諸星(もろぼし)は久しぶりにファミレスで食事をすることにした。というのも、毎日、自炊する食事が余りにも不味(まず)かったからである。自分が作ったものだから仕方なく食べてはいたが、それもついに限界だった。諸星がファミレスの席に着くと、ウェイトレスが静かに近づいて水コップを置いた。
「あっ、これとこれっ!」
「…はいっ! テンガロンハット風味のきのこ添えパスタとガンマンリゾットですね? かしこまりました…」
「あっ! それにワインだっ! ボージョレーヌーボーの年代物の美味いヤツ、君に任せるよっ!」
「はい、かしこまりました…」
「急ぐんだ! 早いこと頼むよっ!」
別に急ぎの用などない諸星だったが、どういう訳かそう言っていた。しばらくして運ばれてきた料理は、諸星の記憶に残る量としては内容が少なかった。諸星としては、おやっ? くらいの気分だ。これでは足らないぞっ! と、瞬間、思えたから、ウェイトレスに、「あっ! これも持ってきてよっ!」とオーダーを追加した。
「かしこまりました。カウボーイ味フライポテトですね?」
「ああ…」
諸星がテンガロンハット風味のきのこ添えパスタとガンマンリゾットを食べ、ボージョレーヌーボーの年代物の美味いワインを飲んでいると、カウボーイ味フライポテトが運ばれてきた。その内容量は思いの他、多かった。こりゃ、食いきれんぞっ! と思った諸星だったが、もうあとの祭りである。満腹を我慢して諸星は食べ続け、かろうじて足り過ぎた内容量を食べ尽くした。だが、食べ終えたとき諸星はトイレへ直行していた。
このように、足らないと思える内容でも、我慢した方がいいことになる。格言でも、過ぎたるは及ばざるがごとし・・と、言われる訳がそこにあるようだ。^^
完
とある封建時代のとある山村である。例年のこの時期ならシトシトと降る雨が、一粒も降らない空を百姓の与兵衛は畔(あぜ)の上で恨めしげに見上げた。
「この分だと、夏は雨乞(あまご)いだべ…」
「だがや…」
与兵衛の隣りに立つ茂助(もすけ)も、頷(うなず)きながら同調した。この時代、農耕用の水は天候次第だったのである。
そして、暑い夏がやってきた。与兵衛の予想どおり干ばつが始まり、村の牛角(うしづの)神社では村人を集めて雨乞い神事がしめやかに執り行われていた。
「♪%&##~~!”%&#~~~♪」
神主が祝詞(のりと)を読み始めた途端、足らない水が天から落ちてきた。恵みの雨が降り出したのである。めでたし、めでたし…。^^
まあ、雨乞いをしたとしても、必ず足らない水が天から降りだすという保障はありません。ただ、やらないよりは、やった方が気休めにはなります。^^
完
メンバーが足らない・・などとよく言う。チームのレギュラーメンバーなんかだと、足らなければ試合に支障が出てくる。
とあるプロ野球の試合である。読切ピグミーズの監督、波良(はら)は、さて、どうする…? と受話器を置きながら考えた。そろそろ眠るか…と思った矢先の深夜、突然、コーチから電話がかかったのだ。その内容は、四番打者の角(かく)が事故で怪我をしたというものだった。命に別状はないものの、全治三ヶ月の重症だという。ということは、日本シリーズの出場は絶望的ということになる。事故がリーグ優勝のあとだったことを考えれば不幸中の幸いだったが、日本シリーズは制覇せねばならない。そんなときの重要メンバーの欠落である。そうか…くらいの選手であれば、足らなくてもいい訳だが、シリーズ制覇を左右するとなれば、これはもう、考える訳である。^^
さて、重要メンバーが足らないシリーズの結果がどうなったのか? だが、読者の皆さんだけにお話することにしよう。メンバーが足らないにもかかわらず、読切ピグミーズは見事、優勝を果たしたのである。監督の采配が好結果を生んだのである。
メンバーが足らない場合でも、結果が必ずしも悪い・・とは限らないということだ。陣頭指揮するトップ次第ということになる。^^
完
物を作ったり修理をしていた場合、材料が足らない場合、あなたならどうするだろう。そりゃ、買いに出るだろっ! と言われるあなたの判断、甘いですよっ!^^ 正解は、行動を起こす前、目的とする内容の完成に必要な材料は、すでに揃(そろ)えておかねばならない・・ということである。行動の途中で足らない場合は、継続してその行動が果たせなくなりアウトになる。例を挙げるとすれば、ご詠歌の途中で休憩するようなものだろう。^^ 有難さが半減する訳だ。^^ ならば、誤ってそうなった場合は、どうよっ!? という話になるが、今日の(14)話は、そんな話である。^^
穴山(あなやま)は天気のいい休日の朝、趣味で始めた油絵の制作を続けようとしていた。週の土、日は、絵を描くことに決めている穴山だったから、当然といえば当然の行動[アクション]だった。
「さて、始めるかっ!」
朝食もそこそこに、キッチンの洗い物を済ませた穴山は、大欠伸(おおあくび)を一つうちながら呟(つぶや)いた。いつもなら、絵の制作は順調に進行するのだが、その日に限って、どういう訳か上手(うま)くいかなかった。というのも、使おうとした絵の具の赤が足りなかったのである。穴山の頭の中には足らない・・という文字はなかったから、大ゴトである。絵の制作は中断を余儀なくされた。
『買いに出るか…。だが、これからだと、店まで一時間か…。往復で二時間。…やめた、やめたっ!』
いつも、土、日は別荘とは言えないまでも、地方の森に建てた小さなバンガローで過ごす穴山だったから、まあ、それも仕方がない決断と思えた。絵の制作に僅(わず)かに蓄(たくわ)えた金で買った別荘モドキのバンガローだった。地方と町を往復する二時間のロスは大きい。昼過ぎには自宅へUターンしなければならないことを思えば、絵の制作時間は余り多くない。穴山の脳内には土曜の昨日は、赤絵の具はたっぷりあった…という記憶が存在していた。そのあるはずの絵の具が今朝はないのである。実は、穴山の記憶にある予備の赤絵の具は、どういう訳か、風の悪戯(いたずら)でフロアに落ちていたのだ。穴山は運悪く、フロアに落ちた赤絵の具の予備チューブに気づかなかったのである。穴山は、ブルマンのコーヒーを飲み終えたあと、自宅へUターンした。
このように、足らないのではなく、あっても気づかずに行動が果たせなくなる場合もある・・というお話である。^^
完
とある超高級[三ツ星]レストラン・本店の厨房である。この日は休店日で、客は誰もいない。今一つ、何かが足りない…と総料理長の下駄川(げたかわ)は新作のスープ鍋を前に悪戦苦闘していた。
「君達、どうだね?」
下駄川は数人の料理長に訊(たず)ねた。全国チェーンを展開するこのレストランは、下駄川の配下として数人の料理長が存在し、その料理長の配下として、また数人の料理人が存在していた。
「よろしいかと…」
「これでいいとっ!? 何を言っとるんだっ! この味(あじ)なら、以前とちっとも変らんじゃないかっ!」
「そうはおっしゃられますが、私は十分、新味かと…」
「十分だって!? 他の者はどうなんだっ!?」
料理長の返答に少し立腹しながら下駄川は他の料理長の意見を求めた。
「よろしいかと…」「いいと思いますが…」・・
言葉は違ったが、他の料理長もその味に不満がないと告げた。
「君達の舌は馬鹿舌かっ!!」
下駄川の頭はついに沸騰し、ピ~ポ~と鳴った。しかし、馬鹿舌は下駄川だった。知らないうちに進行した味覚障害により、下駄川は味音痴になっていたのである。それを自覚していない下駄川は、足らない、足らないと香辛料を次々に鍋へ放り込んだ。やがて、とても食べられたものではない味の料理が出来上がった。
「おおっ! これでいいんだっ! 料理の新味がついに完成したぞ…」
下駄川が有頂天になったとき、厨房の中には下駄川以外、誰もいなくなっていた。
料理の味は、足らないから足せばいいというものではないようだ。^^
完
発想が足らない場合に勘違いは起こりやすい。十分に考えていないからだが、干烏賊(ほしいか)も、そんな発想が足らない男で、よく勘違いをした。勘違いしないようによく考えればいいのだが、考えるのが苦手(にがて)な干烏賊は、ついつい考えが足らず、勘違いすることが多かった。
この日も干烏賊は課長の蛸墨(たこすみ)に課長席前で叱責(しっせき)されていた。
「そんなことで勘違いする訳がないだろっ! 子供だって分かるっ!」
「ど、どうもすいません…。いつも家で食べるのが笊(ざる)ソバだったもので…」
「笊ソバだったから、どうだというんだっ!」
「はあ、ソバ粉を買わないと、と…」
「それはお前さんの家っ! ここは会社っ! ソバ粉で、きつねうどんでも作れというのかっ!」
「たぬきソバもあるんですから、出来なくないと思うんですが…」
「? …そうだな、出来なくもないか…」
それ以降、この食品会社が新製品として発売した、きつねうどんのような、たぬきソバうどんは、多大な当期純利益を会社に計上したのである。
※ このお話は、飽くまでフィクションです。多大な当期純利益が得られる保障は、ありませんから悪しからず…。^^
完
東京オリンピックが無事、開催されるか? は別として、各選手は競技の技量[距離を含む]と時間[タイム]を競うことになる。技量の場合は足らないとメダルが取れず、タイムの場合は足り過ぎるとメダルが取れないという皮肉な逆の結果となる。タイムが足らない、要するに短い時間の方がいい訳だ。
とある競技場でとある陸上選手がとある競技を練習している。それを遠方の観客席から双眼鏡で眺(なが)めながらレシーバーで指示を送信している競技監督がいる。
「ダメ、ダメっ! 脚の上げが足らないっ! それでは瞬発力が出ないだろっ!」
「はっ! 了解しましたっ! そのように…」
グラウンドでは、レシーバーで監督の指示を受信したコーチが、直接言えよっ! と思いながらも、とてもそうとは言えず、素直に従った。
「おいっ! 今の走り、なかなか、いいそうだぞっ! 監督がご機嫌だっ! よしっ! これなら、メダルが取れるぞっ! もう一度、走ってくれっ!」
「分かりましたっ!」
元気づけられた選手は意気軒高に返した。その後、走り終えた選手のタイムは非公式ながら最高タイムを出した。
「全然、足の上げが足らないじゃないかっ! なにっ! 最高タイムが出たって!? 嘘だろっ!」
監督は驚いたが、それは事実だった。足の上げは足らなかったが、タイムは短縮されてメダルに足りていたのである。
人は気分次第で足りなくなったり、足りることになるようである。^^
完
栄養が足らないと、生物は衰弱する。動物、植物を問わずである。この男、鈴熊(すずくま)も栄養失調で、すっかり弱り果てていた。身体は壮健で大柄の鈴熊だったから、傍目(はため)からすれば誰もが、アイツに弱るとこがあるんかいっ! くらいに見えるのだが、傍目からは見えない鈴熊の心は栄養失調になっていたのである。ところが、その足らない栄養が、困ったことに本人の鈴熊にも分からない。困ったことに・・である。分からなければ、その足らない栄養を補給し、栄養失調から脱することは出来ない。ということで、鈴熊は原因を探ろうと益々、衰弱していったのである。その足らない栄養が分かったのは、ひょんなことが原因だった。好物の鮭を、ここしばらく食していなかったからだった。^^
まあ、足らない原因が、つまらないところにある場合もあるということである。^^
完
天候も、まずまずである。よしっ! さあ出るかっ! と、井場(いば)は家を飛び出した。楽しみにしていた休日の山登りである。いつものように列車に揺られ、先週、楽しみながら計画した行程である。馴れたもので、井場にすれば、スイスイ~っと行動は進むはずだった。というのも、いつも順調に進んでいたからだが、この日に限って、井場の山登りは順調にいかなかったのである。そのことに気づいたとき、井場は戸開山の中腹にさしかかっていた。
『しまった! 水筒を置き忘れたぞっ!』
出がけに畑の大根を洗い、輪切りにして湯がいた・・まではよかった。ポトフにしようと思ったのだ。いらんことをしたな…と井場は後悔した。朝が早過ぎ、時間があったということもある。水筒を出したままリュックに入れたと思ってしまったのである。気づいたのは戸開山の中腹である。井場は仕方なく、乾いた喉(のど)に缶ビールを注(そそ)ぎ入れた。注ぎ入れたことにより、喉の渇きが消えたまではよかった。消えたのはよかったが、しばらく登っていると酔いが突然、来た。井場は、その場でイバイバになってしまった。イバイバとは、酔いでへたり込んでしまった状態をいう。たが、いつまでもへたり込んでいる訳にはいかない。徳川家康公の伊賀越えの危難にも似ていた。いや、少し違うだろうが、まあ、そういった状態になった訳である。井場は這(ほ)う這うの態(てい)で下山し、麓(ふもと)へと辿(たど)り着いたとき、井場は、やれやれ…という気分になった。無事、三河へ辿り着いた訳である。違うかっ!^^
このように、足らないことで危険な状態に至る場合もある訳だ。^^
※ 戸開山は私小説・靫蔓(うつぼかずら)に登場した山です。^^
完
遠方への出張で列車に乗ったまではよかったが、平岩(ひらいわ)は何かが足りない…と気づいた。その何かが分かればいいのだが、平岩の脳裏に浮かぶのは、新妻が出がけに持たせてくれた愛妻弁当の中身が何か…である。栄養士の資格を持つ平岩の新妻は、それはもう、美味しい料理で平岩を和ませてくれていた。
「ああ、僕っ! 出がけに何か忘れなかったかい?」
どうしてもその足らない何かが分からず、平岩は思わず携帯を握っていた。
『さあ…別になかったと思う』
妻の返答は優しい口調ながら無情(つれな)かった。そのとき、列車が激しく揺れ、急停車した。そこで、平岩は目覚めた。俺は…そうそう、出張の途中だ…と平岩は眠たげに気づいた。夢か…と、また平岩は思った。そして、いや待てよっ! と、またまた思った。夢のように何かを忘れていた。ただ、その足りない何かが分からないまま、ついウトウトと眠ってしまったのである。平岩は夢のように携帯を握った。
「ああ、俺だっ! 出がけに何か忘れなかったかっ!?」
「何言ってんのよっ! お弁当、玄関に置いたままだったわよっ!!」
妻の返答は無愛想で無情(つれな)かった。平岩は足らないでよかった…と、しみじみ思った。弁当の中身が無情い…と分かっていたこともある。^^
足らない方がいい場合もある訳だ。^^
完