大工で棟梁(とうりょう)の板岸(いたぎし)は、家を修理中、ふとした弾(はず)みで、脚(あし)を打撲(だぼく)し、急遽(きゅうきょ)、病院へ直行することになった。
「こういうことは、初(はじ)めてですか?」
医者の釘川(くぎかわ)は、やんわりと外堀(そとぼり)から板岸の診断に取りかかった。
「ははは…いやですよっ、先生! 初めてに決まってるじゃないですかっ! あっしは、そんなウッカリ者じゃありやせんぜっ!」
「いや、そういう意味じゃないんですがねっ!」
「どうなんですっ、先生!」
「まあまあ、そう慌(あわ)てないで…。どれどれ、ここ、痛みますかっ?」
「いいえ、ちっとも…」
「ここはっ!?」
「別に…」
「この辺(あた)りはっ!!?」
釘川は、これ見よがしに押した。さすがにこれだけ押せば痛いだろっ! とでも言いたげな押しようだった。
「…まあ、痛いといえば、少し…」
「痛いですかっ!?」
「はい、まあ…」
そら、そうだろっ! と釘川は板岸から一本、取ったようにニンマリと北叟笑(ほくそえ)んだ。
「大したこたぁ~ありませんっ! 軽い打撲(だぼく)、つまり、打ち身ですなっ! 貼(は)り薬と、念のための痛み止めを出しときますっ!」
「あの…どれくらいで治(なお)りやすかねっ!? 今、家修理の大事なときで…」
「ははは…あなたの修理も大事でしょ?」
「はい、そらまあ…」
「心配いりませんっ! 普通に動けるようでしたら、明日はなんですが、そうですなっ…明後日(あさって)からでも…」
「ありがとうごぜ~ました」
「あなたの家も、年相応にガタがきてますから、無理しないように…」
「分かりやしたっ!!」
大きなお世話だっ! と板岸は言おうとしたが、思うに留(とど)めた。
家を軽く修理中の棟梁、板岸は、軽く自分の脚を修理することになった。すべての物は使っていると、多かれ少なかれ修理が必要となるのである。
完