水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

夏の風景 (第十一話) 梅雨明け

2013年09月14日 00時00分10秒 | #小説

        夏の風景       水本爽涼

    (第十一話) 梅雨明け         

 今年も夏がやってきた。冬と違い、木枯らしを吹かせて『こんちわっ!』とは言わなかったのには、やはり我が家の状況が去年と変化していたことが挙げられるだろう。ジメジメした梅雨が明いて真夏特有のムゥ~っとした熱気が辺りを覆い始めたのだが、『おやっ? どうしたの?』と夏は怯(ひる)んで、また遠退いてしまった。夏が妹の愛奈(まな)を見て怯んだのかどうかは疑わしいが、ともかく湧水家の家族は去年の夏と比べて確実に増えていた訳だ。で?、ふたたび梅雨へと逆もどりし、気象庁は謝罪して梅雨明け宣言を慌てて取り消した。いや、正確にいえば気象庁にもそれなりのメンツがあり、梅雨は明けていなかったようだ、と暈したのだが…。
「なんだ! 夏だと思っとったら違うのか…。気象庁も当てにならんな」
 じいちゃんが台所の食卓テーブルで茶を啜りながらポツリと言った。
「今年は異常気象だそうですから、予測が狂ったんでしょう」
 父さんがじいちゃんの斜め向かいの席から返した。
「そんなことは分かっとる! それを予測するのが商売の気象庁だろうが」
「ええ、それはまあ、そうなんですが…」
 青菜に塩で、父さんはすぐ萎えた。そこへ母さんが愛奈を寝かしつけて戻ってきた。
「あの子は寝つきがいいから助かりますわ」
「そうそう、最近は夜泣きも減ったしな」
 僕の妹なんだから当然、出来がいい訳で、あなたとは違うよ、とばかりに父さんを遠目に見た。僕は居間の長椅子で新聞を読んでいた。
「手がかからないのは、いいことです。そこへいくと、お前は手がかかったなあ~。ばあさんが往生しとったわい、わっはっはっはっはっ…」
 とんだトバッチリで父さんは大火傷(やけど}を負った。萎えた青菜が、油でさらに炒められたようなものだ。その哀れな姿を見るに忍びず、僕は子供部屋へスゥ~っと消えた。
 結局、梅雨は宣言取り消しの三日後にふたたび明いたのだが、気象庁は懲りたのかプライドが傷つくのを恐れたのかは知らないが、完全無視した。今度こそ本当に夏がやってきたようだ。『事情が分かりましたよ。ご家族が増えたんですね。おめでとうございます!』とばかりで、気温は高いながらも湿気が低いサッパリしたいい心地の天候が訪れた。


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夏の風景 (第十話) 昆虫採集

2013年09月14日 00時00分09秒 | #小説

      夏の風景       水本爽涼

    (第十話) 昆虫採集       

 まだ当分は残暑が続きそうだ。でも、僕はめげずに頑張っている。夏休みも残り少ない。
 昼過ぎ、いつもの昼寝の時間がきた。この時間は、決して両親や、じいちゃんに強制されたものではない。自然と僕の習慣となり、小さい頃から慣れのように続いてきた。この夏に限って考えれば、じいちゃんの部屋だから、我慢大会の様相を呈している。今日は、どういう訳か、じいちゃんの小言や団扇(うちわ)のバタバタがなかったから、割合、よく眠れた。
 四時前に目覚めた僕は、朝から計画していたクワガタ採集をしようと外へ出た。母さんが出る間際に、熱中症に気をつけなさい、と諄(くど)く云ったが、僕は常備の水筒を首にぶら下げ、聞いたふりをして、一目散に飛び出した。
 虫の居場所は数年前から大よそ分かっていた。雑木林の中に数本の胡桃(くるみ)の木があり、その中の一本の幹が半ば朽ちている。そこに、クワガタ達は屯(たむろ)しているのだ。夜に懐中電灯を照らし採集するのが最も効率がいいのだが、日中も薄暗い雑木林だから、昼の今頃でも大丈夫だろうと判断していた。
 僕が胡桃の木を眺めながらクワガタを探していると、ザワザワと人の気配がした。驚いて振り返ると、じいちゃんが笑顔で立っていた。手には某メーカーの虫除けを持っている。
「じいちゃんか…。びっくりしたよぉ」と云うと、「ハハハ…驚いたか。いや、悪い悪い。母さんが虫除け忘れたからとな、云ったんで、後(あと)を追って持ってきてやった。ホレ、これ」
 じいちゃんは、僕の首に外出用の虫除け(某メーカー製)を掛けてくれた。
「どうだ…、いそうか?」
「ほら、あそこに二匹いるだろ」と、僕が指で示すと、「いるいる…。わしも小さい頃は、よく採ったもんだ」と昔話を始めた。じいちゃんには悪いが、付き合っている訳にもいかないから、僕は行動した。静かに胡桃の木へ近づくと、やんわりと虫を掴んだ。そして、虫を籠の中へポイッと入れた。
「正也、その朽ちた木端(こっぱ)も取って入れな。そうそう…その蜜が出てるとこだ」
 僕は、じいちゃんの云うまま、木端も虫篭へ入れた。蝉しぐれが五月蝿いが、採集を終えた後だから、何となく小気味よく響く。
 帰り道、じいちゃんが僕に云った。
「なあ正也、虫にも生活はある。お前だって、全く知らん所へポイッと遣られたらどうする。嫌だろ? だからな、採ったら大事に飼ってやれ。飼う気がなくなったら元へ戻せ」
 じいちゃんの云うことは的(まと)を得ている。
 夕飯を四人が囲んだとき、その話がでた。
「正也も、なかなかやるぞぉ~」と、じいちゃんが持ち上げる。「そうでしたか…」と、父さんは笑う。「お前の子供の頃より増しだ」と、じいちゃんが云う。父さんは返せず、口を噤(つぐ)んで下を向いた。
こうして、僕の夏は終わろうとしていた。


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夏の風景 (第九話) ナス

2013年09月14日 00時00分08秒 | #小説

      夏の風景       水本爽涼

    (第九話) ナス       

 前にも云ったと思うが、僕はじいちゃんの部屋での昼寝を余儀なくされている。その訳は、今、家の母屋は改造中なのだ。今でいうリフォームってやつで、それを請負った同じ町内に住む大工の留吉さんが、四六時中、出入りしている。勿論、原因は改造中のために寝られないのだが、まあ、寝られたとしても、工事の騒音で安眠はできない筈だ。僕の家は昔に建てられた平屋家屋だから、まず母屋のどの場所に寝ても、騒音は防ぎようがない。そんなことで、別棟の離れで昼寝となった訳だが、じいちゃんが扇風機やクーラーを使わないものだから、大層、迷惑していた。
 今朝も、父さんが勤めに出て暫(しばら)くすると、大工の留吉さんが元気に家へやってきた。
「今日も暑くなりそうですなぁ、奥さん」
「…ええ。倒れるくらい暑いから困るわ…」
「ほんとに…。我々、職人泣かせですよ、この暑さは…」と、留吉さんは、もう仕事に取りかかり始めた。毎度のことだから、母さんも気にしなくなっている。
「ここへお茶、置いときますから…」
「いつも、すいませんなぁ…」
「あと、どのくらいかかりますの?」
「そうですなぁ…。まあ秋小口には仕上げるつもりでおりますが…」
「そうですか…。なにぶん、よろしく…」と、頭を下げて、母さんは台所へと行った。
「正ちゃん、ほうれ…、この木屑をやろう。何か作りな」
「どうも、ありがとう…」
 僕は渡された木屑を大事そうに持つと、これを工作に使おう…と思いながら走り去った。
 台所へ行くと、じいちゃんが汗をタオルで拭いながら、「未知子さん、今年もほら、こんなに成績がいい…」と、収穫したてのトマト、ナス、キュウリなどを自慢げに見せていた。
「お義父さま、助かりますわ。最近はお野菜も結構しますから…」と、おべっかなのかどうか分からないが、母さん風に上手くあしらった。加えて、「正也、勉強しなきゃ駄目でしょ」と、僕へ注文をつけることも忘れない。
「そうだぞ正也。こういうふうに、いい成績をな、ワハハ…」と紫色にツヤツヤ光るナスを片手で示しながら、じいちゃんは賑やかに笑った。じいちゃんの頭とナスの光沢がよく似ている…、と僕は束の間、思った。
「それにしても、某メーカーの虫除けは、よく効くなあ。全然、刺されなかった…」と呟きながら、じいちゃんは離れへ去った。
 台所には、じいちゃんの頭ナスが、たくさんあり、僕を見ていた。


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夏の風景 (第八話) 西瓜[すいか]

2013年09月14日 00時00分07秒 | #小説

      夏の風景       水本爽涼

    (第八話) 西瓜[すいか]       

「おお…上手い具合に、よお冷えとる…」
 じいちゃんは、僕の家に昔からある湧き水の洗い場へ西瓜を浸けておいた。それは朝らしく、猛暑の昼下がりの今だから、よく冷えていた訳だ。僕は昼間、その洗い場で水遊びをするのが日課となっている。というのも、前にも云った筈だが、これからじいちゃんの離れで昼寝をしなければならないからだ。別にどこだって寝られるじゃないか…と思うだろうが、じいちゃんの離れへ行かなければならないのには、それなりの理由がある。それは、後日、語ることにしよう。で、そうなると、じいちゃんは電気モノを嫌うから、体を充分に冷やしておかないと眠れない訳だ。そこで、昼寝前の水遊びが日課となった…とまあ、そういうことだ。じいちゃんは夏に汗を掻くのが健康の秘訣だと信じている節がある。汗を掻いて西瓜を頬張る…これが、じいちゃんの健康法なのだろう。
「おい、正也。お前も食べるな?」
「うん!」とだけ愛想をふり撒いて、僕は洗い場から上がった。この湧き水は、いったいどこから湧き出てくるのだろう…と、いつも僕は不思議に思っている。知ってる限り、枯れたことはなく、滾々(こんこん)と湧き続けている。
 家へ入ると、じいちゃんは賑やかに西瓜を割った。力の入れ加減が絶妙で、エィ! っと、凄まじい声を出して切り割った。流石に剣道の猛者(もさ)だけのことはある…と思った。
「父さん、私は一切れだけでいいですよ…」と、遠慮ぎみに父さんが云った。
「ふん! 情けない奴だ。男なら最低、三切れぐらいはガブッといけ!」
 じいちゃんは包丁を持ったまま御機嫌が斜めだ。弾みでスッパリ切られては困るが、その危険性も孕む。
「お義父さま、塩とお皿、ここへ置きますよ」
 母さんも遠慮ぎみである。
「未知子さん、あんたも、たんと食べなさい」
母さんは逆らわず、笑って首を縦に振った。
 それから四人で西瓜を食べたのだが、これにも逸話がある。父さんは上品に頬張ったのだが、じいちゃんの食いっぷりは、これまた凄まじかった。僅(わず)か四、五口で一切れなのだ。三人は食べるのも忘れ、呆気にとられてじいちゃんを見るばかりだった。
「恭一、お前が買ってきた某メーカーのアレな。アレは実にいい、よく眠れる…」
「お父さんは電気モノがお嫌いでしたよね? 確か…」と暗に殺虫器は電気式だと強調する。
「お前は…また、そういうことを云う。いいモノは、いいんだ!」
 じいちゃんも現金なもんだ…と僕は思った。
 猛暑日は、今日で四日も続いている。


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夏の風景 (第七話) カラス

2013年09月14日 00時00分06秒 | #小説

      夏の風景       水本爽涼

    (第七話) カラス         

 今朝は母さんの機嫌が悪かった。その原因を説明すれば長くなるので簡略化して云うと、全てはカラスに、その原因が由来する。
 早朝、いつものように母さんは、生ゴミを出しにゴミの搬出場所へと向かった。丁度、僕がラジオ体操から帰ってきたところで、入口ですれ違った。そのときの母さんは、普段と別に変わらなかった。しかし、戻って玄関を上がって以降の母さんは、様相が一変していた。それに、何やらブツブツ云っている。耳を澄ますと、「ほんと、嫌になっちゃう」と小声で吐いている。続けて聴いていると、「誰があんなに散らかすのかしら…」とか、不平を漏らす。思い切って、僕は訊ねてみた。
「母さん、どうしたの?」
 格好の獲物が見つかったという目つきで、母さんは僕を見据えた。
「正也、ちょっと聞いてよっ!」
 僕は、いったいなんだよぉ…と、不安になった。一部始終を云えば、これも長くなるから簡略化すると、要はゴミの散乱が原因らしい。
「未知子さん、飯はまだかな…」と、そこへ、じいちゃんが離れからやってきた。「はい、今すぐ…」と、母さんの鼻息は弱くなった。いや、それは納まったという性質のものではなく、内に籠ったと表現した方がいいだろう。
 父さんは勤めに出るので小忙しくネクタイを締めながら食卓へと現れた。そして、いつもの変わらない朝食が始まったのだが…。
「あなた、いったい誰なのかしら?」
「ん? 何のことだ?」と、父さんは見当もつかない。じいちゃんも、珍しく箸を止めた。
「いえね…、ゴミ出しに行ったら散らかし放題でさぁ、アレ、なんとかならないの?」
「ああ…ゴミか。ありゃ、カラスの仕業さ。今のところは、どうしようもない。その内、行政の方でなんとかするだろう」
「それまで我慢しろって云うの?」
「仕方ないだろ、相手がカラスなんだから」
 そこへ、じいちゃんがひと声、挿んだ。
「おふた方、まあまあ。…なあ、未知子さん。カラスだって生活があるんだ。悪さをしようと、やってるんじゃないぞ。熊野辺りでは、カラスを神の使いとして崇めると聞く。まあ、見なかったことにしなさい。それが一番」
 じいちゃんにしては上手いこと云うなぁ、と思った。でも、散らかる夏の生ゴミは臭い。
「蚊に刺されて痒い思いをするのに比べりゃ、増しさ」と、父さんも援護射撃して笑った。
「あっ、恭一、いいこと云った。頼んどいた某メーカーの殺虫剤、忘れるなよ」
「分かってますよ、父さん…」
 薮蛇になってしまったと、父さんは萎縮してテンションを下げた。


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夏の風景 (第六話) 肩叩き

2013年09月14日 00時00分05秒 | #小説

      夏の風景       水本爽涼

    (第六話) 肩叩き         

 じいちゃんが珍しく肩をさすっている。じっと見ていると、今度は首を右や左に振り始めた。縁台に座るじいちゃんと庭の風情が、実によくマッチしていて、哀愁を感じさせる。母さんに云われた打ち水を終えた僕は、じいちゃんへ徐(おもむろ)に近づいた。
「じいちゃん、肩を叩いてやろうか?」
「ん? ああ…正也か。ひとつ頼むとするかな。ハハハ…わしも歳だな」
 気丈なじいちゃんの声が幾らか小さかった。
 じいちゃんの後ろに回って僕が肩を叩き始めると、「ん…よく効く…効く」と、じいちゃんは気持よさそうに云った。暫(しばら)く叩いていると、「すまんが今度は軽く揉んでくれ」と注文が入った。僕はじいちゃんに云われるまま、揉みへと動作を移行した。
「ああ…、うぅ…。お前、上手いなぁ…」
 僕の下心を既に見抜いているなら、じいちゃんは大物に違いない。少し褒めておき、恐らく住んだ後に要求されるであろうコトを、最小限に食い止めようとしている。いや、勿論これは僕の推測であり、じいちゃんは素直な気持で褒めたのかも知れないのだが…。僕には本当のところ、ちょっぴり下心があった。最近、流行り始めた玩具を欲しかったので、じいちゃんに買って貰おうと思ったのだ。その潜在意識が、『じいちゃんの肩を…』と、命じたのかも知れない。
 ひと通り終えた頃、「え~正也、何か欲しい物でもあるのか?」と、じいちゃんの方から仕掛けてきた。これには参った。
「うん、まあ…」と、僕は防戦に回って暈したが、猛者(もさ)は追及の手を緩めない。
「男らしくはっきり云え。買ってやるから」
 僕は遂に本心を露(あらわ)にして、玩具が欲しいと云った。すると、じいちゃんは、「明日でも一緒に店へ行ってみるか…」と至極、簡単に了解してくれた。
「ほんと?」
 念を押すと、「武士に二言はない!」と、なにやら古めかしい云い方をした。
「夕飯ですよ~、お義父さま」
 廊下のガラス戸を開け、母さんが呼んだ。
「正也も早く手を洗いなさい」
 そう云うと、すぐに母さんは引っ込んだ。
「さあ飯だ、飯だ」と、じいちゃんは縁台を勢いよく立った。その時、じいちゃんの頭に一匹の蚊が止まった。
「コイツ!」と、じいちゃんは自分の頭をピシャリと叩いた。僕は光る蛸の頭をじっと見ていた。蚊はスゥ~っと飛び去った。
「某メーカーの殺虫剤を撒かないと、このザマだ、ハハハ…」と、じいちゃんは声高に笑った。
 夕陽とじいちゃんの頭が、輝いて眩(まぶ)しかった。


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夏の風景 (第五話) アイス・キャンデー事件

2013年09月14日 00時00分04秒 | #小説

      夏の風景       水本爽涼

    (第五話) アイス・キャンデー事件         

 今日は朝から気温がグングン昇り、昼過ぎには、なんと36度を突破した。いつもは気丈なじいちゃんでさえ、流石に萎えている。
「地球温暖化だなぁ…。わしらの子供の頃にゃ考えられん暑さだ。ふぅ~、暑い暑い…」
 隣で昼寝をしていた僕は、じいちゃんのひとり言に、安眠を妨害され目覚めた。声がした方へ寝た状態で首を振ると、じいちゃんは団扇(うちわ)をパタパタやっている。別にクーラーや扇風機がない訳ではない。じいちゃんが嫌いなので、僕はいい迷惑を蒙っている。
「こりゃかなわん。水を浴びるか…。真夏日、いや、猛暑日だとかテレビが云っとったな」
 また、ひとり言を口にして、じいちゃんはヨッコラショと立ち上がった。そして一瞬、僕の寝姿を見た。目と目が偶然、合った。
「なんだぁ正也、寝てなかったのか?」
 そんなことを云われても、暑さに加えて団扇パタパタ小言ブツブツでは、眠れる方が怪しい。
「じいちゃん、冷蔵庫にアイス・キャンデーがあるよ。朝、二本買っといたから、一本やるよ」
「ほう…気前がいいな。正也は金持ちだ…。じゃあ、水を浴びてから戴くとするかな」
 僕の方を笑い見て、じいちゃんはそう云うと浴室の方へ歩いて消えた。
 暫(しばら)くして、僕が眠りかけた頃、シャワーを終えたじいちゃんが、また戻ってきた。
「おい、正也。キャンデー一本しかなかったぞ」「そんなことないよ、ちゃんと買っておいたんだから」「いや、確かになかった…」
 押し問答をすれば暑いのが益々、暑くなる。僕は跳ね起きて、冷蔵庫へと走った。
 じいちゃんの言ったことは間違ってはいなかった。僕は云った手前、仕方ないな…と諦めて、残りの一本をじいちゃんにやった。
 消えたアイス・キャンデー、犯人は誰なのか…、僕は刑事として捜査を開始した。
 夕方、呆気なく犯人が判明した。
「なんだぁ、食っちゃいけなかったのか? つい、手が出たんだが…。すまんな」
 犯人は父さんだった。今日は日曜で、父さんは遣り残しの仕事があったので、一日中、書斎へ籠りパソコンと格闘していたのだ。僕は、まず母さんを疑っていた。あとは母さんだけだと思い、父さんの存在を忘れていたのだから、まあ、父さんもその程度だ。
 夕食を囲んで、その話題で笑いあった。
「ハハハ…、今回は父さんが悪かったな。しかし正也、買った食い物は早く食べんとな」
「そうだな、それは父さんの云う通りだぞ、正也」と、じいちゃんも笑い、機嫌がいい。
「今日はゴキブリ出ないわねぇ…」と、母さんが突然、口を動かした。
「そりゃそうさ。某メーカーのボックスを昨日、仕掛けたからなぁ」と父さんが自慢げに解説した。
 罠にかかったゴキブリが、馬鹿馬鹿しい…と云った(コレは想像…)。


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夏の風景 (第四話) 花火大会

2013年09月14日 00時00分03秒 | #小説

      夏の風景       水本爽涼

    (第四話) 花火大会         

 僕の家では毎年、恒例の小さな花火大会が催される。とは云っても、これは飽くまでも僕がそう思っているだけの、どこの家でも出来る程度の小規模なものなのだが…。
「正也、今日は例の大会だなぁ、ハハハ…」
 じいちゃんは賑やかに笑って、自分で淹れた茶を一気に飲み干した。
「じいちゃん、花火は買ってくれたの?」と訊ねると、
「ん? いやぁ…未知子さんが買うと云ってたからな…」
 じいちゃんは急に温和(おとな)しくなった。
 花火を買ってくるのは、父さんの場合もあり、母さんになるときもあった。じいちゃんも買ってくれたことがあったとは思うが、僕の記憶では一度こっきりだった。僕も、なけなしの小遣いをはたいて、本の僅(わず)かばかり買い足し、毎年の花火大会を楽しむのが常だった。
 勤めに出る前の父さんに今日の大会の開催を告げると、「そうだったな…。じゃあ、早く帰る」と、無愛想にOKしてくれた。
 大会の夕暮れとなった。毎年、開始は夕飯後の八時頃だった。僕は昼間に近くの玩具屋でお気に入りの花火を少し買っておいた。そして何事もなく夕飯も済み、いよいよ八時近くになった。
「えっ! 今日だった? 明日だと思ってたから買ってないの」
 云ってたのに! と、一瞬だか僕は母さんを怨んだ。そして、グスンと少し涙した。運悪く、その僕をじいちゃんが見ていた。
「正也! 男が、これくらいのことでメソメソするんじゃない!」と、顔を赤くして、じいちゃんは僕を叱った。涙ぐんだ目を擦ると、僕の前には怒った茹で蛸が立っていた。しかし、その蛸はすぐにグデンと柔らかくなった。
「まあ、いいじゃないか、今日でなくても」と、じいちゃん蛸は僕を宥(なだ)めにかかった。
 そこへ父さんが蕭々と現れた。
「フフフ…、正也も、まだ子供だな」と父さんは少しニヤリとした。云われなくたって僕は子供さ、と思った。
「お父さん、こういうこともあろうかと、ほら、今年は私が買っておきましたよ」
「おぉ…珍しく気が利くな、お前」と、じいちゃんが褒めると、父さんは調子に乗って、「ついでに、コレも買っときました」と、さも自慢げに、某メーカーの殺虫剤を袋から取り出して、じいちゃんに見せた。
「ああ…コレなぁ。切れたとこだったんだ」
 じいちゃんは顔中に歓びを露(あらわ)にした。
 暫(しばら)く経つと、暗闇の庭には綺麗な花火の乱舞が広がり、四人の心を癒していった。
 でも、じいちゃんは半分、ウトウトしていた。

 


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夏の風景 (第三話) 疑惑

2013年09月14日 00時00分02秒 | #小説

      夏の風景       水本爽涼

    (第三話) 疑惑         

 夏休みは僕たち子供に与えられた長期の休暇である。ただ、多くの宿題を熟(こな)さねばならないから、大人が云うバカンスとは異質のものだ、と解釈している。
 今日の絵日記には、父さんと母さんの他愛もない喧嘩の様子を描いた。まあ、個人情報保護の観点から、詳細な内容までは書かなかったのだが、僕としても、先生に知られたくなかった…ということもある。
 その経緯を辿れば、既に三日ほど前に前兆らしき異変は起きていた。
「ふぅ~、今日も暑かったな…」
 玄関の戸がガラッと開いて、父さんは誰に云うでもなく呟くと、靴を乱雑に脱いで上がった。僕は偶然、野球から帰ったところで、父さんと玄関で出食わした。
「ほぉ~、正也も随分、焼けたなぁ!」
 父さんは僕を見て、珍しくニコリと笑った。
「今月は俺の番だったな、助かる助かる…」と、その後は僕に目もくれず、ネクタイを緩めながら足早に奥へと消えた。帰ったのは僕の方が早かったのに、逆転された格好だ。
 僕が居間へ入ると、父さんは乱雑に衣類を脱ぎ散らかして浴室へと消えていた。
「あらまあ、こんなに散らかして…。ほんとに困った人ねぇ」
 母さんが父さんの衣類を片づけだした時だった。その詳細を僕も見ていた。一枚の名刺らしきものが、脱がれたズボンの横に落ちていた。その紙片がどういうものなのかは子供の僕には分からないが、どうも二人の関係を阻害する良からぬもののようだった。それは、風呂から上がった父さんに、「あなた、コレ、なによ!」と、母さんが怒りを露(あらわ)にして訊ねたから推測できたことなのだが…。
「ん? いやぁ…」と濁して、父さんは僕の顔を見た。子供の前では、詳細を披瀝できなかったのだろう。母さんも、僕がいたから疑惑を追及しなかったようだ。その後、夫婦の間にどういう会話の遣り取りがあったか迄は定かでない。
 そして三日が経った今も、二人の会話は途絶している。息子の僕を心配させるんだから、余りいい親じゃないように思う。
「正也~、すまんがな…わしの部屋へコレをセットしといてくれ」
 じいちゃんが急に現れ、某メーカーの蚊取り線香を絵日記を書き終えた僕に手渡した。
「じいちゃん、電気式の方がいいよ」
「それは、わしも知っとる。だが、こいつの方がいいんだ」と、笑った。そして、「父さんと母さん、その後はどうなんだ?」と、徐(おもむろ)に訊ねた。
 僕はスパイじゃないぞ…と思った。

 


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夏の風景 (第二話)  馬鹿騒ぎ 

2013年09月14日 00時00分01秒 | #小説

       夏の風景       水本爽涼

    (第二話)馬鹿騒ぎ         

 ミィーン…ミンミンミン…、ジージーと蝉が唄っている。それも暗いうちからだから、寝坊の僕だって流石に目覚める。それに五時頃ともなれば冬とは違って外は明るいから尚更だ。それでも、じいちゃんの早起きには勝てっこない。今朝も僕が起きだしたときには、庭で、「エィ! ヤァー」と竹刀(しない)を振っていた。
「どうだ、正也も振ってみるか!」「僕はいいよ、ラジオ体操があるから…」と逃げをうったが、じいちゃんは案の定、諄(くど)く勧誘する。
「まっ、そう云うな、気持いいぞぉ、ほれっ!」と、僕の眼の前へ竹刀をサッっと突き出した。その勢いに押され、僕の手は自然と竹刀を握っていた。こういう主体性がないところは、父さんの子なのだから仕方がない。
 数分、じいちゃんに付き合って竹刀を振ったあと、「もう行くよ。遅れると子供会で怒られるから…」と、ふたたび逃げをうったが、「そうか…、じゃあ行きなさい」と、今度は素直で、じいちゃんも深追いはしなかった。
「帰ったら飯が美味いぞぉ~」と叫ぶ声が、家を出る僕の背後に響いていた。
 ラジオ体操を終えて戻ると、母さんが、じいちゃんの腕を揉んでいた。傍らには、いつの間にか起きだした父さんもいる。
「年寄りの冷や水なんですよ、父さん…」
「なにを云うか! ちょいと捻っただけだ」
 じいちゃんが気丈なのはいいが、父さんも、もう少し話し方を工夫した方がいいだろう。僕の方が、じいちゃんの気性を知り尽くしているように思える。
「でもね、お父さんも、もうお歳なんですから、気をつけて下さい…」
 母さんも、今日は父さんの味方をしている。すると急に、じいちゃんの顔が柔和になった。
「ハハハ…、お二人にそう云われちゃなぁ。まあ、これからは考えます、道子さん…」
 じいちゃんは素直に反省して黙った。僕はやれやれと安堵した。だが次の瞬間、「飯にしよう、道子さん」ときた。じいちゃんの大食いは我が家でも有名なのだ。
「おぅ! 正也も帰ってたか…。虫に刺されなかったか?」
「うん、某メーカーの虫除け持ってったし」
「ああ…、アレはよく効くからなぁ。さあ、飯にしよう、飯だ飯だ、飯…飯」と、何かに憑かれたように、じいちゃんは母さんの手を振り解(ほど)いて、勢いよく立ち上がった。

 


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