夏の風景 水本爽涼
(第十六話) 衣装
タマがニャ~と美声で鳴いた。ふと見遣ると、ゆったりと居を移し、日射しが避けられる木蔭へと身を隠した。僕の前を横切ろうとしたとき、フゥ~! 暑くて堪(たま)りません…とでも言ったか言わずか、もう一度、ニャ~ときた。お前は衣装がいらないかわりに脱げないなあ…と少し気の毒に思った。ポチは夏パテぎみで、朝から洗い場の日蔭だ。僕達人間はこの暑い夏には薄着とかで調整する。じいちゃんなどは、そんなものはいらん! とばかりの上半身裸で、下もステテコ一枚で闊歩(かっぽ)している。お父さま、その格好は…と思っているに違いない母さんは、そうとも言えず、ただ険(けわ)しげな目線をじいちゃんに投げかけるだけで、ひと言も発しない。ただ、そのお鉢は父さんに回って、かなりの小言となって撥(は)ね返る。哀れなのは父さんだ。まるで十字架に磔(はりつけ)られたイエス・キリストさまのような存在なのだから、その哀れさは涙を誘う。じいちゃんと同じ格好で散々なお小言を頂戴するのだから、僕だったら逃げ出すだろうが、彼はどうしてどうして、すでにぶ厚くなった免疫の衣装を身に纏(まと)い、苦とも思わず聞き流す。だがその哀れさは見る者の心を悲しくさせる。そこへいくと愛奈(まな)はキューピッドで、蒸(む)れないよう、汗疹(あせも)にならないように…と、至れり尽くせりである。小難しく、名前までは覚えていないが、白い天花粉をパタパタ! と首筋とかに付けられて機嫌よく笑う顔を見ていると、僕まで機嫌よくなってくるから不思議だ。今日も幼児語で、※△□◎?#! とか言って小笑いした妹だが、母さん譲りの色白の美人衣装で生まれたのは幸いだった。父さん似だと…まあ、これは言うまい。その愛奈は、可愛い薄着の夏衣装である。僕は今年も半ズボンにランニングシャツ一枚で動き回っている。母さんといえば、いつもの上品っぽい衣装で、ホホホ…である。やはりPTA役員は違うなあ、と思えるのは僕だけではあるまい。
このように湧水家では、各人各様の衣装を身につけ、暑い夏を乗り切っている。