このゆびと~まれ!

「日々の暮らしの中から感動や発見を伝えたい」

希望の福音

2018年06月05日 | 人生

さすれば、諸々の比丘、比丘尼たちよ。

まず、仏の教えを学びの中心とせよ。

仏の教えを学びの柱とせよ。

仏の教えを、常に学び、常に心に吸収し、

その学びによって日々を正しく生きてゆけ。

日々を正しく生きてゆくということは、何よりも大切なことである。

 

この時に、仏法真理の知識によって

己の心をコントロールするということを、間違わないことだ。

仏法真理の知識によって、

己の心を統御するということを、

忘れてはならない。

仏法真理の知識によって己自身を支配するということを、

忘れてはならない。

 

知識は、このように感情を支配するのに役に立つのだ。

おまえたちの間違いの大部分は感情にあり、

情にあり、思いにあり、

このようなところにおまえたちの間違いがある。

それを統御するのは、正しい仏法真理の知識である。

正しき仏法真理の知識を持って、

そうした思いや感情を統御してゆかねばならない。

 

諸々の比丘、比丘尼たちよ。

しかし、おまえたちには希望の福音がある。

この希望の福音があることを喜べ。

それは、おまえたちが今世において学んだことは、

一つも無駄にはならないということなのだ。

おまえたちが今世において学んだものも、

今世においては役に立たないこともあるやも知れぬ。

しかしながら、おまえたちが今世において学んだことは、

必ずや今後、来世において、

また来々世において、役に立つこととなるのだ。

 

おまえたちは、地上を去って後、

実在界にて数百年、

あるいはそれ以上の生活を送ることになるであろう。

そうして、おまえたちの魂が、また次なる修行を欲する時に、

次なる姿となって、おまえたちは地上の肉体を持つようになる。

 

すなわち、赤子として生まれ、成人し、

またさまざまな悩みのなかを駆け抜けてゆくようになる。

されども、今世おまえたちが、この人生修行で得たものは、

必ず来世の修行にも役に立つのである。

必ず来世修行において役に立ち、

おまえたちを、よき方向に導いてゆけるに違いない。

 

さすれば、今世、獲得したるものは、今世のみの功徳ではない。

今世を超え、来世、来々世において、

必ずやおまえたちを幸福にするに違いない。

さすれば、修行の期間、努力において苦しみがあったとて、

それを苦にしてはならない。

 

それは、今世のみの成果ではない。

おまえたちの魂を根本的に変えてゆくための力となるのだ。

おまえたちの魂が根本的に力を得てゆくための修行となるのだ。

そのための尊い修行を今なしているのであるならば、

決して心怯んではならない。

 

おまえたちは、精神の力ということを知っているか。

おまえたちは、精進の力というものを知っているか。

人はここにて力尽きたりと思うことがあったとしても、

さらに心して努力に励めば、その内に秘めたる力が、

次から次へと噴き出してくるのだ。

 

おまえたちの力は、無限である。

なぜならば、おまえたちには仏性が宿っているからである。

この仏性の力が顕れてきた時に、そのエネルギーは無限である。

その光は無限である。

 

仏に向って進んでゆく時に疲れるということはない。

倦むということはない。

傷つくということもない。

 

もし、この地上において、仏の教えを学び、その教えを広げている途中で、

おまえたちが悩み、苦しみ、疲れ、倦むことがあったとしても、

そうした努力を重ねていったおまえたちは、

地上を去った時、必ずや、光と安らぎのある国へと、

連れてゆかれるのだ。

 

先は、そう長くはない。

わずか数十年である。

あるいはわずか数年である。

その間を、この教えのために生きてみようとは思わないか。

その間を、この教えを体して生きてゆこうとは思わないか。

その間を、この教えのもとに魂を燃焼し尽そうとは思わないか。

 

諸人よ、これより後、

この真実の法を体して日々努力してゆくがよい。

仏の教えは、噛めば噛むほどに味が出、

聴けば聴くほどに味が出、

実践すれば実践するほどに、

その悟りの芳香が、あたり一面に漂うものとなる。

 

おまえたちは、ほんとうに悟りの味というものを知らねばならない。

ただ単に活字を読んでも、

ただ単にテープを聴いても、

それが真実、魂の糧とならないならば、

ちょうど銀のサジがスープをすくっても、

スープの味を知らないのと同じだ。

 

おまえたちは、悟りの味を味わえる人間とならねばならない。

悟りの香りをかぐことができる人間とならねばならない。

悟りの音色を聴きわけることができる人間とならねばならない。

そうであってこそ、はじめて、

おまえたちは真実の修行者と言うことができるのだ。

悟りへの道は、目の前に開けていると言ってよい。

 

---owari---

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