日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

供養盆踊り大会(女島地区)・・・

2012-08-15 23:20:32 | Weblog
 昨日(14日)、女島公民館の前での恒例の供養盆踊りがあるのかどうか、はっきりしないまま19時過ぎにタクシーで行って、ないと知って(雨天の為に順延になっていて)そのまま帰りました。
 今日(15日)は、雨が降らずに予定通りにありましたが、毎年、踊りの輪が小さくなって行くようで、少し寂しい感じがしていますが・・・。
 「佐伯音頭」「佐伯小唄」「炭坑節」「ばんば踊り」「地踊り」と曲がいつもの様に流れ、供養盆踊りが行われました。盆踊り太鼓を打つメンバーも、平均年齢60歳代~70歳代って感じでしたが・・・?!
 区長さんから「先生、上手になったですね・・・」と(小さな声で)言われました。いくつになっても、褒められるのって嬉しいですね・・・。(←毎年、ちょっとは上達しているのかな?)
 いい汗を久し振りにかかせて頂きました。ありがとうございました。

http://www.youtube.com/watch?v=fi9Sj-BLf7Q&feature=youtu.be

http://blog.m3.com/syumi-syounikai/20060814/4
http://blog.m3.com/syumi-syounikai/20070815/2
http://blog.m3.com/syumi-syounikai/20080814/1
http://blog.m3.com/syumi-syounikai/20090814/3
http://blog.m3.com/syumi-syounikai/20100814/1
http://blog.m3.com/syumi-syounikai/20110814/1

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夜と霧・・・

2012-08-15 16:29:19 | Weblog
 高校生(1年生?)の時に、2歳上の姉から、フランクルの書いた「夜と霧」の話を聞きました。その内容に付いての姉の言い方は強烈でしたが・・・その時、内容をザッと姉から聞いただけで、その本を読むことはありませんでした。大学に入って、(大学2年生の)教養過程の時に、「哲学」で、「夜と霧」を読んで感想を書くことになりました。で、真剣に読み、課題のレポートも提出しました(哲学の講義も、しっかりと受けましたが・・・)。
 小児科医になって忙しく働いている時も、何かその「夜と霧」の内容が心の何処かにひっかかっていた感じがしていました。故郷の佐伯の救急病院では、永いこと、眠る時間もない感じで、時間外に、新生児・未熟児医療を毎日していました。それも、10年半余も(一人小児科常勤医は、8年半余)。今は、もう体力的に出来ないのですが、どうしてその時、それが出来ていたのか・・・他の人からしばしばその理由を当時尋ねられたことがありましたが・・・自分でもその理由が分からない状態できていました・・・。
 今回、NHK教育テレビの「100分de名著」で、フランクルの「夜と霧」が取り上げられていて、やっとその理由が分かった気がしています。
 忙しく救急病院で働いている時、「どうして開業しないのか、(閉院した医院もあって、そこで開業すればお金も要らなくて)儲かるのに・・・」って感じでアチコチから言われていましたが・・・しかし、私は、新生児・未熟児医療や小児の救急医療がしたくてその病院に就職していました・・・就職の理由がはっきりとしていたのです。
 まる8年経過して、大学から2年間、貴重な小児科医を一人派遣してもらいました。派遣してもらった2年間の土日には、(今まで全く出来なかっただけに)頻回に旅行などで家族サービスをしていました(家族サービスなんて言葉は、欧米ではないそうですが・・・)。そして、又、常勤医一人になり、体力の限界を感じて、やむなく、開業しましたが・・・(19床の入院設備を持ってのその開業も、8年半余で閉じてしまいましたが・・・)。
 人生何て、自分の思った様に行かないことの方が多いと思います。なりたい自分になれなかったり、欲しいモノが手に入らなかったり、人生は、その連続です。
 しかし、フランクルは、人生の意味は、そんな感じで問うことの出来るものではないと言います。そうでなくて、与えられたモノから何をすればいいのか問われ続けているのが人生と言います。
 「死」に付いて、真剣に考え込んでノイローゼ気味になったことがありました。その時、考え疲れてしまって、もう、考えなくてしまって、諦めた時に自然にその答が自分なりに出ました。人間、必ず(どんな人間も、150年も生きることなく)死んでしまうので、それをしっかりと認識して、かつ諦めて、今自分が社会の為に一番貢献出来ると思うことを精一杯にするしかないと言う結論に達したのです。
 今は、しばしば、多くの子どもさん達からエネルギーをもらっています(ありがとうございます・・・)。帝王切開で時間外に呼ばれて手術場に行っても、元気なベビーの泣き声を聞くと、嘘みたいに、元気が出ます(ベビー、ありがとう)。入院した子が元気になると、ホント嬉しいですし、強い気をもらいます。小児科医になったこと、全く後悔していません・・・。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする