水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

春の風景 (第十三話) 安眠

2013年09月04日 00時00分00秒 | #小説

        春の風景       水本爽涼

    (第十三話) 安眠      

 僕に限らず、誰だって安眠できることに越したことはない。
「恭一、なんか冴えない顔だな。まあ、お前の場合はいつもだが…」
 剣道の早朝稽古でひと汗かいたじいちゃんがタオルで顔を拭きながら台所へ入ってきて、まずはひと声、父さんを雷撃した。父さんは新聞を読みながら食卓の整うのを待っていた。僕は父さんの対面に座っていて、母さんが早朝握ってくれた、おにぎりを頬張っていた。早朝稽古をじいちゃんより少し早く切り上げさせてもらい、ポチの散歩から帰ってきた僕は、いつものことながら、すっかり腹が減っていた。母さんはそれをよく知っていて、いつもおにぎりを二つは握って置いてくれていた。僕はそれを頬張っていた訳だ。それをうらめしそうにチラ見しながら父さんは新聞を読んでいた、とまあ、状況説明はこうなる。そこへ、じいちゃんだ。じいちゃんの声に思わずギクッ! とした父さんは一瞬、恐いものを見るように後ろを振り返った。
「いや~、よく眠ってないんですよ」
「なんだ! 夜更かしでもしたか?」
「そうじゃないんです。愛奈(まな)が夜中、泣きまして…」
「ほお、そうか…。まあ、仕方なかろう。赤ん坊は泣くのと洩らすのが仕事だからな。梅に鶯なんとやら…」
 訳の分からないことを言ってははは…と笑っただけで、原因が妹と分かったせいか、それ以上、じいちゃんは父さんを追及しなかった。幸い、僕は子供部屋で寝ていたから、そんなことになっていようとは露ほども知らなかった訳だ。
「お義父さま、私がいけないんですよ。うっかり、おしめを替えたと思い違えをしておりましたの
「いや、未知子さんのせいじゃありません。今、恭一にも言いましたが、赤ん坊は泣くのが仕事ですから…」
 そのとき、タマが馬鹿馬鹿しい話を…とばかりにニャ~~と美声で鳴いた。よく考えれば、じいちゃんも僕も離れと子供部屋なのだ。寝るときは愛奈の泣き声の危険からは解放されている訳で、いわば人ごと的に安眠しているのである。そこへいくと、当事者の母さんや父さんは災難を被っていることになる。しかし、もう少し考えれば、二人は直接の生産責任者なのだし、それもまあ仕方ないように思える。まさか、コウノトリに責任はないだろう。


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