水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

夏の風景 (第十七話) いつまで…

2013年09月20日 00時00分00秒 | #小説

       夏の風景       水本爽涼

    (第十七話) いつまで…         

  蝉が合唱している。つい先だっては茶色っぽい幼虫だった彼らは、この夏になって土中から這い出し、ノソノソと樹を登り、さらには脱皮して、蝉へと華麗に変身した訳だ。変身はテレビでよくやっている類(たぐい)だ。
「やかましいがな、正也。蝉は、この夏かぎりの命だ。そう思うと、わしは空(むな)しゅうなるんだ…」
「そうなの…」
 よく分からない僕は一応、相槌を打って師匠のご機嫌を窺(うかが)った。後から聞いた話を端折ると、じいちゃんの戦友が暑い盛りに特攻隊とかで帰らぬ人となったのを想い出したのだという。益々、分からなくなる僕だったが、ふ~んと聞いておいた。
「わしも、そう長くない…」
 じいちゃんは蝉が鳴く樹を見上げながら目頭を赤くして押さえた。いや、いやいやいや…それはないだろうと、僕は瞬間、思ったが、師匠のご機嫌を損なうと一時間ばかり前にじいちゃんが棚に置いた饅頭が頂戴できなくなる恐れがあり、思うに留めた。
「どれ…茶にしよう。正也も来い!」
 じいちゃんは洗い場で冷やしたペットボトルの茶を手にすると、足継ぎ石から上がった。僕は、しめた! と喜びを露(あら)わにした。
 今日は珍しく冷房が入ってるぞ…と不思議に思ったら、じいちゃんが注釈を加えた。
「ああ…今日は、わしの古い友人が来るんだ」
 電気モノ嫌いのじいちゃんだから、滅多なことではクーラーを入れず、団扇(うちわ)パタパタなのだ。
 冷茶で美味しい饅頭を頬ばり、母屋へ戻ると父さんが欠伸(あくび)をして書斎から出てきた。夏季休暇が続くと身体が鈍(なま)ってしようがない…と贅沢(ぜいたく)なことを言う。僕とじいちゃんのように剣道で鍛えなされ、と言いたかったが、これも思うに留めた。父さんはじいちゃんとは真逆で、か細く、きゃしゃで、しかもすぐ体調を崩す弱いお方だから、いつまでのお命なのか分からないが、返ってジックリしぶとく長命なのかも知れない。僕や愛奈(まな)には、いつまで…という気持は、よほどのことでも起らないかぎり浮かばないように思う。母さんだけは心配だ。美人薄命というから、健康には留意して欲しいものだ。タマとポチは、いつまで…など知らぬげで、毎日をニャ~、ワン! と楽しく暮らしている。


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夏の風景 (第十六話) 衣装

2013年09月19日 00時00分00秒 | #小説

       夏の風景       水本爽涼

    (第十六話) 衣装         

 タマがニャ~と美声で鳴いた。ふと見遣ると、ゆったりと居を移し、日射しが避けられる木蔭へと身を隠した。僕の前を横切ろうとしたとき、フゥ~! 暑くて堪(たま)りません…とでも言ったか言わずか、もう一度、ニャ~ときた。お前は衣装がいらないかわりに脱げないなあ…と少し気の毒に思った。ポチは夏パテぎみで、朝から洗い場の日蔭だ。僕達人間はこの暑い夏には薄着とかで調整する。じいちゃんなどは、そんなものはいらん! とばかりの上半身裸で、下もステテコ一枚で闊歩(かっぽ)している。お父さま、その格好は…と思っているに違いない母さんは、そうとも言えず、ただ険(けわ)しげな目線をじいちゃんに投げかけるだけで、ひと言も発しない。ただ、そのお鉢は父さんに回って、かなりの小言となって撥(は)ね返る。哀れなのは父さんだ。まるで十字架に磔(はりつけ)られたイエス・キリストさまのような存在なのだから、その哀れさは涙を誘う。じいちゃんと同じ格好で散々なお小言を頂戴するのだから、僕だったら逃げ出すだろうが、彼はどうしてどうして、すでにぶ厚くなった免疫の衣装を身に纏(まと)い、苦とも思わず聞き流す。だがその哀れさは見る者の心を悲しくさせる。そこへいくと愛奈(まな)はキューピッドで、蒸(む)れないよう、汗疹(あせも)にならないように…と、至れり尽くせりである。小難しく、名前までは覚えていないが、白い天花粉をパタパタ! と首筋とかに付けられて機嫌よく笑う顔を見ていると、僕まで機嫌よくなってくるから不思議だ。今日も幼児語で、※△□◎?#! とか言って小笑いした妹だが、母さん譲りの色白の美人衣装で生まれたのは幸いだった。父さん似だと…まあ、これは言うまい。その愛奈は、可愛い薄着の夏衣装である。僕は今年も半ズボンにランニングシャツ一枚で動き回っている。母さんといえば、いつもの上品っぽい衣装で、ホホホ…である。やはりPTA役員は違うなあ、と思えるのは僕だけではあるまい。
 このように湧水家では、各人各様の衣装を身につけ、暑い夏を乗り切っている。


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夏の風景 (第十五話) 怖い話

2013年09月18日 00時00分00秒 | #小説

       夏の風景       水本爽涼

    (第十五話) 怖い話         

 夏といえば怪談話だ。最近の子供は文明進歩が災いしてか、余り怖がらなくなった。そこへいくと、僕は昔人間なのか、この手の話は、ゾクッとして、めっぽう好きだ。
「昔は、よく見に行ったなあ~」
「そうでした…」
 今夜もじいちゃんと父さんが風呂上がりの一局を指している。僕は今、上がったところで、ビールをキュ~っと…という訳にはいかないから、ジュースをグビィ~っと堪能している。黙ってお二人の話に耳を傾けていると、どうもお化けの話のようだった。
「怪談牡丹灯籠…あれは怖かったが、少し艶っぽくてよかったですね」
「ああ、そうだったな…。四谷怪談は、このわしでも帰りにゾクッ! としたぞ。ワッハッハッハッ…」
 豪快に笑いながらそう言うと、じいちゃんは生ビールのジョッキをグビグビッ! と飲んだ。そこへ母さんがフゥ~! っと溜息をつきながら出てきた。愛奈(まな)を盥(たらい)で洗い、ようやくこうやく寝かしつけたところだ。
「正也! お茶碗!」
 忙しいと省略して命じられる。要は常任幹事のようになってしまった食前の準備と運搬作業を指す。
「は~~い!」
 母さんには弱い僕だから、そこは可愛く愛想をふり撒いて返事した。
「お義父さま~、お食事になさって下さいましなぁ~! あなたもね!」
 ましなぁ~と来たか…と僕は思ったが、毎度のことだから、免疫でそれ以上に感情は動かなかった。父さんも毎度のことながら、カレーの福神漬けのように付け添いで呼ばれた。そのとき、愛奈がオギャ~! っと泣きだした。母さんは慌てて幼児ベッドの方へ走っていった。ゾクッ! ではないものの、僕は怪談以上にドキッ! と怖かった。


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夏の風景 (第十四話) 電気

2013年09月17日 00時00分00秒 | #小説

       夏の風景       水本爽涼

    (第十四話) 電気         

 世間では電力問題が、この夏も話題になっている。父さんは相変わらず家内で存在力不足が常態化している。じいちゃんは逆で、その偉大な禿げ頭を照からせ光り輝いている。僕と母さんは、まあまあで、そう目立った存在ではない。愛奈(まな)は存在力こそ小さいが、一家になくてはならない夜の灯りのような存在で、目に見えない雰囲気的な輝きを僕達に送ってくれている。
「まあ、節電はするしかないが、洗い場のお蔭で、うちは助かる…」
「そうだね…」
 絶えることなく滾々(こんこん)と湧き出る洗い場に浸かる僕へ、じいちゃんが声をかけた。僕は当たり障りなく返した。じいちゃんも半身裸で丹念に身体を拭いていた。今年もタマとポチは洗い場近くの冷気に満ちた日陰だ。彼らは心地よく寛(くつろ)ぎながら横たわって眠る。父さんは母さんに小言を頂戴し、書斎の冷房を止められた。サウナ状態では中にいる訳にもいかず、彼は仕方なく団扇(うちわ)をバタバタ! と小忙しく扇ぎながら不機嫌に洗い場へ出てきた。自然の冷気だからお金もいらず、気温も5℃以上は低いだろう。浸かっている僕などは寒いくらいで、時折り上がっては、また浸かるを繰り返していた。
「原発騒ぎって、震災以降ですよね!」
「んっ? …そうだな。電力不足は各家庭の問題だけではないからなあ。町工場は、この夏、死活問題だ」
 大人の小難しい話を二人は始めた。僕は黙って聞いていた。タマとポチは、五月蠅(うるさ)いですよ、とは言えず一端、薄目を開けたが、ああ、このお人達か…と諦(あきら)めたようで、ふたたび目を閉じた。そういや学校で担任の丘本先生が、そのことを言っていたなあ…と、僕は思いだした。電力不足はお年寄りにも深刻で、亡くなられる方が増える可能性もある…と、先生は付け加えた。よく考えれば、これだけ進歩した現代社会で電気なしの生活は不可能に近い。いつのまにか、人は人力以上に電気や機械に頼るようになったんだ…と思えた。愛奈だけは、そんな世俗の汚(けが)れに関係なく、特別待遇でスヤスヤ眠っている。羨(うらや)ましい限りだ。


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夏の風景 (第十三話) 抵抗力

2013年09月16日 00時00分00秒 | #小説

        夏の風景       水本爽涼

    (第十三話) 抵抗力         

 三種混合ワクチンとか、いろいろと愛奈(まな)も予防注射をされ、散々な目にあっているのだが、これも黴菌(バイキン)だらけの世で生きていく備えなのだから可哀そうだが仕方ないように思う。そういう僕だって今まで生きてきた長い人生の間で散々な目にあってきたのだ。そして今も予防接種で散々な目にあっている。身体の抵抗力は新しい免疫で強まる訳だが、僕には一つ研究したい課題が生じた。というのは、幾つぐらいまで注射で泣くか・・という課題だ。それは個人によって違うだろう、と言われればそれまでだが、大よその年齢を探りたいと思う訳だ。これはある意味、注射の恐怖に対する抵抗力の推移考察と言えるのではあるまいか。
「馬鹿者! お前は…」
 父さんがまた、汗を拭くじいちゃん雷の直撃を受けた。そういや夏だから、他の季節よりよく落雷するようだ。父さんは、じいちゃんの落雷にはかなり免疫が強まっているようで、余程のことがない限り、これくらいのお叱りではビクッ! ともしない。要は抵抗力が備わっている訳だ。そこへいくと僕はまだまだで、母さんやじいちゃんには愛想笑いとかでご機嫌を伺っているのだから駄目だ。
 おしめを替えられ、愛菜が泣き止んだ。彼女の場合は、無遠慮に不愉快を好きなだけ発散する泣き、だから、他者の攻撃による注射での泣きとは一線を画すだろう。
「すみません、うっかりしてました」
 父さんは、じいちゃんの落雷に対し素直に謝ることで事なきを得た。ヒラリ! と躱(かわ)す術(すべ)も抵抗力の一つなのかも知れない。現に、じいちゃんはそれ以上、突っ込まなかった。僕にじいちゃん雷が落ちた記憶は今までにないが、母さんのお叱りは時に触れ、有難く頂戴している。とはいえ、この僕にも抵抗力が備わったせいか、母さんのお叱りも、さほどは苦にならなくなった。すなわち、要領を得て、対応する免疫が出来た訳だ。ただ、じいちゃんに対応する抵抗力は未(いま)だ備わっていない。これは僕に限らず、父さんや母さんにも言えることで、ただ一人、妹の愛奈だけは抵抗力があるとは言えないけれど、じいちゃんに怯(ひる)まず泣き続ける強いお方だ。


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夏の風景 (第十二話) 哀れ

2013年09月15日 00時00分00秒 | #小説

        夏の風景       水本爽涼

    (第十二話) 哀れ         

「おいっ! これはもう、いらないんじゃないかっ!?」
 夏季休暇で会社休みの父さんが珍しく物置を片づけ始めた。多少、威張っての物言いは、普段、しいたげられた鬱憤を晴らすかのようであった。止まった手の前には古びた扇風機の箱があった。
「いいから、それは。そのまま仕舞っておいて! リサイクル法で電気モノの引き取りはお金がかかるんだから…」
 母さんは愛奈(まな)を抱いて、あやしながら、そう言った。
「そうだったな…。正也、そっちの隅へ置いといてくれ!」
 僕は父さんの助手で手伝っていた。そこへ畑の作業を早めに切り上げたじいちゃんが戻ってきた。顔は少し赤ら顔で、身体からは湯気がフワ~っと立ち昇っていた。数分前に洗い場で身体を拭いたのだと言う。それが強烈な直射日光で蒸散し、湧き昇った訳だ。まるで茹(ゆ)で蛸だな…とは思えたが、毎度のことで師匠にそのようなことが言える訳もない。僕は黙々と父さんが言った扇風機の箱を元の場所へ収納した。
「おお! 正也殿も手伝い召されるか。それは重畳(ちょうじょう)!」
 じいちゃんの口から久しぶりにお武家言葉が飛び出した。
「お義父さま、今、お茶にしますから…。あなたも切りをつけて! 正也も!」
 僕は母さんによってお菓子のオマケのように呼ばれた。
「は~~い!」
 そんなことは根に持たず、愛想よい返事で僕は大物ぶりを発揮した。
 十五分ばかり後、僕達はワイワイと茶の間で憩(いこ)っていた。愛奈だけは母さんにあやされて、時折り笑顔を見せて色どりを添えるだけだったが、これがどうしてどうして、なかなの隠し味で、場の雰囲気を和らげる一抹の清涼剤の役割を果たしたのだから大したものだ。この感性は聡明な僕だけが気づいた? ものかどうかは分からない。そう思いながら愛奈を見遣(や)ると偶然、目線が合ってしまった。愛奈が笑ったので僕も笑顔になった。
「人間もアアはなりたくないな…」
 父さんは隅へ戻された哀れな扇風機のことを口にした。
「お前も注意せんとな…」
 藪から棒で、じいちゃんに斬り返された父さんは沈黙して萎縮した。


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夏の風景 (第十一話) 梅雨明け

2013年09月14日 00時00分10秒 | #小説

        夏の風景       水本爽涼

    (第十一話) 梅雨明け         

 今年も夏がやってきた。冬と違い、木枯らしを吹かせて『こんちわっ!』とは言わなかったのには、やはり我が家の状況が去年と変化していたことが挙げられるだろう。ジメジメした梅雨が明いて真夏特有のムゥ~っとした熱気が辺りを覆い始めたのだが、『おやっ? どうしたの?』と夏は怯(ひる)んで、また遠退いてしまった。夏が妹の愛奈(まな)を見て怯んだのかどうかは疑わしいが、ともかく湧水家の家族は去年の夏と比べて確実に増えていた訳だ。で?、ふたたび梅雨へと逆もどりし、気象庁は謝罪して梅雨明け宣言を慌てて取り消した。いや、正確にいえば気象庁にもそれなりのメンツがあり、梅雨は明けていなかったようだ、と暈したのだが…。
「なんだ! 夏だと思っとったら違うのか…。気象庁も当てにならんな」
 じいちゃんが台所の食卓テーブルで茶を啜りながらポツリと言った。
「今年は異常気象だそうですから、予測が狂ったんでしょう」
 父さんがじいちゃんの斜め向かいの席から返した。
「そんなことは分かっとる! それを予測するのが商売の気象庁だろうが」
「ええ、それはまあ、そうなんですが…」
 青菜に塩で、父さんはすぐ萎えた。そこへ母さんが愛奈を寝かしつけて戻ってきた。
「あの子は寝つきがいいから助かりますわ」
「そうそう、最近は夜泣きも減ったしな」
 僕の妹なんだから当然、出来がいい訳で、あなたとは違うよ、とばかりに父さんを遠目に見た。僕は居間の長椅子で新聞を読んでいた。
「手がかからないのは、いいことです。そこへいくと、お前は手がかかったなあ~。ばあさんが往生しとったわい、わっはっはっはっはっ…」
 とんだトバッチリで父さんは大火傷(やけど}を負った。萎えた青菜が、油でさらに炒められたようなものだ。その哀れな姿を見るに忍びず、僕は子供部屋へスゥ~っと消えた。
 結局、梅雨は宣言取り消しの三日後にふたたび明いたのだが、気象庁は懲りたのかプライドが傷つくのを恐れたのかは知らないが、完全無視した。今度こそ本当に夏がやってきたようだ。『事情が分かりましたよ。ご家族が増えたんですね。おめでとうございます!』とばかりで、気温は高いながらも湿気が低いサッパリしたいい心地の天候が訪れた。


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夏の風景 (第十話) 昆虫採集

2013年09月14日 00時00分09秒 | #小説

      夏の風景       水本爽涼

    (第十話) 昆虫採集       

 まだ当分は残暑が続きそうだ。でも、僕はめげずに頑張っている。夏休みも残り少ない。
 昼過ぎ、いつもの昼寝の時間がきた。この時間は、決して両親や、じいちゃんに強制されたものではない。自然と僕の習慣となり、小さい頃から慣れのように続いてきた。この夏に限って考えれば、じいちゃんの部屋だから、我慢大会の様相を呈している。今日は、どういう訳か、じいちゃんの小言や団扇(うちわ)のバタバタがなかったから、割合、よく眠れた。
 四時前に目覚めた僕は、朝から計画していたクワガタ採集をしようと外へ出た。母さんが出る間際に、熱中症に気をつけなさい、と諄(くど)く云ったが、僕は常備の水筒を首にぶら下げ、聞いたふりをして、一目散に飛び出した。
 虫の居場所は数年前から大よそ分かっていた。雑木林の中に数本の胡桃(くるみ)の木があり、その中の一本の幹が半ば朽ちている。そこに、クワガタ達は屯(たむろ)しているのだ。夜に懐中電灯を照らし採集するのが最も効率がいいのだが、日中も薄暗い雑木林だから、昼の今頃でも大丈夫だろうと判断していた。
 僕が胡桃の木を眺めながらクワガタを探していると、ザワザワと人の気配がした。驚いて振り返ると、じいちゃんが笑顔で立っていた。手には某メーカーの虫除けを持っている。
「じいちゃんか…。びっくりしたよぉ」と云うと、「ハハハ…驚いたか。いや、悪い悪い。母さんが虫除け忘れたからとな、云ったんで、後(あと)を追って持ってきてやった。ホレ、これ」
 じいちゃんは、僕の首に外出用の虫除け(某メーカー製)を掛けてくれた。
「どうだ…、いそうか?」
「ほら、あそこに二匹いるだろ」と、僕が指で示すと、「いるいる…。わしも小さい頃は、よく採ったもんだ」と昔話を始めた。じいちゃんには悪いが、付き合っている訳にもいかないから、僕は行動した。静かに胡桃の木へ近づくと、やんわりと虫を掴んだ。そして、虫を籠の中へポイッと入れた。
「正也、その朽ちた木端(こっぱ)も取って入れな。そうそう…その蜜が出てるとこだ」
 僕は、じいちゃんの云うまま、木端も虫篭へ入れた。蝉しぐれが五月蝿いが、採集を終えた後だから、何となく小気味よく響く。
 帰り道、じいちゃんが僕に云った。
「なあ正也、虫にも生活はある。お前だって、全く知らん所へポイッと遣られたらどうする。嫌だろ? だからな、採ったら大事に飼ってやれ。飼う気がなくなったら元へ戻せ」
 じいちゃんの云うことは的(まと)を得ている。
 夕飯を四人が囲んだとき、その話がでた。
「正也も、なかなかやるぞぉ~」と、じいちゃんが持ち上げる。「そうでしたか…」と、父さんは笑う。「お前の子供の頃より増しだ」と、じいちゃんが云う。父さんは返せず、口を噤(つぐ)んで下を向いた。
こうして、僕の夏は終わろうとしていた。


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夏の風景 (第九話) ナス

2013年09月14日 00時00分08秒 | #小説

      夏の風景       水本爽涼

    (第九話) ナス       

 前にも云ったと思うが、僕はじいちゃんの部屋での昼寝を余儀なくされている。その訳は、今、家の母屋は改造中なのだ。今でいうリフォームってやつで、それを請負った同じ町内に住む大工の留吉さんが、四六時中、出入りしている。勿論、原因は改造中のために寝られないのだが、まあ、寝られたとしても、工事の騒音で安眠はできない筈だ。僕の家は昔に建てられた平屋家屋だから、まず母屋のどの場所に寝ても、騒音は防ぎようがない。そんなことで、別棟の離れで昼寝となった訳だが、じいちゃんが扇風機やクーラーを使わないものだから、大層、迷惑していた。
 今朝も、父さんが勤めに出て暫(しばら)くすると、大工の留吉さんが元気に家へやってきた。
「今日も暑くなりそうですなぁ、奥さん」
「…ええ。倒れるくらい暑いから困るわ…」
「ほんとに…。我々、職人泣かせですよ、この暑さは…」と、留吉さんは、もう仕事に取りかかり始めた。毎度のことだから、母さんも気にしなくなっている。
「ここへお茶、置いときますから…」
「いつも、すいませんなぁ…」
「あと、どのくらいかかりますの?」
「そうですなぁ…。まあ秋小口には仕上げるつもりでおりますが…」
「そうですか…。なにぶん、よろしく…」と、頭を下げて、母さんは台所へと行った。
「正ちゃん、ほうれ…、この木屑をやろう。何か作りな」
「どうも、ありがとう…」
 僕は渡された木屑を大事そうに持つと、これを工作に使おう…と思いながら走り去った。
 台所へ行くと、じいちゃんが汗をタオルで拭いながら、「未知子さん、今年もほら、こんなに成績がいい…」と、収穫したてのトマト、ナス、キュウリなどを自慢げに見せていた。
「お義父さま、助かりますわ。最近はお野菜も結構しますから…」と、おべっかなのかどうか分からないが、母さん風に上手くあしらった。加えて、「正也、勉強しなきゃ駄目でしょ」と、僕へ注文をつけることも忘れない。
「そうだぞ正也。こういうふうに、いい成績をな、ワハハ…」と紫色にツヤツヤ光るナスを片手で示しながら、じいちゃんは賑やかに笑った。じいちゃんの頭とナスの光沢がよく似ている…、と僕は束の間、思った。
「それにしても、某メーカーの虫除けは、よく効くなあ。全然、刺されなかった…」と呟きながら、じいちゃんは離れへ去った。
 台所には、じいちゃんの頭ナスが、たくさんあり、僕を見ていた。


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夏の風景 (第八話) 西瓜[すいか]

2013年09月14日 00時00分07秒 | #小説

      夏の風景       水本爽涼

    (第八話) 西瓜[すいか]       

「おお…上手い具合に、よお冷えとる…」
 じいちゃんは、僕の家に昔からある湧き水の洗い場へ西瓜を浸けておいた。それは朝らしく、猛暑の昼下がりの今だから、よく冷えていた訳だ。僕は昼間、その洗い場で水遊びをするのが日課となっている。というのも、前にも云った筈だが、これからじいちゃんの離れで昼寝をしなければならないからだ。別にどこだって寝られるじゃないか…と思うだろうが、じいちゃんの離れへ行かなければならないのには、それなりの理由がある。それは、後日、語ることにしよう。で、そうなると、じいちゃんは電気モノを嫌うから、体を充分に冷やしておかないと眠れない訳だ。そこで、昼寝前の水遊びが日課となった…とまあ、そういうことだ。じいちゃんは夏に汗を掻くのが健康の秘訣だと信じている節がある。汗を掻いて西瓜を頬張る…これが、じいちゃんの健康法なのだろう。
「おい、正也。お前も食べるな?」
「うん!」とだけ愛想をふり撒いて、僕は洗い場から上がった。この湧き水は、いったいどこから湧き出てくるのだろう…と、いつも僕は不思議に思っている。知ってる限り、枯れたことはなく、滾々(こんこん)と湧き続けている。
 家へ入ると、じいちゃんは賑やかに西瓜を割った。力の入れ加減が絶妙で、エィ! っと、凄まじい声を出して切り割った。流石に剣道の猛者(もさ)だけのことはある…と思った。
「父さん、私は一切れだけでいいですよ…」と、遠慮ぎみに父さんが云った。
「ふん! 情けない奴だ。男なら最低、三切れぐらいはガブッといけ!」
 じいちゃんは包丁を持ったまま御機嫌が斜めだ。弾みでスッパリ切られては困るが、その危険性も孕む。
「お義父さま、塩とお皿、ここへ置きますよ」
 母さんも遠慮ぎみである。
「未知子さん、あんたも、たんと食べなさい」
母さんは逆らわず、笑って首を縦に振った。
 それから四人で西瓜を食べたのだが、これにも逸話がある。父さんは上品に頬張ったのだが、じいちゃんの食いっぷりは、これまた凄まじかった。僅(わず)か四、五口で一切れなのだ。三人は食べるのも忘れ、呆気にとられてじいちゃんを見るばかりだった。
「恭一、お前が買ってきた某メーカーのアレな。アレは実にいい、よく眠れる…」
「お父さんは電気モノがお嫌いでしたよね? 確か…」と暗に殺虫器は電気式だと強調する。
「お前は…また、そういうことを云う。いいモノは、いいんだ!」
 じいちゃんも現金なもんだ…と僕は思った。
 猛暑日は、今日で四日も続いている。


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