とある大学院の経済学研究所に月代(つきしろ)という風変わりな教授がいた。彼は商品学を教授する一介(いっかい)の教授だったが、いつの頃からか妙な発想にとり憑(つ)かれ、今では自宅へも帰らず研究所に入り浸(びた)っては寝泊(ねとま)りするまでになっていた。彼が研究する対象とはトイレット・ぺーパーである。彼は過去数十年に渡るトイレット・ぺーパーの材質、形状、価格を密(ひそ)かにデータ化し、その数値変化のシミュレーションを比較予測することで国力[経済力]の衰微を解き明かそうとしていたのである。
「うむ…。5年前は半径45mmだったものが、今現在は35mmか…。ということはだっ! 単純に考えれば、この5年で35/45=7/9・・ということは…」
呟(つぶや)きながら、月代は右横に置いた電卓のキーを押し始めた。するとその答えは、たちまち液晶文字となって浮かび上がった。0.7777…である。
「77.8%か…。ということはだっ! 5年前より22%以上も減衰していることになる。これはっ、ゆゆしきことだっ! むろん、もう少し詳しく解析(かいせき)せにゃならんがっ…」
月代は国の未来を憂(うれ)い、そう呟(つぶや)きながら思わず身震(みぶる)いした。
「これは、捨て置けんぞっ! さっそく論文化し、学会で発表だっ!」
月代がソワソワし出したそのとき、現れたのが助手の日下(くさか)である。
「どうかしたんですかっ、先生! バタバタされて…」
「ああ、日下君か…。私は、こうはしちゃいられんのだっ! 午後の講義は君が代講してくれっ!」
「ええっ! 僕がですかっ!」
やってきた思わぬチャンスに、日下は思わず北叟笑(ほくそえ)んだ。そして、加えた。
「そうそう! 先生、研究室のトイレット・ぺーパー、切れてたんで、立て替えて買っときましたっ!」
日下は片手を月代の前へ突き出し、代金を催促(さいそく)した。
「それそれ! その巻き幅(はば)なんだよっ、君っ!!」
「えっ?」
日下は意味が分らず、訝(いぶか)しげに月代を見た。
国力の衰微(すいび)は分りやすいところに潜(ひそ)んでいるようだ。^^
完