夏の風景 水本爽涼
(第十一話) 梅雨明け
今年も夏がやってきた。冬と違い、木枯らしを吹かせて『こんちわっ!』とは言わなかったのには、やはり我が家の状況が去年と変化していたことが挙げられるだろう。ジメジメした梅雨が明いて真夏特有のムゥ~っとした熱気が辺りを覆い始めたのだが、『おやっ? どうしたの?』と夏は怯(ひる)んで、また遠退いてしまった。夏が妹の愛奈(まな)を見て怯んだのかどうかは疑わしいが、ともかく湧水家の家族は去年の夏と比べて確実に増えていた訳だ。で?、ふたたび梅雨へと逆もどりし、気象庁は謝罪して梅雨明け宣言を慌てて取り消した。いや、正確にいえば気象庁にもそれなりのメンツがあり、梅雨は明けていなかったようだ、と暈したのだが…。
「なんだ! 夏だと思っとったら違うのか…。気象庁も当てにならんな」
じいちゃんが台所の食卓テーブルで茶を啜りながらポツリと言った。
「今年は異常気象だそうですから、予測が狂ったんでしょう」
父さんがじいちゃんの斜め向かいの席から返した。
「そんなことは分かっとる! それを予測するのが商売の気象庁だろうが」
「ええ、それはまあ、そうなんですが…」
青菜に塩で、父さんはすぐ萎えた。そこへ母さんが愛奈を寝かしつけて戻ってきた。
「あの子は寝つきがいいから助かりますわ」
「そうそう、最近は夜泣きも減ったしな」
僕の妹なんだから当然、出来がいい訳で、あなたとは違うよ、とばかりに父さんを遠目に見た。僕は居間の長椅子で新聞を読んでいた。
「手がかからないのは、いいことです。そこへいくと、お前は手がかかったなあ~。ばあさんが往生しとったわい、わっはっはっはっはっ…」
とんだトバッチリで父さんは大火傷(やけど}を負った。萎えた青菜が、油でさらに炒められたようなものだ。その哀れな姿を見るに忍びず、僕は子供部屋へスゥ~っと消えた。
結局、梅雨は宣言取り消しの三日後にふたたび明いたのだが、気象庁は懲りたのかプライドが傷つくのを恐れたのかは知らないが、完全無視した。今度こそ本当に夏がやってきたようだ。『事情が分かりましたよ。ご家族が増えたんですね。おめでとうございます!』とばかりで、気温は高いながらも湿気が低いサッパリしたいい心地の天候が訪れた。