菓子松風二斤を持参。
○一一月一一日 伊藤家菩提寺の宝蔵寺に宗寂居士の墓を建てる。
○一二月二八日 若冲は相国寺と死後永代供養の契約を結ぶ。若冲没後に屋敷一ヵ所を町内に譲渡し、毎年の忌日のための半斎料(供養料)として、町内は青銅三貫文を相国寺常住に納めるという内容の証文。

一七六六年 明和三年 丙戌 五十一歳
○一月二三日 相国寺の三甫座元は前年暮れの証文に対する請書を若冲の町内に渡した。
○四月一九日 真如寺毘沙門天の開扉の最終日、相国寺方丈の室中正面に『釈迦三尊像』と『動植綵絵』が左右に六幅ずつ十二幅が飾られた。はじめての一般公開。
○五月一八日 『動植綵絵』の残り十二幅が裏打ちのために南蔵より出され、六月二十二日に表装は完了した。
○六月二三日 相国寺の例年の虫干しにあたり、『釈迦三尊像』と『動植綵絵』二十四幅が中の間に掛けられた。
○秋 『動植綵絵』残り六幅の制作が完了。これで三十幅すべてが揃った。
○一一月 『動植綵絵』三十幅の完成が記された若冲寿蔵が相国寺塔頭の松鷗庵墓地に建てられた。生前墓である寿蔵の位置は移動したが、現在も相国寺墓地にある。大典が撰した長文の碣銘(碑文)を刻した。「明和三年丙戌十一月/淡海竺常大典撰」。表面には「斗米菴若沖居士墓」とあるが、ニスイ「冲」ではなく、サンズイ「沖」である。『動植綵絵』は秋までに残りの六幅が完成したのであろう。実に十年の歳月を費やした。

一七六七年 明和四年 丁亥 五十二歳
○春、大典と舟で淀川を下り、大坂浪華に行く。淀川の両岸を描いた拓版画「乗興舟」真景図巻はこの年の制作か。舟旅は京伏見から大坂天満橋までの二十五キロ。大坂の宿は、大典の友人である木村兼霞堂邸であろう。小畠文鼎『大典禪師』には、蒹霞堂は「最も禪師に心服し、家人もまた恭敬を拂ってゐた。禪師の下坂毎には必ず其家に舎し、且つ日用服食調度の如きも、彼は其供奉を忘れなかった」。売茶翁の語った狂言「達磨さえおあしで渡る難波江の流れを汲める老いの我が身ぞ」が『近世畸人伝』にある。「おあし」は言うまでもなく銭。尊敬するいまは亡き売茶翁の淀川下りのことを、三人は談笑し懐古したのではなかろうか。
○三月二九日 函丈菩薩修業に際し、『釈迦三尊像』が相国寺客殿中央に掛けられた。
○九月一五日 若冲は玉峯西庵に伴われて相国寺に行き、末弟宗寂の法要を請う。
○九月一九日 弟宗寂の三回忌法要を錦の自宅で営む。大典が赴き懇ろに供養した。布施金五百疋。

一七六八年 明和五年 戊子 五十三歳
○三月 はじめて刊行された『平安人物志』画家十六名の一覧に、大西酔月(~一七七二)、応挙、若冲、大雅(一七二三~一七七六)、蕪村(一七一六~一七八三)の順で載る。若冲の住いは錦街の中魚屋町の北屋敷のようだ。枡源は錦小路をはさんで南向い。応挙は四条麩屋町東へ入丁とあり、若冲の住まいからわずか三百米ほどの距離である。当然だが、両人は面識があった。人物誌記載は「藤汝鈞/字景和号若冲/高倉錦小路上ル町/若冲」○一〇月一日 東本願寺門跡の乗如光遍上人が『動植綵絵』の一覧を若冲を介して、相国寺の玉峯西庵に願い出、寺より貸与が許可される。宝暦五年から七年ころにかけての若冲作『旭日鳳凰図』(現宮内省)、『紫陽花双鶏図』(現プライス)、『雪中遊禽図』(元早川)はいずれもかつては東本願寺蔵であった。光遍門跡は熱心な若冲ファンであったのだろう。『動植綵絵』全幅の観覧を若冲に依頼した、上人のはやる気持ちが伝わって来る。
○拓版画帖『玄圃瑤華』『素絢帖』を刊行。拓版画は当時、石摺とよばれていた。

一七六九年 明和六年 己丑 五十四歳
○六月一七日 相国寺圓通閣における閣懺(かくせん)に際し、『釈迦三尊像』三幅と『動植綵絵』三十幅が方丈に掛けられた。以降毎年この日に一般参詣者にも若冲寄進画を公開するのが恒例になる。方丈の中の間正面に釈尊、両側に文殊と普賢。東の竹の間と西の梅の間にそれぞれ十五幅ずつを掛け連ねたであろう。閣懺と呼ぶのは、相国寺の三門階上を圓通閣といい、そこで懺法講が行われたので閣懺と称した。

一七七〇年 明和七年 庚寅 五十五歳
○一〇月 父の三十三回忌にあたり、両親と自らの戒名「斗米菴若冲居士」を記す位牌を相国寺に奉納。位牌裏面には『釈迦三尊像』三幅と『動植画』三十幅を寄進した旨が記されている。

一七七一年 明和八年 辛卯 五十六歳
○多色摺木版画『花鳥版画』を制作。
○一二月二二日 京都東町奉行所より錦高倉青物市場に対し出頭命令があった。商いがそもそも公許を得てのものなのか、その証文はあるか、また営業の内容は正当であるのか、返答書を求められた。このような意外な事態が生じた原因は、同じ青物市場で競っていた大橋西の五条問屋市場の謀略であった。錦高倉青物市場の解体、分裂弱体化させての傘下化、さらには錦高倉市場の廃止を画策したのである。
○一二月二四日 東町奉行所への返答書に、帯屋町年寄の若冲名「高倉通四条上ル丁/年寄/若冲」

一七七二年 明和九年 壬辰 五十七歳 
○一月 錦高倉市場は奉行所より営業停止を言い渡される。青物市場四町の代表者である帯屋町年寄の役にあった若冲は、この苦境を解決するために対外交渉に当った。彼は五条市場と妥協することなく、正々堂々と役所と交渉する道を選ぶ。若冲は五条市場からの理不尽な提案に対し、四町は揃って拒絶する旨の書を返した。「五条問屋丁ニしたかい申候訳者一切無御座」。四町は中魚屋町、西魚屋町、帯屋町、貝屋町。
○二月三〇日 いったんは営業再開にこぎつけた。しかし七月にはまたもや営業を停止させられる。
○幕府直轄の諸都市における町年寄は、他の有力町人とともに江戸城において将軍に拝謁できるという格式を与えられていた。年頭には江戸の町年寄はじめ、上京、下京、大坂、堺、奈良、伏見の町年寄などが白木書院の縁側で将軍に目見を受けた。若冲は京を代表する町年寄ではないが、いざとなれば幕府に訴え出ることが可能な立場であったと思われる。
○四月 大典が相国寺慈雲庵に復帰。本山からの度々の強い勧告を受け、十三年ぶりに戻った。画ばかり描いている聞中への大典の叱責はこのときか。聞中は若冲から作画を習い、毎日一紙の芦雁を描くことを日課にしていた。聞中はその許可を大典禅師に請うた。すると、禅師は書状をもって「佛徒には重要な一大事がある。それがためには爪を切る暇もないはずだ。文学の如きも、もとより本務ではないが、道を助けるため、性の近き所、才能の能する所をもって、緒余にこれを修めるに過ぎぬ。その他の芸術は、法道において何の所益があるか。父母がおまえに出家を許し、師長が教誡しておまえを導き、檀越檀家がおまえに衣盂の資を供給してくださる等の本意はどこにあるか。よろしく考慮せよ。わたしの許可とか不許可に関する訳では、決してない……」。大典著『小雲棲手簡』二編下(一七八七年刊所収)。残念に思うのは、描画を否定するかの厳しい言葉と、苦境にある若冲を大典の相国寺が助けた気配が感じられないことである。相国寺なら幕府に対していくらかの影響力を示せたのではないか。
○七月 奉行所はまたもや錦高倉市場の営業停止を命じた。困りぬいた若冲は医者の四条原洲菴に悩みを話した。「市場は差しとめられ、町年寄として末代まで汚名を残すことになり、また数千人の農民百姓町人たちが難儀している」。原洲菴は江戸から入洛していた知人の中印中井清大夫を紹介した。若冲は中井の意見を取り入れ、困窮している農民を取り込む作戦をたてた。若冲はまず壬生村の庄屋四郎八を説得し連携行動をとる。若冲は四郎八に「どのようなことがあっても、わたしが責任を取る」と語った。
○秋 若冲は西九条村、中堂寺村の賛同も得る。彼らはこのままでは農の生活が成り行かず、年貢の上納にも支障が生じると奉行所に訴え出た。また五条問屋市場と錦青物市場とはまったく性質の異なる市場で、錦青物市場がなくなれば、京の需要がまかなえないとする書状を提出した。賛同する村はその後も増える。若冲は東九条村や御霊村に出向いて説得した。西七条村、西塩小路村、上鳥羽村、東寺廻りも加わり、若冲の努力で九ヵ村連合が結成された。錦市場とは取引のない聖護院村、吉田村、岡崎村までもが加勢を申し出た。
○八月二五日 若冲は町年寄をあえて辞任する。彼は錦高倉四町を代表する町年寄であったが、理由は万一市場再開が不可能になれば江戸に下向し「百姓方共御願申上へく存念」。実行すれば、責任者は命を賭す一揆である。若冲は命がけで幕府評定所に出願する決意を固めた。役をついだ町年寄の三右衛門に若冲は「関東に下って江戸奉行に訴え出る覚悟がある」と語っている。自らを平ラ(ヒラ)にしたのは、その累がせめて錦高倉市場に及ばないようにという配慮である。
○一一月二日 十二ヵ村代表が寄りあった。中井は「町奉行所から市場再開の許可が下りなければ、七ヵ村の御蔵百姓たちと錦街商人たちが江戸に出願したらどうか。この場におられる若冲さんもその覚悟である」と話した。東九条村はおじけづき役所への願いを取り下げた。御蔵とは幕府直轄の米蔵で、七ヵ村は幕府領地であった。
○聞中は隠元百回忌の書記をつとめるために、萬福寺に呼びもどされた。翌年には住持の伯結制の冬安居の知浴をつとめる。
○一一月一六日 安永に改元。

一七七三年 安永二年 癸巳 五十八歳
○この年も錦高倉市場四町の営業再開は許されなかった。決着は翌年に持ち越す。
○三月二五日 大坂に移った中井清大夫にかわり若林市左衛門が加わり、この日に若冲とはじめて対面した。若林は「錦高倉四町の結束が揺らいでいる」と教えたが、その後確かに西魚屋町と貝屋町が脱落し、帯屋町と中魚屋町二町のみが、百姓と町民の困窮を役所に訴え続けることになる。
○六月二六日 二町は七ヵ村と協調して追願書を提出した。訴願には多額の費用が必要で、村方町方は合力で金二十両と銭六十一貫四百文を取り急ぎ集めた。
○夏 若冲は、萬福寺二十代住持の伯照浩から道号「革叟」(かくそう)と、着ていた僧衣道服を授かる。若冲は偈頌(げじゅ)を与えられたが、抜粋意訳すると、黄檗山萬福寺に「来たってはじめて余に謁し、名と服を更(あらた)めんことを乞う。因って乃ち命ずるに革叟を以てし、弊衣を脱して之を与う。顧みるに夫(そ)れ身を世俗より脱して、心を禅道に留む。猶(な)お故(ふるき)を去り新しきを取るがごとし。此(ここ)に余命ずるに革を以てする所以(ゆえん)なり。子(し)其れこれを勉めよ。……」。また「絵事に刻苦すること、ほとんど五十年」と記されている。古くから子どもが習い事、芸事をはじめるのは、六歳の六月六日であった。若冲も同様であったかもしれない。なお「革」は革命の革、「叟」は「翁」の意味。
○宇治の萬福寺は、明人僧の隠元大師を徳川四代将軍家綱が招いて建立した黄檗の寺である。歴代住持の選任には幕府が当たっていた。萬福寺こそ幕府との強い接点をもっていたと考えられる。若冲が錦市場の紛糾を解決すべく、萬福寺に幕府への取り次ぎを願ったことも可能性はあろう。また幕府に直訴するならこの僧衣を身にまとい、出家僧「革叟」を名のるつもりだったか。この名はその後、どこにも見当たらない。

一七七四年 安永三年 甲午 五十九歳
○八月二九日 錦高倉青物市場四町の営業再開を、東町奉行所がやっと許した。公認の青物市場として復活がついにかなった。解決の次第を記し、村方町方関係者が連署した内証の一札には「桝屋若冲」の署名がある。また三年近い紛争の間、若冲が画筆をとったという記録は、どこにも見られない。
○『猿猴摘桃図』に萬福寺の伯照浩が賛した。この猿図が数年ぶりにやっと筆をとった若冲の久方ぶりの画作である。子を背にした猿の父親が、妻の腕をしっかり握り、いまにも折れそうな枝にぶら下がった三個の桃を摘もうとしている。賛を意訳すると「桃を食べればお前の寿命は延び、鶴に乗る仙人に従うようになるであろう」。命がけでみなのために目標を達しようとしている若冲の姿を描いているのであろうか。紛争の末期、解決の目途がやっと立ったときに描かれたのであろうか。ついに仙桃は得られた。

一七七五年 安永四年 乙未 六十歳
○六月 大典『小雲棲稿』刊。若冲寿蔵の補訂字句を記す。
○この年に第二弾が刊行された『平安人物志』に、応挙、若冲、大雅、蕪村の順で載る。はじめて蕭白(一七三〇~一七八一)の名が出たが、順位は二十名中十五番目と低い。若冲の住所は高倉錦小路上ル町とあるので、帯屋町ではなく高倉錦小路北東角の中魚屋町の北屋敷であろう。応挙の住まいは四条麩屋町西へ入町で、明和五年版の『平安人物志』と異なる。応挙は四条麩屋町のすぐ向いあたりに引っ越したようである。このころ、画家若冲は錦街青物市場を救った義人としても評価されたはずである。人物志には「藤汝鈞/字景和号若冲/高倉錦小路上ル町/藤若冲」

<2014年7月14日 還暦以降の続きは、8月発行の石峰寺伊藤若冲顕彰会会報に掲載予定>
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