鉢植えの花が見事に咲いていくためには、どうしても必要なものがあります。一番目は水です。二番目は土です。土といっても、土そのものではなく、土に含まれている養分です。そして、三番目は光です。
水と養分と光、この三者が一体になって初めて、鉢植えの花が立派に咲くようになります。水をやらなければ、花は、やがて枯れていくでしょう。養分を含んだ土がなければ、花は咲かないでしょう。また、暗闇では花は咲きません。このように、花には、この三者がどうしても必要です。
それでは、「人間にとって水と養分と光に当たるものは、それぞれ何か」ということを考えてみましょう。
①水にあたるもの ーー 時間
水は人間の体の60パーセントを占めますが、植物の場合は、その割合は、さらに高いものになり、水が大部分を占めています。
人間にとって、この水に当たるものは何でしょうか、それは、日々の生活を送っていくための必需品、必要なものということになるでしょう。
では、人間が日々生きていくために不可欠のものとは何でしょうか。これについては、お金や食糧、住居など、いろいろな答えがあり、見方があるでしょう。
そこで、私なりに一つの当てはめをしてみるならば、人間にとって水に相当するものは、実は時間ではないかと思います。
時間は、透明で、その存在にさえ気がつかないようなものですから、水にとてもよく似ています。しかし、時間があるからこそ、人間は活動ができます。一定の時間があってこそ、人間は活動ができ、その間に精神的にも肉体的にも成長していくのです。
みなさんは、時計で計る時間のことを「時間」と考えていますが、仮に、人間を静止した存在だと考えてみると、「静止した存在である人間が、時間というものを投げ込まれて、生き生きと活動している」というようにも見えます。ちょうど、蒸気機関車のかまに石炭がくべられ、火が燃えて列車が走るように、人間は、時間という名の石炭を入れられて活動しているようにも見えるわけです。
そして、この石炭は、万人に対して共通に供給されています。それゆえに、植物が等しく潤される水によく似ていると私は感じるのです。
②養分に当たるもの ーー 経済力
次に、養分に当たるものは何でしょうか。人間にとって、すくすくと成長していくための養分とは、いったい何でしょうか。
もちろん、これを端的に食糧と考えてもよいでしょうが、それでは、食糧を得るために、どうしても必要なものは何でしょうか。それは、現代的にはお金ということでしょう。お金は経済力を表しています。経済力とは何かと考えると、その人が活動することによって生まれる価値が、「経済力」という言葉で表されているのであって、それを「仕事量」と言ってもよいでしょう。この仕事量のなかには、もちろん、仕事の質も含まれています。「どのような仕事をなしたか」ということが、お金になり、食べ物や飲み物になって返ってくるのです。
そうすると、「人間が生きていくために必要な養分に当たるものは、経済力であり、経済力を形成しているものは、その人の仕事そのものである」という見解に行きつくわけです。
③光に当たるもの ーー 愛
さらに、光に当たるものは何でしょうか。水分や養分は成長の条件ですが、それだけでは、見事に成長して花を咲かせることはできません。光が当たることによって、植物たちは、気候や時節を知り、自分の花の咲く時を知るのです。
何よりも、光が重要なのは、光が当たることによって、植物が、光合成、炭酸同化作用を経て、みずからのエネルギーをつくっていくところにあります。植物は、光が当たることによって、単に光そのものをエネルギーとするのではなく、光のエネルギーをみずからの内部で変換して、生きていく力に変えているのです。
人間にとって、この光に当たるものは何でしょうか。人間が社会のなかで生きていくときに、やはり、これに相当するものがあると思います。それが、愛ではないかと思うのです。
生きていくための大きな力。それを励ましとして、自分自身が内なるエネルギーをつくって前進していけるもの。それが愛ではないでしょうか。
人から温かい言葉や励ましを受け、「期待されている」という実感を持つ。自分の存在が「ありがたい」と思われ、「よくぞ生きていてくれた」と言われて、そういう自分であると思う。そこから、積極的に生きていく自信が生まれ、その自信が、さまざまな仕事を成し遂げていくのではないでしょうか。
もちろん、これ以外にも、当てはめ方はいろいろあるでしょう。しかし、現時点では、このたとえ話を一つのモデルとして、人間の生き方を考えてみたいと思うのです。
--owari---
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