春の風景☆特別編(2の1) 水本爽涼
特別編(2の1) 法事
「いやあ、どうも…」
なにが、どうもなのか知らないが、朝の九時過ぎ、賞金寺の和尚(おしょう)さんが我が家を訪れた。じいちゃんの話によれば、ばあちゃんの法事らしい。
「態々(わざわざ)、痛み入ります。さあ! どうぞ、お上がり下さいまし」
母さんに付いて玄関へ出ると、馴れた物言いで母さんが和尚さんを導いた。和尚さんは軽くお辞儀すると、さも当然のようにスタスタと上がった。かなり場馴れしてるな…と、僕は思った。
母さんが案内した仏間には、すでに座布団が敷かれてあり、和尚さんはそこへ、どっかりと腰を下ろした。
「早いものですな…」
じいちゃんが入ってきたのを見た和尚さんは先手を打って、じいちゃんの語る出鼻を挫(くじ)いた。じいちゃんは挨拶しよう…と思っていた矢先だったから、ウッ! と言葉に詰まった。師匠にしては手抜かりだな…と思えた。
「…あっ! いやいや。そうでございます。もう、三十三回忌で…」
「次は私は寄せて戴けませんがな。ははは…、飛びます」
どこへ飛ぶんだ? と思ったのだが、なんでも、三十三回忌のあとは百回忌とかまで飛ぶらしい。もちろん、じいちゃんの解説によって知った話である。
母さんがお茶を淹(い)れて出し、しばらくして法事が始まった。ばあちゃん方の親戚(しんせき)は代も変わり遠方のため案内状を出していなかったから、僕を含め湧水家の五人と二匹の出席のみだった。ただ、この中で和尚さんと直接、出会ったのは僕を含めて四人のみで、愛奈(まな)とタマ、ポチは、いわばエキストラ程度の出演だった。
「?△※∞~~◎○△▽$~~」
和尚さんは訳の分からない日本語を唱え始めたが、退席する訳にもいかず、僕はつまらなく退屈に聞いていた。遠くのポチやタマは目を閉ざしていた。…いや、寝ていた。よく見ると仏壇には、ばあちゃんのお位牌が安置されている。じいちゃんの話では我が家は湧水家の分家筋で、じいちゃんの兄君(あにぎみ)が湧水家を継いで家督を守っているのだという。それを聞き、井伊直政公の家来筋というじいちゃん得意の講談も合点できたし、仏壇にばあちゃんのみの位牌という疑問も消え去った。
お経も有難いところらしく、クライマックスへと進んできたとき突如、オギャ~~! と愛奈がきた。母さんは慌てて立つと小走りに仏間を出ていった。和尚さんは、完全に一本取られた形で、お経は一端、止まったが、そこはそれ、プロの意地がある。なんとか体裁(ていさい)を整えようと、「オホン! では…」とか言って、ふたたび続きを唱え始めた。じいちゃんは、ニタリ! とした。挨拶の出鼻を挫かれた借りを愛奈が見事に返したからだ。
その後は何事もなく、お経は無事に終了した。その頃合いを見計らったかのように、母さんがお茶とお茶菓子、お布施を和尚さんの前へと運んだ。
「左様でございますか、では…」
馴れた所作で和尚さんは母さんが出したお礼のお布施をスゥ~っと滑(なめ)らかに袂(たもと)へ納(おさ)めた。それも、さも当然とばかりに、だった。ああ、だから賞金寺か…と思えた。そして料理で一杯飲みとなった。もちろん僕はアルコールではなくジュースだった。
和尚さんが帰ったあと、気疲れしたじいちゃん、父さんはグデ~ンと横になり、赤ら顔で眠っていた。どこか、タマやポチと同類に見えた。