春の風景 水本爽涼
(第十七話)
「もうそろそろ切った方がよかないか?」
「そうね…そうするわ」
愛奈(まな)が生まれて半年以上が過ぎたが、夏の暑さが残るある日、こんな会話が僕の子供部屋へ飛び込んできた。父さんと母さんの会話である。日曜日の早朝、じいちゃんとの剣道の朝稽古、ポチの散歩、タマとポチへの餌やり・・などを終えた僕が、食事も済んでほっこり一息し、子供部屋の椅子へ座った直後だった。何の話だ・・と気になりだしたら勉強など手につくはずがない。僕はすぐに椅子から立ち、居間へとUターンした。居間へ入ろうとしたとき、来なくてもいいのに、じいちゃんが離れからやって来た。来なくてもいいのに・・というのは、父さんとじいちゃんが出会うと、すぐショートして発火しやすいからだ。結局、僕とじいちゃんは二人同時に居間へ入ったのだが、その居間では、ひとつの珍事が始まっていた。母さんが愛奈の髪の毛を切り出していたのである。
「モミアゲが顔に張りついてるからな…」
父さんは鋏片手の母さんの隣で覗き込んでいる。母さんは邪魔だから…と思っているのだろうが、手元が狂うと危ないと考えたのか考えなかったのかは知らないが、ともかく何も言わず、黙々と愛奈の髪を切り揃えていた。
「ほう…初散髪ですか」
「はい!」
じいちゃんをチラ見した母さんは、これは返事しないと…と、ばかりにひと声、発した。まあ、それはそれでよかったのだが、しばらくすると愛奈の頭がモヒカン状になってきた。いわゆる、ニワトリのトサカ状である。父さんは、ニヤニヤと笑いだした。
「なによ!?」
面白くないのは作業をする母さんである。
「こういうのは、俺の方が上手いな」
「じゃあ、やってよ」
この光景を目にしたじいちゃんは、触らぬ神に祟(たた)りなし・・とばかりに台所へ入ると食卓テーブルへ座り、テレビのリモコンをONにした。僕は居間の応接セットに座って新聞を読む振りをしながらチラ見を続けた。やがて、父さんの修復作業が終わったのか、母さんは切った髪の毛の後処理を始めた。父さんは鋏を離し、書斎から小走りで持ってきたデジカメを手に愛奈の写真を撮りだした。
「タイトルはニワトリ1号・・いや、ヒヨコ1号だな」
「なによ、それ?」
迷惑で母さんが言った。しかし、よく考えれば一番迷惑なのは妹の愛奈のはずなのである。それを知ってか知らずか、彼女は可愛く笑うばかりだった