万葉集に登場する鳥たちを前回、調べてみましたが、残念ながらアヒルは載っていませんでした。記紀・枕草子も同様で、アヒルは出てきません。
アヒルは登場しませんが、気になる鳥がほかにもおります。「スズメ」「トビ」「セキレイ」など。なぜ万葉集は、このような身近な鳥たちを、排除したのでしょうか。万葉集に登場する鳥の歌は、六百首ほどもあります。ところがこの三鳥は、一羽も出てこない。
なお「あひる」がどこに、どのように登場するのかは、次回の楽しみにします。本日の主人公は、雀、鳶、鶺鴒。この三鳥に絞って、昔の記録を追ってみました。
『古事記』712年/『日本書紀』720年
『万葉集』の完成(759年まで)より、『記紀』は数十年早く仕上がっています。万葉は記紀の記載内容や伝承から、大きな影響を受けているはずです。
【雀スズメ】 <アメノワカヒコの葬列に、雀が碓女(うすめ)として登場する。碓女うすめとは、食事を作る女。>
【雀】 <『古事記』には、仁徳天皇の名は「大雀命」(おほさざきのみこと)と記されている。まさに、雀です。>
【鳶トビ】 <神武天皇を、八咫烏(カラス)と金鵄(トビ)が導いた。>
【鳶】 <トビをもって造綿者(わたつくり)、死者の装束を作る人とした。>
【鶺鴒セキレイ】 <イザナギ、イザナミの夫婦神はセキレイから交合の術を学んだ。> 鶺鴒には後世、嫁教鳥(とつぎおしえどり)の名が付く。江戸時代、川柳に「セキレイは一度教えてあきれ果て」。神たちは、学習能力の高い生徒だったようです。
【スズメ・セキレイ】 <雄略天皇は三鳥にたとえて歌を詠んだ。鶉ウズラ・鶺鴒セキレイ・庭雀スズメ。>
さて、三鳥が『万葉集』に登場しない理由です。『記紀』では、神や天皇に近い大切な鳥として描かれています。天皇をカラスとともに導いたり、「大雀命」の名前は雀そのものです。さらに鶺鴒は、男女神を指導したわけです。
三鳥は身近な鳥たちですが、決して「平凡で取り柄のないもの」ではないのです。『記紀』において、彼らは高貴な者たちです。
『記紀』と『万葉集』とは、ほぼ同時代に成立した書物です。完成は『記紀』が先行し、その記述内容は最優先されたはずです。神々や各天皇を記述しているのですから。
三鳥は神や天皇と深い関わりのある眷属だったのでしょう。後発の『万葉集』は、三鳥など、高貴な価値観の定まった鳥たちを載せることを、あえて避けたとわたしは考えています。
ところがそれから三百年近く後の『枕草子』になると、
『枕草子』清少納言/平安中期1001年にほぼ完成。30種近い鳥が紹介され、雀と鳶は登場しますが、鶺鴒は見えず。眷属だった鳥たちは、零落してしまったようです。
【雀すずめ】 原文「雀ならば、」 訳注「どこにでもいて、年中とりえのない声で鳴く雀なら、」
【鳶とび】 原文「鳥の中に、烏、鳶など」 訳注「どこにでもいる平凡な、とりえのない鳥の例(カラス・トビ)として、」(松尾・永井)
参考までに、神の使いとされる鳥を、神社ごとに見てみます。
<ニワトリ/伊勢神宮ほか><カラス/熊野三山><ハト/八幡宮><ウソ/天神><トビ/愛宕>、ほかにもワシやサギなどを祀る神社もあります。
それにしてもいずれも、身近な鳥ばかりです。なぜこれらの地味な鳥ばかりが選ばれたのか? わたしの判断は、まず渡り鳥には神使の資格がない。人間生活に日々隣接する鳥こそが、適任である、と思います。
ツバメもホトトギスも、初夏に訪れる、冬には遠い南の国に行ってしまう。
鴨や雁の類は冬にしか見えない。漂鳥も同じで、冬は雪深い山を避け、里に下りてくる。しかし春になればまた山に戻ってしまう。半年ほど不在欠席になってしまう。
神の用事をこなすには、年柄年中毎日、人間に身近なところにいなければ、神の用事をこなせない。また人間の近くに暮らすことで、わたしたちの行動をよく見知っている。人と神とをつなぐ、いわば聖なる鳥たちともいえるのではないでしょうか。
「どこにでもいる平凡なとりえのない鳥なので、彼らはまともな扱いを受けない」という三鳥に対する判断は、決して正しいとは思えません。スズメもトビもセキレイも、すばらしい高貴な鳥たちです。
ところで天満宮の「鷽ウソ」について。この鳥は漂鳥でした。夏は亜高山帯で繁殖し、冬は里に下りてくる。菅原道真(845~903)が神格化されたのは、947年以降のことという。ウソがいつから神の使いになったのか不明ですが、「天神様のお仕え鳥」と呼ぶそうです。比較的新しい神なので、鳥の選択に本来のルール、留鳥限定が適用されなかったのでしょうか。それとも「天神」ですので、天翔ける眷属にはこだわりがないのでしょうか。
『日本書紀の鳥』山岸哲・宮澤豊穂/京都大学学術出版会2022年
『日本古典文学全集11 枕草子』松尾聡・永井和子校注訳/小学館1974年
<2024年9月2日 南浦邦仁>
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