水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

夏の風景 (第十二話) 哀れ

2013年09月15日 00時00分00秒 | #小説

        夏の風景       水本爽涼

    (第十二話) 哀れ         

「おいっ! これはもう、いらないんじゃないかっ!?」
 夏季休暇で会社休みの父さんが珍しく物置を片づけ始めた。多少、威張っての物言いは、普段、しいたげられた鬱憤を晴らすかのようであった。止まった手の前には古びた扇風機の箱があった。
「いいから、それは。そのまま仕舞っておいて! リサイクル法で電気モノの引き取りはお金がかかるんだから…」
 母さんは愛奈(まな)を抱いて、あやしながら、そう言った。
「そうだったな…。正也、そっちの隅へ置いといてくれ!」
 僕は父さんの助手で手伝っていた。そこへ畑の作業を早めに切り上げたじいちゃんが戻ってきた。顔は少し赤ら顔で、身体からは湯気がフワ~っと立ち昇っていた。数分前に洗い場で身体を拭いたのだと言う。それが強烈な直射日光で蒸散し、湧き昇った訳だ。まるで茹(ゆ)で蛸だな…とは思えたが、毎度のことで師匠にそのようなことが言える訳もない。僕は黙々と父さんが言った扇風機の箱を元の場所へ収納した。
「おお! 正也殿も手伝い召されるか。それは重畳(ちょうじょう)!」
 じいちゃんの口から久しぶりにお武家言葉が飛び出した。
「お義父さま、今、お茶にしますから…。あなたも切りをつけて! 正也も!」
 僕は母さんによってお菓子のオマケのように呼ばれた。
「は~~い!」
 そんなことは根に持たず、愛想よい返事で僕は大物ぶりを発揮した。
 十五分ばかり後、僕達はワイワイと茶の間で憩(いこ)っていた。愛奈だけは母さんにあやされて、時折り笑顔を見せて色どりを添えるだけだったが、これがどうしてどうして、なかなの隠し味で、場の雰囲気を和らげる一抹の清涼剤の役割を果たしたのだから大したものだ。この感性は聡明な僕だけが気づいた? ものかどうかは分からない。そう思いながら愛奈を見遣(や)ると偶然、目線が合ってしまった。愛奈が笑ったので僕も笑顔になった。
「人間もアアはなりたくないな…」
 父さんは隅へ戻された哀れな扇風機のことを口にした。
「お前も注意せんとな…」
 藪から棒で、じいちゃんに斬り返された父さんは沈黙して萎縮した。


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