昔ながらの古い商店街が、全国のいたる所にいまもあります。残念ながらたいていの店が閉店し、シャッターを降ろしています。シャッターストリートと呼ぶべきか…。
しかしこのようなストリートを再生できないか? また通りの入り口あたりにある、昔ながらの小さな本屋を活性化できないか?
書店は全国に15,000軒ほどが営業しています。かつて3万軒と呼ばれた本屋が、現在では半減してしまいました。数万人の書店店主と家族、従業員たちはその後、どのように生活しておられるのでしょうか?
同じく本の世界で生計を立てている、わたし片瀬です。ひとごとではありません。あまりにも寂しいものを感じます。
これからの10年ほどで、あるいは数年にして、ますますの出版不況と電子書籍の浸食とともに、全国書店数は5000軒ほど、約3分の1に激減してしまうのではないかとも、予想されています。
未来のことは、正確な予測が不可能です。しかし、わたしたちは我がこととして、こうやってみよう、このような考え方はできないか、とりあえずダメでもともと、チャレンジしてみよう…。そのように日々、生きるしかないようです。
これまで連載してきた「電子書籍元年Eブック 2010」の番外編として、すたれ行く昔ながらの商店街、そしてその一隅に位置する、また立地営業してきた町の小書店を舞台に、数年後の未来の生きざまを描いてみたい、そのように思い出しました。
わたしの予測した近未来の商店街と町の零細書店は、全国ネットの大書店やスーパーマーケットやE通販などに伍して、堂々と対抗できる。細々と生き延びるのではなく、成功を収めることができそうである。そのような予感を持つことができました。
しかし必須なのは、Eコマース、IT、ICT…。現実Rの物と電子Eの商品、それらをリアル商店街に取り込み、ER商店街・ERブックストアを構築することではないかと、思ったりしています。そしていちばんのポイントは、人間のこころの繋がり、ヒューマンコミュニティではないか。そのようなSNS「ソーシャル・ネットワーキング・システム」、いやそれらを昇華してのHSNS「ヒューマン・ソーシャルネット・サービス」。時代に必要なのは、こころの温度と連帯・協同ではないか?
おそらく地域から日本全国さらには世界から、対面集団Rと非対面ネットEの連帯が、強固に結合するであろう。日本各地から発して世界に向けて、だれでもが発信・拡大することが可能である。地球上のさまざまの地域から、ぼう大なレスポンスも届き、ネットワークは<球網>となり、地球の全表面を覆う。神経ネットワークは一段と進化するであろう。インターネットの黎明期から予測された、自由のビッグバンである。
少子高齢化によって、高年老年層は活躍するチャンスや意欲や舞台が増す。子どもたちも数が減ることによって、わたしたち中高老年者の眼が届きやすくなる。それらがうまくかみ合い回転しだすと、逼塞管理に陥った社会の状態は、驚くほどに好転するであろう。なぜなら、高年老年者は、管理組織の呪縛から脱しているからである。彼らは、束縛されない自由人である。活躍の舞台は整った。
そのような仮想のフィクションSF物語を書けないものか? 近いうちに、想像夢想するままに、記してみようかと思っています。それが新連載SF「未来書店物語」。連載<電子書籍元年2010>からの脱線、横道歩きのようです。
<2010年10月31日>
しかしこのようなストリートを再生できないか? また通りの入り口あたりにある、昔ながらの小さな本屋を活性化できないか?
書店は全国に15,000軒ほどが営業しています。かつて3万軒と呼ばれた本屋が、現在では半減してしまいました。数万人の書店店主と家族、従業員たちはその後、どのように生活しておられるのでしょうか?
同じく本の世界で生計を立てている、わたし片瀬です。ひとごとではありません。あまりにも寂しいものを感じます。
これからの10年ほどで、あるいは数年にして、ますますの出版不況と電子書籍の浸食とともに、全国書店数は5000軒ほど、約3分の1に激減してしまうのではないかとも、予想されています。
未来のことは、正確な予測が不可能です。しかし、わたしたちは我がこととして、こうやってみよう、このような考え方はできないか、とりあえずダメでもともと、チャレンジしてみよう…。そのように日々、生きるしかないようです。
これまで連載してきた「電子書籍元年Eブック 2010」の番外編として、すたれ行く昔ながらの商店街、そしてその一隅に位置する、また立地営業してきた町の小書店を舞台に、数年後の未来の生きざまを描いてみたい、そのように思い出しました。
わたしの予測した近未来の商店街と町の零細書店は、全国ネットの大書店やスーパーマーケットやE通販などに伍して、堂々と対抗できる。細々と生き延びるのではなく、成功を収めることができそうである。そのような予感を持つことができました。
しかし必須なのは、Eコマース、IT、ICT…。現実Rの物と電子Eの商品、それらをリアル商店街に取り込み、ER商店街・ERブックストアを構築することではないかと、思ったりしています。そしていちばんのポイントは、人間のこころの繋がり、ヒューマンコミュニティではないか。そのようなSNS「ソーシャル・ネットワーキング・システム」、いやそれらを昇華してのHSNS「ヒューマン・ソーシャルネット・サービス」。時代に必要なのは、こころの温度と連帯・協同ではないか?
おそらく地域から日本全国さらには世界から、対面集団Rと非対面ネットEの連帯が、強固に結合するであろう。日本各地から発して世界に向けて、だれでもが発信・拡大することが可能である。地球上のさまざまの地域から、ぼう大なレスポンスも届き、ネットワークは<球網>となり、地球の全表面を覆う。神経ネットワークは一段と進化するであろう。インターネットの黎明期から予測された、自由のビッグバンである。
少子高齢化によって、高年老年層は活躍するチャンスや意欲や舞台が増す。子どもたちも数が減ることによって、わたしたち中高老年者の眼が届きやすくなる。それらがうまくかみ合い回転しだすと、逼塞管理に陥った社会の状態は、驚くほどに好転するであろう。なぜなら、高年老年者は、管理組織の呪縛から脱しているからである。彼らは、束縛されない自由人である。活躍の舞台は整った。
そのような仮想のフィクションSF物語を書けないものか? 近いうちに、想像夢想するままに、記してみようかと思っています。それが新連載SF「未来書店物語」。連載<電子書籍元年2010>からの脱線、横道歩きのようです。
<2010年10月31日>