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ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

霊的な心 デイビット・カン講演 第1回

2017年02月21日 | 日記

見るものによって変えられる

 

今日のお話のテーマは、非常に重要ですが、多くのクリスチャンがそれに気づいていない事柄について話したいと思います。この主題を理解なさるなら、皆さんのクリスチャン経験の手助けとなることでしょう。

私は、多くのクリスチャンがイエス様との歩みにおいて、しばしば倒れてしまう、そういった経験をしてしまっていると考えています。では、何がそんなにたやすく皆さんを倒れさせるのでしょうか?そして、霊的な状態を低めてしまうのでしょうか?私たちの霊的クリスチャン経験というのは科学そのものなのです。神様は私たちの体である宮を通して働きかけられます。

黙示録によりますと、私たちの額に印を受けるとあります。それはどういう意味でしょうか。なぜ、聖書は額という特定の場所について述べているのでしょうか。『エゼキエル書』9章を見てみますと、エルサレムで行われている様々な背教、堕落について、嘆き悲しむ人たちの額に、ヘブル語でいうと「タウ」というのを押しなさいと書いてあるんですね。この[タウ]と言う文字は、ヘブル語のアルファベットの最後の文字です。その一つの意味は、これら額に[タウ]を押される人々というのは、最後の時代の残りの民、最後まで神様に忠実な者であるということを表しています。そしてこの[タウ]と言う文字ですが、それは後に簡素化されて、実は十字架そっくりの形になったんですね。

この「タウ」という文字について、印を押される経験について、深く掘り下げていく時間はここではないのですけれども、神様は私たちの額を通して、この場所を通って働きかけられます。なぜそうなんでしょうか。額のこの部分に、私たちの理性とか判断力とか、善悪を見極める能力、品性を司る部分がここに位置しているんです。印する経験とは、一瞬ポンと印鑑を押すみたいなものではなくて、これはある一定の過程なのです。真理を信じて受け入れて、聖霊を受け入れて、私たちのうちに働いていただくならば、私たちの品性から聖徒となるのにふさわしくない部分を聖霊が取り除いて下さるのです。そして、宇宙で義人として永遠に生きるのにふさわしい者として、聖霊が私たちの品性を形作って下さるのです。

それはある像を私たちの内に形作るようなものです。神様のみ心、神様の律法に従う、そのような像です。私たちが自らを捧げて、自分自身の額の部分を神様にゆだねる時に、神様が私たちの品性を形作って下さいます。

私たちは見るものによって変えられて行きますよね。皆さんが毎日見るもので品性というもの、人格というものが変わっていきます。これはきわめて重要な点です。私たちが生きている時代は、もう、娯楽にあふれています。この世俗の、俗的なもの、そのようなことばかり考えるように私たちを誘惑します。そうなってしまうと、娯楽とかそういった世俗的なものにとらわれてしまうと、自分で正しい考えを持つことができないほどになってしまいます。世の中にあふれている情報が私たちのうちに入ってきて、大変混乱した状態になっています。インターネットとか映画とかドラマ、音楽とか、様々な広告、新聞、ラジオ、ありとあらゆる情報が私たちに攻撃をしかけてきています。そうなると、考える時間がないほどなんです。静かに落ち着いて考える暇がなくなっているんです。冥想する時間もない。常に何かを見聞きし学んでいて、自分で考える暇が、余裕がなくなってきているんです。そして知らないうちに世の影響に染まっていって、世の形に変えられてしまっているのです。

私たちが霊的な人間にならないように、サタンは常に私たちを汚そうとしています。皆さんの品性を破壊しようと、常にたくらんでいるんですね。世俗的なものに心が捕らわれた時、サタンが勝利することになります。