後一か月すると、いよいよ古稀の歳となる。この年齢になって思うことは、如何に自分に能力がないか、努力が足りなかったか、要領が悪かったか、要するにダメ・ダメ人間であったかということである。幸い、古稀という、過去の時代では生きていることが稀な年齢になりそうである。今の時代では、70歳といっても、まだまだ若いと言われそうだが、同級生などでも死んでいる人は何人かはいるだろう。自分のような人間が未だに生きているということが申し訳ないくらいだ。
私が生きて来た時代は、『もう、戦後では無い。』と言われた時代から高度成長期を経て、バブル崩壊、停滞の30年から現在に至る時代で、生れた時は、我が国がまだまだ貧困であり、例えば、田舎では自動車を持っている家が少なかったし、テレビなどの家電も小学生になったころから普及しだしてきた。初の東京オリンピックは小学生の頃、大阪での万国博覧会は高校生の頃、就職して十年くらいしてから、ようやく初期の個人用のパソコンを買ったし、ワープロも買ったが、最初は、職場に公用のワープロなども不足していたせいで個人のワープロを仕事に使用していたようなこともあった。ゲームは、インベーダーゲームが喫茶店などに置かれていたこともあったが、スーパーマリオとかは、私が30歳代になってから流行りだしてゲーム機を買ったりした。私は信長の野望などにはまったりしていたこともあった。初任給は安かったが、年々給料が上がり、差額が毎月の給与よりも多かった時もあったし、車も今までに三台乗り換えたりした。年間の名目所得が700万円を超えた時もあったが、バブルの崩壊とともに給与が下げられたりして、退職する時になって、ようやく元に戻ったかなあという感じであった。へまばかりやっていた自分でも、一応は名前だけでも昇任もしたこともあったし、貯金をコツコツとしていたおかげで62歳で完全に職を退いても何とか生活してはいけている。これからステルス増税もありそうだし、社会保険費にも不安はあるし、消費者物価は年々上がっているのに年金は増えそうにもないが、生きているだけで儲けものなんだろうと思う以外にないだろう。コロナがなければ、国内や海外旅行に何回も行けたと思うが、これからでも、用心しながら旅行にも行きたい。