タイタニックの生存者をみて指摘すべきなのは、乗務員の生存率が異常に高いことです。全乗組員885名、ほとんどが男性ですが212名が生き残りました。生存率は24%にのぼります。
全乗客の生存率は、男性16.8%、女性66.2%。合計では37.1%。船員の生存率は男性乗客よりも高いのです。
救命ボートで脱出するには1艇あたり船員2名の同乗が必要でしょう。ボートは全部で20隻ですので、40余名あるいは1隻3名で60人くらいの生存はわかりますが、212名もの船員が助かっています。
あたりの海は極寒で、水に落ちればまず数分で命はないといいます。低体温症や心臓麻痺などで亡くなる。また海上のボートは転覆の恐れがあるため、水面に浮き救いを求める人たちを原則救わなかった。
卑劣な手段で生き残った客は確かに皆無ではないと思います。男性客で助かったひとは146名です。唯一の日本人、細野正文氏が決して恥ずべき行為をとってはいないことは前回にみた通りです。しかし、ほかの男性乗客の行動をいまさら追うことには、100年もたった現在では意味もなさないと思います。
だが、最後まで責任をもってお客さまの救出なり対応に全力で尽くすべき従業員が、われ先にと逃げたのであれば容認はできません。客の行動を詮索するよりも、乗務員の卑怯や理不尽を指摘すべきです。
また3等船客たちの悲惨。1等客は超々VIPで、2等もVIP扱いでした。ところが荷物同然のような扱いを受けたのが、移民の多い3等客の彼らでした。8割近いひとたち、555名が亡くなっています。子どもも7割近い52名が犠牲になりました。1等と2等の子どもは、あえて両親とともに船にとどまったロネーヌ以外、30名全員が助かっています。命の重みは財力に比例するかのようです。
庄司浅水著『海の奇談』には、つぎのように記されています。
もっとも責任の地位にある、ホワイト・スター汽船会社(タイタニック所有)のブルース・イズメイ社長は、船客になりすまして、救命艇Cに乗り移り、生命をまっとうした。その後、かれはホワイト・スター汽船会社を退き、アイルランドの海岸に広大な土地を買って、1937年に死ぬまで、事実上の隠遁生活を送ったということだ。
何もイズメイ氏(1862~1937)をいまさら責めようというわけではありません。タイタニック事故の残した教訓は数多いでしょうが、業務当事者は最後の最期まで責任を忘れず、義務を完遂しなければならないという例として、わたしは覚えておきたいと思っています。
<2012年6月4日 南浦邦仁>