春の風景 水本爽涼
(第十四話) どうでもいい
「父さん! 一杯、やりますか?」
いったい何があったのかは知らないが、珍しく縁側廊下の座布団に座った父さんが、風呂上がりのじいちゃんを誘った。
「おお! わしは、いいが…、お前は大丈夫なのか?」
最近は愛奈(まな)のことがあってか、何かにつけて遠慮を吐くじいちゃんなのだ。
「ええ、私は邪魔になるらしいですから…」
あとから聞いた説明によれば、なんでも愛奈をあやそうと父さんがちょっかいを出すと、ほぼ100%の確率で母さんに追っ払われるらしい。まあ、小さいとはいえ、母さんにすれば、愛奈は唯一増えた女性の味方だし、不出来な亭主に余り関わられては、愛奈によからぬ影響が出る・・とでも思ってか思わないでか僕は知らないが、そういうことらしい。よく考えれば、目くじらを立てるようなことでもなく、どうでもいい話なのである。
じいちゃんが父さんの対面へどっかと腰をおろし、将棋盤に駒を並べ始めた。父さんは傍らに置いた練り物の総菜パックを一つと缶ビールをじいちゃんに手渡した。
「おっ! すまないな」
じいちゃんの顔が緩み、気のせいか幾らか頭の後光も輝きを増したように僕には見えた。最近は、もっぱら酒の肴は父さんかじいちゃんが買ってきていて、母さんが一品を作って持ってくる・・という習慣は薄らいでいる。というのも、母さんは何かにつけて愛奈にべったりだからだが、今も愛奈を風呂に入れている…いや、小さい盥(たらい)の湯舟につけて洗っている、といったところだ。そんなことは、どうでもいいと思ってか思わないのか、父さんは一杯飲みながらじいちゃんに続いて駒を並べ始めた。僕は台所にいて、風呂上がりのジュ-スを堪能しながら二人を見ているという寸法だ。
「どうだ、その後は?」
「なんです?」
「だから、アレだ、アレ」
「ああ、ナニですか…。いやべつに…」
「わしは、どうでもいいんだがな。愛奈もできたことだし、そろそろな」
「私はヒラでいいんですよ。どうも、それが性に合ってるようですし…」
「そうだな。遠方への異動もないしな。安定してるか、ははは…」
話は父さんの会社でのことらしかった。それを聞いていた僕も、安定したヒラには賛成だ。どうでもいい話ながら、家内は安定していた方が僕にも何かにつけメリットがある。
「今度は、わしが買っておく」
片手の肴を父さんに示しながら、じいちゃんが言った。
「お願いします…」
父さんはニンマリしながら返した。どうでもいい話しながら、二人の仲がいいに越したことはない。