夏の風景☆特別編(2の1) 水本爽涼
特別編(2の1) 夕立ち
蝉しぐれの中を雑木林へ入り、クワガタを籠(かご)へ入れたとき、空が俄かにゴロゴロ! と鳴りだした。見上げれば斜め上方に入道雲が、『俺の夏だっ!』と言わんばかりに湧き上がっているのが見えた。それが次第に大きさを増し、全天を覆い尽くそうという勢いで広がっていった。こりゃ、ひと雨くるな…と僕は思った。愛奈(まな)のオギャ~! と同じで、こればかりはいつ降りだすか分からない。僕は虫捕りを中断し、家をめがけて一目散に駆けだした。雑木林は僕の庭のようなもので、決して迷うことはない。上手くしたもので、家の門を潜ったときパラパラ…と降りだし、次の瞬間、ザザザ…ときた。ポチが、『お帰り!』とばかりに尾を振って僕を見ていたが、簾(すだれ)のような雨脚(あまあし)を避けようと軒(のき)へ移動した。僕も丁度、軒へ入ったところだった。灰色の空に稲妻の閃光(せんこう)が鮮やかな線を描いてピカッ! と走り、しばらく遅れでズッド~~ン!! と雷鳴が轟(とどろ)いた。
「おお! きおったな!」
離れの窓ガラスを開けたじいちゃんが、さも友人を迎えるかのような笑顔でニタリ! と笑って言った。僕は、雷さんは友達なんだ…と思った。そういや、どちらも落雷する。もちろん、じいちゃんの場合は父さん専門だが、その鋭さは今、鳴っている雷に決して引けを取らない。いわば、同格なのである。雷と同格の人など、世間に、そうざらにいるとは思えなかった。
「正也! どうだ、捕れたか?」
「まあね…」
「そうか…。いつやらも言ったが、虫にも生活があるからな。ほど良いところで逃がしてやれよ!」
「うん!」
師匠の命令は絶対である。逆らうことなど許されよう筈(はず)がない。そんなことをすれば、刀掛けに置かれた刀でスッパリ! と斬られ、討ち首獄門、晒(さら)し首は免れないだろう。…まあ、そんなことはないだろうが…。
降り出した夕立ちは夜には止(や)み、涼しげな風が家の中を満たした。
「蒸してましたからねぇ~、これで、さっぱりしました…」
「ああ、まあな…」
縁台将棋を指しながら父さんがじいちゃんの顔を窺(うかが)う。じいちゃんも冷気で気分がいいのか、ジョッキのビールをグビリ! と、ひと飲みして呟(つぶや)いた。樹木や草花も生気を取り戻したようで、輝いて見えた。愛奈(まな)の夕立ちも母さんの乳を得て、今はバブバブへと回復した。いい具合だ。まあ、このお方には雷様も勝てないだろうが…と思いながら、僕はビールならぬ風呂上がりのジュースを堪能(たんのう)した。遠くで花火が揚がり始めた。某市の花火大会は僕の村からも見えるが、たぶんそれだろうと思えた。雷と花火、同じズド~~ン!でも、やはりこちらがいい。さっぱりした夏の夕立ちのあと味。…こちらは、僕の飲むジュースと、いい勝負に思える。