春の風景 水本爽涼
(第十一話) 賑わい
あれから、しばらくたったが、僕の湧水家では相も変わらず幸せな毎日が続いている。あれから・・というのは、僕の妹が生まれてから、という意味だ。それ以降、妹の手前、じいちゃんの雷は少し鳴りを潜め、父さんは風格めいたものがほんの少しだが増え、僕は益々、その偉人ぶりを発揮しているという塩梅だ。妹はやはり好きなだけ母乳を飲み、好きなだけ垂れ流しているが、これはまあ、仕方のないところだろう。それでいて母さんは、ちっとも以前と変化がない。ある程度の慌ただしい動きは時折り見られるようになったが、それは赤ん坊の妹のせいで、母さん自身に変化が見られるようになった訳ではない。ああ、そうだ! まだ、読者の皆さんには妹の命名とか宮参りのエビソードを語っていなかったから、時に触れて紐解きたいと思う。えっ!? 時に触れてじゃなく、今すぐに紐解いてくれ・・ですって? それは浦島太郎さんとよく似通った発想のお方ではあるまいか・・と、思う。たちまち白髪の老人となられるお方に違いない、と思えるのだ。まあ、それはともかくとして、家人の動きが活発になり、家の中が賑やかになるというのはいい話に思える。春の陽気にも似て、なんかポカポカとした温もりの増した我が家なのである。
「おお! 正也か。すっかり暖かくなったな」
離れへ行くと、じいちゃんが紋切り型の当たり前の言葉を口にした、日本人が常套とする挨拶言葉だが、僕はこういう意味ない言葉は不必要だ・・と、以前は思っていた。しかし今は、なかなかどうして相手の様子を窺う言葉としては、それなりに手頃な言葉なのではあるまいか・・と思うに至っている。
「そうだね…」
で、僕も当然、その常套手段を用い、当たり障りなくじいちゃんの刃(やいば)を、ヒラリ! と躱(かわ)した。この瞬間、正也もなかなか腕を上げたわい・・とじいちゃんが思ったかは定かではないのだが…。
「愛奈(まな)はよく眠っておるか?」
「うん!」
オムツを換えてもらってサッパリしてね・・とまでは、彼女を尊重して、敢えて僕は言わなかった。そうそう、妹の名は愛奈と名づけられたのだ。この話については後日、別の話として掲載したいと思う。ともかく、じいちゃんはせっせと元気に夏野菜を育てながら剣道の朝稽古に余念なく、僕もその弟子として師匠に追随している、とだけ言っておくことにしよう。とはいえ、父さんの怖いものに従うといった追随ではないことだけは明記しておきたい。おやっ! 母屋から愛奈の鳴き声が聞こえている。オムツは換えてもらったのだから、彼女の場合は他にお腹が空いた・・としか考えようがない。まあ、我が家の賑わいの一幕としては、いい傾向に思える。