水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

夏の風景 (第十九話) 故障

2013年09月22日 00時00分00秒 | #小説

       夏の風景       水本爽涼

    (第十九話) 故障         

 こう猛暑日が続くと、さすがに人はダレてくる。あの気丈なじいちゃんでさえ、ここ数日はめっきり口数が減った。ただ、日々続く団扇(うちわ)パタパタの羽音だけは小忙しく聞こえる。むろん、離れへ僕が行ったときだけの観察だから、それ以外の所作は分からないのだが…。
「ちょっと! 五月蠅(うるさ)いから黙っててくれ!」
「なによっ! 人が親切で言ってあげたのに…」
 人もダレ続けると他人に当たりたくなるみたいだ。結果、数日すると夫婦間は完璧に冷えきり、故障してしまった。物なら買い換えたり修理したりで事足りるが、人、特に大人の感情トラブルは始末が悪い。いつぞやも旅行に行く行かないでモメたことがあったが、幸いにも、しばらくすると解決した。
「正也、お二人はどうかしたか?」
「んっ? 知らないよ。故障だろ」
 じいちゃんは一瞬、ニッと笑って僕の頭を撫でた。
「故障か…。上手いこと言うなあ正也は、ははは…」
 俄かに僕の株は上がり、日本の景気は、よくなった。…まあ、そんなことはないが、とにかく、お褒めに預かった訳だ。故障を放置すれば偉いことになる。愛奈(まな)などは、その典型的な被害者で、くそ暑さもあるが、夫婦間の故障以後、母さんの微妙なあやし加減が悪くなったせいか、泣く回数が目に見えて増えた。
「おいっ! 正也。お二人さん、語ってるぞ」
「語っておられますな…」
 大人言葉でじいちゃんに返したのだが、じいちゃんが指さす方向を観察すると、父さんと母さんが仲睦まじく笑いながら話しているのだった。きっかけは知らないが、どうやら両者の軋轢(あつれき)は瓦解(がかい)したようだ。
 こうしてみれば、時は最大の医者だと僕には分った。善悪どちらにも言えるみたいだけれど、記憶が薄れ、それが潤滑油の働きをするようだ。ふと、タマとポチを見遣ると、洗い場の日陰で冷気を浴びて眠っておられた。彼等にこういうトラブルはなく、終始仲がいい。猫と犬だから夫婦という訳にはいかないのだろうが、…まあ、いい具合だ。


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