水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

春の風景 (第十二話) 宮参り

2013年09月03日 00時00分00秒 | #小説

        春の風景       水本爽涼

    (第十二話) 宮参り       

 なぜ宮参りに白羽二重の着物を着せ、紋の付いた祝い着を上から羽織らせねばならないのか・・という素朴な疑問が僕に湧き起こった話だが、今となってはもう前の話となり薄らいでしまった。
 まだ寒さの残る初春、愛奈(まな)に風邪をひかせまいと母さんがかなり神経質になってお宮へ参ったのは数か月前の日だった。この日は僕もゲスト出演で付き添い、父さんも関係者ながらも、いてもいなくてもいいような、か細さで参列していた。幸い、この日は愛奈の人柄のせいか絶好の快晴でポカポカ陽気となったから、母さんの心配は有難いことに徒労に帰した。結局、なぜ白羽二重を着せるか・・という一件は判明しなかったが、読者の中にはお分かりになられる方もおられると思うから、僕がご教授願いたいくらいのものである。
 宮参りは男子の場合、生後31日や32日、女子の場合は32日や33日が一般的らしいが、生後一カ月くらいで各地で様々らしい。要は適当な時期を見計らってということらしいが、大安とかの吉日を選ぶのが通例らしい。僕の妹もご多聞に漏れず、大安吉日の日が宮参りだった。
 じいちゃんはこの日、どうしていたのか・・と気にされる読者の方もおられると思うが、彼の場合はそんなことには無頓着で、寒稽古を早朝にすると、いつものように湯気の立った身体を冷水で拭いてさっぱりし、「ああ、今日は宮参りでしたか…。気をつけて」と、母さんに言いながら笑っておられる偉いお方なのである。泰然自若とは、まさにこのことか・・と僕は二人の会話を聞きながら思った。世間のものごとなど、まったく自分とは別世界のことである・・とでも言いたげな風情だった。とはいえ、それが冷たい人・・とか思わせないのだから貫禄充分なのである。その点、父さんは関係者として付き添いで出かけたのだが、まったく重みがなく、か細い上に弱々しかったのは、親として不甲斐なく思えた。ゲスト出演の僕は恰(あたか)もスタッフになったかのように皆を気遣っていた。
「ただ今、帰りました…」
「あっ! ご苦労様でした…。風呂を沸かしておきました」
 珍しく、玄関に出てきたじいちゃんが満面の笑みで僕達を迎えた。こういうじいちゃんは、なんか怖い。い。


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