夏の風景 水本爽涼
(第十四話) 電気
世間では電力問題が、この夏も話題になっている。父さんは相変わらず家内で存在力不足が常態化している。じいちゃんは逆で、その偉大な禿げ頭を照からせ光り輝いている。僕と母さんは、まあまあで、そう目立った存在ではない。愛奈(まな)は存在力こそ小さいが、一家になくてはならない夜の灯りのような存在で、目に見えない雰囲気的な輝きを僕達に送ってくれている。
「まあ、節電はするしかないが、洗い場のお蔭で、うちは助かる…」
「そうだね…」
絶えることなく滾々(こんこん)と湧き出る洗い場に浸かる僕へ、じいちゃんが声をかけた。僕は当たり障りなく返した。じいちゃんも半身裸で丹念に身体を拭いていた。今年もタマとポチは洗い場近くの冷気に満ちた日陰だ。彼らは心地よく寛(くつろ)ぎながら横たわって眠る。父さんは母さんに小言を頂戴し、書斎の冷房を止められた。サウナ状態では中にいる訳にもいかず、彼は仕方なく団扇(うちわ)をバタバタ! と小忙しく扇ぎながら不機嫌に洗い場へ出てきた。自然の冷気だからお金もいらず、気温も5℃以上は低いだろう。浸かっている僕などは寒いくらいで、時折り上がっては、また浸かるを繰り返していた。
「原発騒ぎって、震災以降ですよね!」
「んっ? …そうだな。電力不足は各家庭の問題だけではないからなあ。町工場は、この夏、死活問題だ」
大人の小難しい話を二人は始めた。僕は黙って聞いていた。タマとポチは、五月蠅(うるさ)いですよ、とは言えず一端、薄目を開けたが、ああ、このお人達か…と諦(あきら)めたようで、ふたたび目を閉じた。そういや学校で担任の丘本先生が、そのことを言っていたなあ…と、僕は思いだした。電力不足はお年寄りにも深刻で、亡くなられる方が増える可能性もある…と、先生は付け加えた。よく考えれば、これだけ進歩した現代社会で電気なしの生活は不可能に近い。いつのまにか、人は人力以上に電気や機械に頼るようになったんだ…と思えた。愛奈だけは、そんな世俗の汚(けが)れに関係なく、特別待遇でスヤスヤ眠っている。羨(うらや)ましい限りだ。