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アドラー心理学と「和の国」の子育て(後編)

2022年04月11日 | 日本
子供たちが「共同体感覚」を発達させて、共同体に貢献することが幸せへの道、とアドラーは考えた。

(「処を得る」という理想)
明治以降の我が国の教育も、アドラー心理学と極めて親和性の高い理想のもとで行われた。まず、五箇条の御誓文とともに、明治天皇が国民に発せられた御宸翰(おしんかん:お手紙)には、「天下億兆、一人も其処を得ざる時は、皆朕(ちん)が罪なれば」(すべての国民がひとりでもその処を得られない時は、みな私の罪であるので)という一節がある。

「処を得る」とは、正しくアドラーの言う「居所を見つける」「共同体の中で価値ある存在」になる、という事である。それは一人ひとりの国民が、それぞれの多様な個性・適性・能力を十二分に伸ばして、それぞれの家庭、職場、地域、国家という共同体の中で、貢献する「価値ある存在」になる事である。

そこで自分が貢献をしているという実感こそが、幸福な人生への道であった。さらにその幸福な国民の貢献により、国家社会は豊かに発展し、西洋諸国の侵略も防いで、自由と独立を守る事ができたのである。

(アドラー心理学から見た『教育勅語』)
「処を得る」という理想への具体的な道筋となったのが、教育の国家方針として発せられた『教育勅語』であった。そこに語られた12の徳目は、そのままアドラー心理学の文脈で解釈することができる。

まず、
(1)父母ニ孝ニ(父母に孝養を尽くし)、
(2)兄弟ニ友ニ(兄弟仲良く)、
(3)夫婦相和シ(夫婦は仲睦まじく)、
(4)朋友相信シ(友とは信じ合う)

の前段4箇条は、家庭や交友の日常生活の中で、共同体感覚を発達させる事を目標としている。その過程で、自らが「価値ある存在」である事を実感する。これはアドラーが考えた、人間としての健全な成長への最初のステップである。

次に、
(5)恭倹己レヲ持シ(人に対してはうやうやしく、自分自身は慎み深く)、
(6)博愛衆ニ及ホシ(博愛の手を社会に及ぼし)、
(7)学ヲ修メ業ヲ習ヒ(学問を修め、業務を習い)
(8)以テ知能ヲ啓発シ(それによって知識・能力を発展させ)
(9)德器ヲ成就シ(人徳と才能を磨き)

の中段5箇条は、職場や地域など、より広い共同体の中での他者に貢献できるよう、態度や能力を身につける。

その上で
(10)公益ヲ廣メ世務ヲ開キ(公共の利益を広め、世のための努めを果たし)
(11)國憲ヲ重シ國法ニ遵(したが)ヒ(憲法を重んじ、法律に従い)
(12)義勇公ニ奉シ(義と勇を振るって公のために尽くす)

と、国家社会の共同体の中で、「価値ある存在」としての生き方を示す。それは国民一人ひとりが幸せな人生を歩むための道であるとともに、国民が力を合わせて幸福な共同体を創り上げる道でもあった。こうして育った明治の先人たちが、わずか60年ほどで日本を五大国の一つにのし上げるという、近代世界史上の奇跡をもたらしたのである。

(アドラー心理学と神道的世界観)
アドラーは、自らの心理学を「進化を重視し、人間のすべての努力は、完全を目指す努力という進化のなかにあると考えています」と述べている。すなわち、人間が共同体のために「価値ある存在」になろうという本能的欲求を持ち、それが共同体感覚に導かれて、力を合わせてより高次の共同体を築いていく。それが人間の進化の過程である、と考えた。

アドラーはさらに「人間は共同体感覚を発達させつづけて進化するのですから、人間の存在は『善である』ことに強く結びついていると推定できます」とも言う。

こういうアドラーの人間観は、もう我が国の神道の世界観そのものである。神道では人間には神の分け命が宿っていると考え、それを引き出して、和の世界を実現することを理想とする。そのような神道的世界観から生み出された我が国の伝統的教育が、アドラーの教育の理想に極めて近いものであった事も偶然ではない。

ただ、残念なのは、戦後教育において、共同体のために貢献するという人間本来の生き方が否定され、その結果、教育の目標が「しっかり勉強して、一流大学に行き、一流企業に入りなさい」というような自己中心的なものに堕落してしまったことである。

禅宗の坊さんは幸福とは「人の役に立ち、人に必要とされること」とし、アドラーは「幸福とは貢献感である」と説いた。それをもう一度、思い出す事が、「和の国」の教育再建への近道だろう。
(文責:「国際派日本人養成講座」編集長・伊勢雅臣)

---owari---
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